御教え『結核信仰療法に就いて』

「栄光」204号、昭和28(1953)年4月15日発行

私は今回発行した結核信仰療法なる著書について、少しかいてみたいと思うが、これを読めば分る通り、全く現代医学に対する原子爆弾であり、挑戦状といっていいかも知れない。しかし挑戦の言葉は宗教らしからぬ嫌な感じがするが、これも万(ばん)止むを得ないであろう。というのは、このような著書を出さねばならない程に、医学の誤謬のために大多数の人間が苦しんでいるからである。そのため私が神から命ぜられている救世の必要上、人類不幸の原因としてのあらゆるものは、除去しなければならないからである。というのは現在文化の面において、真理にあらざるものを真理と信じている。それが災いの原因となっているのであって、特に医学の面において最もはなはだしいのであるから、これを先に取上げたのである。その中での日本の悩みとしては、何といっても結核問題であろう。

著書にもある通り、現代医学が結核を作るという驚くべき説と、この裏付として数多くの実例を添えてあるに対し、初めて読んだ専門家も一般人も、愕然(がくぜん)として到底信ずる事は出来ないであろう。事程それ程現代人は医学迷信に陥っているのである。しかしながら事実治された本人の手記である以上、一点の疑いを挿(さしはさ)む余地はないのはもちろん、いかなる学者といえども、事実を否定してまで、自説を押通す事は出来まい。というのは絶対真理であるからである。

この著が天下に公表され、専門家が読むとしたら果してどんな感想が浮ぶであろう。全く革命的爆弾を打(ぶ)っつけられたようなもので、唖然(あぜん)として何らの考えも浮ばないであろう。何しろ長い間の医学迷信の虜(とりこ)となっている眼で見る以上、信ずるどころではないと共に反対しようもあるまい。何しろその理由も資料もないからで、ここに深刻なジレンマに陥(おちい)ってしまい、空前の大問題とならざるを得ないであろう。私とてもこのような大きな問題を起したくは毫(ごう)もないが、私の使命たるや人類救済であり、その根本が医学の革命である以上、どこまでもその方針で進まざるを得ないという訳で、一度はこの問題に打(ぶ)っつかるのは、予(あらかじ)め予期していた。

という意味において当局も専門家も、私の説が段々分るに従い、重大問題として取上げない訳にはゆくまいから、その対策にいかに頭を悩ますかは想像に難(かた)からないのである。としたら問題解決は不可能であるから、容易ならぬ事態に立至るのは必然である。

しかもこの解決いかんによっては、当然医事関係者中に、多くの犠牲者を出さねばならない事になろうが、事は人類永遠の生命に関する重大問題である以上、ある程度の犠牲は止むを得ないのである。何しろ全人類の最大悩みである病が、これによって解決出来るとしたら、いかなる障礙(しょうげ)も物の数ではない。その結果現代文明の一大転換が起るのは明らかである。そうして面白い事には、彼(か)の有名なコペルニクスやガリレオの地動説である。当時絶対信じられていた宗教上の不動説を、科学によって覆(くつが)えそうとしたので、ついに大弾圧を受け、牢獄にまで投ぜられた。ところが私の説も右と同様ではあるが、ただ立場が反対であって、今度は宗教が科学を覆えそうとするのであるから、この点大いに注目する必要があろう。

そうしてこの前代未聞の企画者こそ主神である以上、人間としてはどうにもならないのはもちろんで、私といえども神に操(あやつ)られているにすぎないのである。しかし神を認めない人の多い今日、人間の計画と思うでもあろうが、もしそうだとすれば、これ程科学の盲点を発見し、その裏付けまで出来るという事は不可能である。従って読者は既成観念を棄て、白紙になって精読すれば、豁然(かつぜん)と目覚めるであろう。