『スポーツの奇蹟』

「世界救世教奇蹟集」昭和28(1953)年9月10日発行

左の御蔭話はバレーの競技であるが、最初から敗北としか思われない形勢を浄霊によって見事挽回勝利を得たという変った奇蹟であるが、この経路を読む時偶然やマグレ当りの点は、いささかも見られず、どう考えても神力の為であることは、疑う余地はない。従ってスポーツに関係ある人は大いに浄霊の偉力を発揮し、この面からも救世教の偉大なることを世人に知らせるべきである。つまりこういう御利益こそ、本教が病気治し専門のように思われている誤解を解くには絶好の資料と思うからである。

 

御陰話 岩手県A.T. (昭和二七年一二月一〇日)

明主様の宏大無辺なる御守護の下、日々御聖業に、又教職に精進させて戴いて居る者でございます。長い年月、数々の御恵御導きを頂きましても、御礼の御報告もせず、今日に及びましたこと、誠に申しわけなく御詫び申し上げます。

次に、今年の七月二一日、中学校対抗のバレーボール・リーグ戦に参加した時の状況を御報告させて戴きます。

心配していた二、三日来の雨も、今日はカラリとあがり、久し振りの上天気に皆瞳を輝やかしている。愈々今日は待望の対抗バレーボール・リーグ戦。待ちつ、又怖れもした今日。生徒の紺の運動着の背番号の黄色は一きわ浮き立って見える。生徒らの躍る心臓を思わせて・・・・やがて試合開始。わがU中学校男子チームは、去年の覇者との対戦である。生徒らは、もうそれを聞いただけでそわそわして落着きが見られない。一チーム九人の構成メンバーが一体とな、網の目の様な行動をとって行かなければ、絶対に実力を発揮し得ないこの競技である。

「落着いて」「しっかり頑張ってね」とは言ったものの、私自身の声も、どこか顫(ふる)えを帯びていた。やがてピーッと審判の笛、一瞬さっと緊張の気が張った。攻撃のサーブは相手方からである。ものすごい掛声と共に第一球が飛んで来た。「アッ」と思っている間にピピーッと笛がなる。最も貴重な最初の一点はもう獲得されてしまったのである。ともすると、最初の一点がその勝負を決する様なことを屢々(しばしば)見もし、経験もされるのである。第二球は唯見送り。これで相手方二点、今度は第三球目である。又失敗かと思ったら、こちらの前衛のセンターがアッという間に攻撃している、ほっとした。漸(ようや)くこれで一点獲得。あわて気味のこちらのサーブはあっさり相手方にチャンスを与え、三対一。又こちらはそわそわし始めた。それからの試合はもう目もあてられない様なもので、来る球来る球を皆失ってしまう。到頭一一対三でチェンジコート。彼我の得点差は八点。もうかなわないと半ば諦めの感情が湧く。選手も同じ気持らしく、唯硬直した感じを受けるのみ。そのうちに試合が進んで一七対五という、もうどう頑張ってみた処で、どうにもならないというどん底にまで追い込まれた。見ている人達は、「可哀そうにね」とか「場所慣れがしていないから当然なんだろう」とか「今年は例年より弱いようだね。練習をしなかったんですか」等と異口同音に言いたいことを言って、変な同情をしたりして、勝手に話し合っている。私も、もう駄目なのかも知れないし、第一回戦は完全に味方の負となるのはもう決定的なものであると思う様になった。だが同じ負けるにしても、もう少し実力を発揮させて戦わせてみたいものと思う念願が身内にこみ上げて来る。

私は知らず識らずのうちに手をかざしていた。今私の目の前でサーブをしようとしているその生徒を目指して・・・・やがてその生徒は構えた。身構えると同時にものすごい第一球が飛んで行った。セーフ。敵は唯見過した。第二球。又猛サーブ。味方の得点。第三球、第四球。次々と名サーブ。とうとう一七対一二というスコアになった。

余りの喜びに背番号を見たら何と五が書かれているではありませんか。このお道では、五は男で雄々しく「出ずる」であり、火であり陽であり、最高の数であり五六七の初めの数でもある。この生徒の敢闘ぶりは成程と領かれた。味方の応援団は、やんややんやの拍手喝采の声援。もう後五点という処である。その時惜しくも敵方のボールに代った。一八対一二。もう今度こそはと観念した、しかし敵方は相当焦り出している。九名の心の動揺が、チームワークがうまくとれていないのを見てもよくわかる。

第一球で相手方は又ボールを味方にゆずった。一八対一三。再びこちらのサーブ。私は思いがけない試合ぶりに左手に汗を握り、右手を無心にその生徒の後にかざした。果して名サーブ猛サーブ。遂に同点と いう処にまで漕ぎつけた。

一七対五から一八対一八、皆は夢かとばかり喜びの眼を瞠(みは)った。ボールはこっちの手にある。もうリードである。九名の選手の血みどろ汗みどろの奮闘は一つの網の一端をもって操っている様なものである。疲れも何も知らないらしい。益々意気軒昂である。又六番のサーブが続く。一球一球慎重に慎重を重ねてタッチをし、じりじりと押して行く。とうとう一八対二○。俄然形勢は一変してしまった。選手以外誰も声を出すものすらない。もう一球で――。息づまる様な緊張の一瞬。もう試合終了のホイッスルが高らかに響き渡った。勝った!勝った!一七対五から一八対二一までのし上げての、前古未曾有の試合振りを見せて・・・・

私は只有難涙にくれ、灼けつく様な炎天の下に何時までも心密かに合掌していた。かくして神の御救いを受け、終始勝敗にこだわることなく敢闘した我校選手は確たる自信を得て、残る二校も見事に退け、喜々として閉会式にのぞみ、並居る人々の割れるような拍手の中にあって、栄の優勝カップをおし戴いた。

翌日生徒らの話し合い。「K(五番)のサーブとM(六番)のサーブは不思議な位ものすごかった。球がネットにひっかかるなと思っていると、フワッとネットを越して相手方にボタッと落ちている」「あいつは不思議だった。そうすると敵の方で全く的がはずれる始末だった」とさも面白そうに、しかも首をかしげかしげ語っていた。

以上誠に拙い筆でございますが、喜びの余り、ありのままを御報告させて戴きます。

明主様有難うございました。謹んで厚く御礼申し上げます。