御教え『聖王母』

「光明世界」5号、昭和11(1936)年1月25日発行

昔から三千年の桃の実という事がありますが、そのいわれについてお話致しましょう。アノ謡曲にある「西王母(せいおうぼ)」あれはつまりその事になるのであります。

「西王母の園としいふは仏説の胎蔵界の謎にぞありける」

「黄錦(こうきん)の御衣の御袖をひるがへし桃奉る西王母かも」

聖王母の園と言いますと、それは、今日までの三千年の歴史なのであります。仏教で胎蔵界と称しておるのがそれであります。なぜかというと、三千年間の文化の歴史と言うものは、今度の大光明世界、ミロクの世を生まんが為の準備であったのであります。でありますから、三千年間の歴史中に、ミロクの世即ち、光明世界を胎蔵していた、それが聖王母の園であります。聖王母の御本体は伊邪冉尊(いざなみのみこと)になります。今までの世界は伊邪冉尊の御経綸であった、西王母となられて、三千年間、大光明世界を生むべく、経綸されなさったのであります。でありますから、謡曲にある黄錦の御衣を召し、その桃の実を大君に奉るという件(くだ)りがそれであります。

聖王母は、聖観音の聖の字を書く場合もあり、西の王と書く場合もありますが、同じであります。伊邪冉尊は、西の経綸をされた、今までの東洋文明、及び西洋文明はそれであったのであります。で、最後に、それに生命を入れるべく生れたのが、桃太郎になるのであって、先刻の歌の中に、「思ひきや昔語りの桃太郎は千手観音の化現にませり」というのが、それであります。そしてこの桃太郎が、鬼ケ島を征伐して宝を引いて来るという事になっておりますが、あれは、千手観音様が、種々な物を千の御手に持たれている。あれがその意味になるので、今まで、世界のあらゆる物は、つまり鬼が持っていた、ツマリ、悪に左右されていた、伊邪冉尊が折角作られた、素晴らしい文化が、悪の活動になっていたというのは、そういう訳なのであります。それを今度は、観音様が自由になさる。ツマリ、あらゆる文化を、善の活動になさるという訳であります。

「那岐那美(なぎなみ)の二尊は尉と姥とならせ大天地を浄めますかも」

とありますが、那岐那美二尊が即ち、尉(おきな)と姥(おうな)とになるんで、尉と姥が箒木(ほうき)を持ったり、熊手を持ったりしておりますが、これは姥が一方で掃除をし、尉が、熊手を持って、種々なものを、掻き集める、要するに世界を掃除をし、整理をするという意味であります。昔から諾冉(ぎみ)二尊が国生み、島生みの御神業をなさったという伝説がありますが、ヤハリ今度の新しい世界を生む事にもなるので混沌たる泥海のごとき世界に対し、天の浮橋に立たれて塩コオロコオロと掻き廻され、真善美の国生み、島生みの御神業をなさるのであります。

「いさぎよし黄泉比良坂(よもつひらさか)のたたかひに偉勲(いさおし)たつる桃の実の魂」

これは、古事記にもある、黄泉比良坂の戦いであります。と言うのは矢張り、桃太郎と鬼とが戦った事を言うのであります。

黄泉比良坂という事は、言霊学上、解釈すると、非常に面白いんでありますが、これはいずれお話するとして、比良坂の戦で、伊邪諾尊が桃の実を取って、敵をめがけて打つける、それで鬼共は適〔敵〕わぬと逃げたというのでありますが、その桃の実が桃太郎になるのであります。ですからここに御祭りしてある、千手観音様の御神体の、お顔は非常にお若いのです。これは書き直したんですが、書き直す前は、よく仏像にある、髯が一寸ある様に書いたのです。所が霊写真に出たのは、全然髯など無く、大変お若いので、これもやはりちょうど桃太郎のお顔になるんであります。黄泉比良坂の戦というと幾段にもなっております。一番初めの比良坂の戦が、七年程前に面白い事がありました。

それは私が、明治神宮の参道――あそこは坂になっておりますが、アノ坂は、なだらかな坂、平坂でありますが、一番低くなった所の横町に、某華族で□□□□という人がありまして、この人の家へ連れられて行った事がありましたが、その時に神様から知らされたんですが、それが鬼ケ島征伐の一番初めの戦だという事なのです。そうして、その□□さんの家は□□町百□一番地なんで、百の字はモモと読みます、一は初めであります、つまり桃の初めという事になるんで、面白いのはそちらの姓に、鬼の字が入って居るのであります。しかし、その人が鬼というのではない、単に経綸の型という意味であります。その後二段三段と戦いがありましたが、今は御話しが出来ません。とにかくその度毎に、勝利を得ては、今日に至ったのであります。段々戦いが大きくなって今も、戦いをやっているのであります。

面白いのは一昨年の五月に、私が応神堂へ来た時に、清水さんが、私が桃太郎の姿をして表で何かやっていたという夢を見られた事があります。それは桃太郎が、いよいよ表面へ出るという告(しら)せであります。

「鬼ケ城やがて陥ちなむ桃太郎は最勝妙如来の化身に在せば」

この歌も矢張り、桃太郎は観音様で、最勝妙如来と申し、何をされても必ず勝たれるというのであります。

そして、三月三日は桃の実を祝い、実を結ぶのが五月五日で、三が女で、五が男であります。それで五月五日に、鯉幟(こいのぼり)を立てますがあれも深い意味があるので、あれを幟といいます。コイノボリと言いますが、鯉は魚の中の観音になるのです。本当の真鯉は、鱗が三十三枚ある、観音様の三十三相と言う訳であります。ツマリ菩薩として「下級」に墜ちて居られたが、時節が来て、鯉の様にノボル、出世をされるという意味であります。

昔から、五節句やお伽話、謡曲、常磐津、長唄などに、謎や神秘が秘められてある。それは皆、神様が、今度の事の準備をされたのであります。長唄の勧進帳にも、非常な神秘がありますが、いずれお話する時がありましょう。それから常磐津の乗合舟なども、士農工商、あらゆる階級が一つ舟に乗って、ついにミロクの彼岸に達するという意味であります。