御教え『伝染病恐るるに足らず』

「栄光」百六十四号、昭和27年7月9日

之から夏期になるに従って、諸種の伝染病が続出するとして、当局は大童(おおわらわ)になって、予防方法や色々な施設に懸命であるが、吾々からみると洵に情ないのである。何となれば医学は其根本が分っていないからでもあるが、根本さえ分ってみれば何も心配も要らないばかりか、寧ろ伝染病に罹ればそれだけ健康は増すのである。其何よりの証拠は伝染病が治ると当分は発(おこ)らないばかりか、病種によっては一生免疫となり、健康はよりよくなるのである。斯んな事をいうと現代人は到底信じられないだろうが、それが真理だから、仕方がない。そこで其理由を詳しくかいてみるがこれを読んだなら何人も成程と合点がゆくであろう。

抑々(そもそも)伝染病なるものは最も急速に行われる浄化作用であって、之程結構なものはないのである。というのは今日の人間は非常に血が濁っている。此原因はいつもいう通り無暗に薬を体内に入れるからで、薬は元々毒であって、其毒が血液へ吸収されて濁血者となるのである。処が濁血者は虚弱で病気も発り易いから、茲に自然は其濁りを排除すべき浄化作用が発るので、人体は実によく出来ているのである。処が面白い事には其濁りを解消する作用として、黴菌という微生虫が発生して其仕事をする。即ち黴菌は其濁りの微粒子を喰いつつ繁殖するのであるからつまり濁血の不純物こそ黴菌の食物になる訳で、殖菌作用ではなく食毒作用である。

右(上記)のように浄化作用が起るという事は、人間ばかりではない。地上一切の物に対しても同様で、之が万有の原則である。即ち暴風雨も、雷火も空間の浄化作用であり、戦争も、火災も、洪水も勿論それである。従って人体も血液が濁れば浄化が発るのは、自然の生理作用であるから、伝染病に罹らないようにするには血液を濁らせない事である。では浄血者になるにはどうすればいいかというと甚だ簡単である。即ち薬を用いなければいい。何となれば人間が生きるに必要なものは自然に作られる。五穀、野菜、魚鳥、獣肉、水等がそれであるから、それを飲食していれば、決して病気に罹る筈はないのである。何よりもそれ等悉くに味があるという事は、其物自体が食うべきものである事を教えている。それをどう間違えたものか、苦い薬を服んだり不味いものを栄養などといって食うのは、如何に自然に反するかが分るであろう。そればかりか結構な浄化作用を悪い意味に解釈し薬という毒物で一時抑えをする。其方法が医療であるから、之程間違った話はあるまい。

以上の理が分ったなら伝染病は恐ろしくないばかりか、健康上必要なものである。そうして本教浄霊の意味であるが、浄霊とは黴菌の食物である血液の濁りを解消して了う神力であるから、黴菌の食物がない以上、仮令(たとえ)伝染しても繁殖出来ず、死滅して了うのは当然で之が根本的伝染病防止法である事が分るであろう。