資料「『神言』の手引き」

第一章  皇孫が地上に降臨されること

 高天原に神(①かむ)留(づま)ります 皇親(②すめらがむつ)神漏岐(かむろぎ)神漏(かむろ)美(み)の 命(みこと)以(も)ちて 八百(③やお)萬(よろず)の神(かみ)等(たち)を 神集(かみつど)へに集(つど)ひ賜(たま)ひ 神議(かむはか)りに議(はか)り賜ひて 我(④あ)が皇(すめ)御(み)孫(まの)命(みこと)は豊(⑤とよ)葦原(あしはら)の 水(みず)穂(ほの)国(くに)を安国(やすくに)と平(たいら)けく 知(し)ろし食(め)せと 事依(⑥ことよ)さし奉(まつ)りき

大意

高天原においでになる男女二柱の御親神様のお言葉によって、八百万の神々様をお集めになり、会議をお開きになって、ご相談された結果、その最愛の御孫の神様に、地上統治をお任せになることになった。その地上は、葦が乱れ茂り、悪の横行している世界ではあるが、やがてこの神様よって、みずみずしい稲穂がみのり、人びとが心楽しく平和に暮らせるようになるだろうとの期待をもって、お任せになったのであった。

注① 神(かみ)留(づま)ります

「神留り坐す」の「神」は、「神集へ」「神譲り」などにみる「神」と同じく、神の為されたることに敬意を表した一種の接頭語である。「留り坐す」は、おいでになる、鎮まりますということである。

注② 皇親(すめらがむつ)神漏岐(かむろぎ)神漏(かむろ)美(み)

「すめら」は統一するとか、または心が澄み清浄であるということで、すべてを統べ治め、また、心が澄んで先の先まで見通される神の形容であり、「むつ」は睦まじい和の徳を表し、親しみ仰ぐ慈悲の持ち主と仰ぐ言葉である。そして、その神の御名(ぎょめい)が、天津祝詞の項において解説したごとく、神漏岐(かむろぎ)、神漏(かむろ)美(み)の男女二神であり、高皇(たかみ)産(むす)霊(び)神と神皇(かみ)産(むす)霊(び)神と考えられるのである。この「むすび」に産霊という文字を当てるのは、「び」は「霊」であり、霊力すなわち神のお力を示し、「産」は物を生みだし造り出す力、つまり、生成化育を意味するのである。生成化育の根本の力を持たれる最高の親神様が、むつまじく相許し、相親しまれることを尊称したのである。

注③ 八百萬(やおよろず)神(のかみ)(八百(やお)万(よろず)神(のかみ))

「八」は「弥」で、いよいよたくさんの神々ということである。神道における慣用語で、いまさら注解を必要としないが、メシヤ様はよく『一神にして多神』ということを仰せられた。一なる神より、みずからわかれて陰陽の二神となり、それより多くのお子が生まれられて多神となる。だが、この神々は相互に抗争する神々ではなく、ひとつの理想によって結ばれ、その理想とは地上天国建設であり、そのために、協調する神々であるから、数は多であっても、親神のお言葉により直ちに集合し、会議をもたれたのである。しかも、「神集へに集へ賜ひ、神議りに議り賜ひて」と繰り返してあるのは、いくたびか集まり、何回も協議されて、すべての神々が納得し、同意して、地上の統治者を決定されたということを示している。

注④ 我(あ)が皇(すめ)御(み)孫(まの)命(みこと)

「我が」とは親愛の情をあらわす言葉であり、「御孫命」は「御真子(みまごの)命(みこと)」で、最愛の直系のお孫ということである。通説では瓊々(にに)杵(ぎの)命(みこと)様となっている。

注⑤ 豊(とよ)葦原(あしはら)の水(みず)穂(ほの)国(くに)

いまだ開拓されず、葦がいっぱい生い茂っているが、みずみずしい稲穂が豊かに稔る土地ということで、日本をさしている。葦はまた「悪(あし)」にかけて、その地上には悪が横行しているさまを、葦が乱れ茂っているということで示唆したものとも考えられる。

注⑥ 事依(ことよ)さし奉(まつ)りき

事依さしの「こと」はおそらく言葉のことであって、言葉で命じ委任するということである。

要するに、この第一章は神霊界において計画され、立案されたことを、現象界にうつすために選ばれたる神人の地上ご出現を説明した、つまり、『霊主体従』という教理のひとつの型を示すものと、解することができるのである。

 

第二章  騒乱の地上平定のこと

 此(か)く依(よ)さし奉(まつ)りし国中(くぬち)に 荒(あら)振(ぶ)る神(かみ)等(たち)をば 神(①かむ)問(と)はしに問(と)はし賜(たま)ひ 神掃(②かむはら)ひに掃(はら)ひ賜(たま)ひて 語(こと)問(と)ひし磐(③いわ)根(ね)・樹(き)根(ね)立(たち)・ 草の片(かき)葉(は)をも語(こと)止(や)めて 天(④あめ)の磐(いわ)座(くら)放(はな)ち 天(あめ)の八重(やえ)雲(ぐも)を伊頭(⑤いず)の千(ち)別(わき)きに千(ち)別(わき)きて 天降(あまくだ)し依(よ)さし奉りき

 大意

このように統治をお任せになった地上には、乱暴をし秩序を乱して、暴れまわっている神々がいたので、それらの者になぜ荒れまわるのか、早く改心しなさいと問いただし、それでも言うことを聞かないものは、追い払い退去させ、また、多くのものが泣いたり騒いだり争ったりしているのを鎮めて、(こうした物情騒然たるありさまが、非情なものにまで影響しているとして、石や岩、立木、草の葉までが騒いでいると比喩法を用いたものと考えられる。また、人心騒然たるときは、自然界にも天候、気候などにも、変動があることを寓意したものであろう)世の中が平穏になるようになされたのである。そして、いよいよ天にある玉座を離れて地上に下向されることになり、幾重ともなく重なり合っている密雲を、勢いよく押しわけ押しわけて降臨するように、とご命令になったのである。

注① 神(かむ)問(と)はしに問(と)はし賜(たま)ひ

いわゆる言(こと)向け(む )和(わ)すということで、なぜ、どうして暴れているのかと、問うてやり聞いてやることによって、相手の心を和らげることが大切であり、そうして、諄々(じゅんじゅん)と大義(たいぎ)を諭し道を教えてやるべきである、と教化のあり方を示されているのである。

注② 神掃(かむはら)ひに掃(はら)ひ賜(たま)ひて

どうしても言うことを聞かない者は、追放する。つまり、集団生活の区域外に出して、邪魔のできないようにすることである。

注③ 磐(いわ)根(ね)・樹(き)根(ね)立(たち)・草の片(かき)葉(は)

岩石や地に根を深く下ろして立っている樹木。それに草の葉などまでが、ガヤガヤ言っているということ。この神言には後段にも多く見られるように、このような比喩法を使用して文章を流麗にしていることが多いのである。

注④ 天(あめ)の磐(いわ)座(くら)放(はな)ち

永久不変の神のあられるところ、神の家を出でたたれて、降臨されたのである。「磐座」の「磐」は永久なるということ、「座」は神の玉座と解する以外に特別の説明を知らない。

注⑤ 伊頭(いず)の千(ち)別(わ)きに千(ち)別(わ)きて

伊頭とは「稜(い)威(ず)」の御を省いた形、または「厳(いず)」で勢よく、強くということである。千別きとは「御(み)道(ち)別(わ)き」であって、強い力を以て、雲を押しわけ押しわけ道をつけて、静まったところにお降(くだ)りになったということになる。

 

第三章 宮殿御造営と罪の発生のこと

 此(か)く依(よ)さし奉(まつ)りし 四方(よも)の国中(くになか)と大倭(①おおやまと)日高(ひだか)見(みの)国(くに)を 安国(やすくに)と定(さだ)め奉(まつ)りて 下(②した)つ磐根(いわね)に宮柱(みやばしら)太(ふと)敷(し)き立(た)て 高天原(③たかあまはら)に千木(ちぎ)高知(たかし)りて 皇(すめ)御孫(みまの)命(みこと)の瑞(④みず)の御(み)殿(あらか)仕(つか)へ奉(まつ)りて 天(あめ)の御(み)蔭(かげ)日(ひ)の御蔭(みかげ)と隠(かく)り坐(ま)して 安国(やすくに)と平(たいら)けく知(し)ろし食(め)さむ 国(くに)中(ち)に成り(なり)出(い)でむ 天(あめ)の益人(ますひと)等(ら)が過(あやま)ち犯(おか)しけむ 種種(くさぐさ)の罪事(つみごと)は 天(⑤あま)つ罪(つみ)国(くに)つ罪(つみ) 許許(ここ)太(だ)久(く)の罪(つみ)出(い)でむ

 大意

このように、平らけく安らけく治めよと御委任を受けられた地上の四方の国々の中でも、とくにその中心である大きい山々に囲まれた、もっとも太陽の光を豊かに高く仰ぐことのできる、日の本の国を、平和な地上天国建設の地と定めて、ここに宮殿をつくるべく、大地に深く太い柱を打ち立て、天空高く千木を聳(そび)えさせた、立派な麗(うるわ)しい宮殿をご造営になられたのである。

その天を覆い、強い太陽光線をさえぎるような広大な宮殿の奥にあられて、祖神の守護を受け、平和な楽しい国となすべく統治されたのである。

その国の中に、生まれ増え、生々発展を約束されている人びとが、時が経過するにつれて、悲しくもいろいろの罪を犯すようになった。その多くの罪は信仰的に言えば、神に対する罪、人に対する罪であるが、人びとは神から自由を与えられているがゆえに、ついそれを悪用して、こうしたたくさんの罪を犯すようになるのである。

注① 大倭(おおやまと)日高(ひだか)見(みの)国(くに)

「大倭」を「大日本」と書く注解書もあるから、日本国をあらわすものと解することができる。

「日高見国」とは太陽が空に高く輝くのを見ることができる国ということで、別に「ひだかみ」を「最上(ひたかみ)」と解することができるから、山に囲まれた、すぐれたすばらしい日本の土地という義をとった。これを、奈良県(大和国)あるいは奈良県磯上郡と狭義に解する説もあることはもちろんである。

注② 下(した)つ磐根(いわね)に宮柱(みやばしら)太(ふと)敷(し)き立(た)て

日本神道における建築の際の慣用語となっている。地中にある岩石の層まで掘った堅固な基礎の上に、太い柱をしっかりと建てるという意である。

注③ 高天原(たかあまはら)に千木(ちぎ)高知(たかし)りて

これも慣用語である。空にもとどけとばかり屋根を高くして、その上に千木を置くこと。千木とは神社建築で棟の左右の端に長い木を棟で交叉させて、その先を長く空中に突き出させたものである。

注④ 瑞(みず)の御(み)殿(あらか)

「瑞」とは美しい麗しいという意であり、また、水であり、地上ということを表現している。「御殿」は「御(み)在所(ありか)」の意で、地上の宮殿を指している。

注⑤ 天(あま)つ罪(つみ)国(くに)つ罪(つみ)許許(ここ)太(だ)久(く)の罪(つみ)

一般には現在省略されているが、神宮の古典には、天つ罪、国つ罪を、いちいち名称をあげて例示している。これは教祖のお言葉にもあるごとく、素戔嗚尊様が世を持ち荒らし、犯された多くの罪に端を発するものである。そして、「天つ罪、国つ罪」の解釈には古来いろいろの説があるが、神の定めたまいし神律を犯す罪、人間が集団生活を行ってゆくべきあり方を破る不倫騒乱のもととなる罪、と一応は簡単に考えればよいであろう。「許許太久」とは、たくさんということである。

それよりも、われわれは、悪と知りつつも犯す罪もあれば、自覚なくして犯す、いや、逆に善と思って、誠をつくしながら、知らず知らずに犯す罪もあることを思うとき、ほんとうの信仰とは、こうした罪までが浄められ、祓われねばならないのである。そうした点からも、御教えによって浄め、浄霊によって浄め、さらにはまた、祝詞、神言の奏上によって浄め祓う重要性を知らねばならない。

 

第四章 罪を浄むる神事のこと

 此(か)く出(い)でば天(①あま)つ宮事(みやごと)以(も)ちて 天(②あま)つ金木(かなぎ)を本(もと)打(う)ち切(き)り末(すえ)打(う)ち断(た)ちて 千(ち)座(くら)の置(おき)座(くら)に置(お)き足(た)らはして 天(③あま)つ菅(すが)麻(そ)を本(もと)刈(か)り断(た)ち末(すえ)刈(か)り切(き)りて 八(や)針(はり)に取(と)り辟(さ)きて 天(④あま)祝詞(のりと)太(ふと)祝詞(のりと)事(ごと)宣(の)

 大意

このように多くの罪が発生したならば、高天原で行われているような、罪を祓う神事に倣(なら)って、小さい枝の元を切り、末を断って適当の長さに揃え、たくさんの台座(案)の上に、いっぱいに置き重ね、また菅や麻の根本の方と先端の方を刈り捨て、それを細かく針で切り裂いて、それらによって祓いの行法を行ない、さらに祝詞を奏上しなさい。

注① 天(あま)つ宮事(みやごと)以(も)ちて

天つ宮事とは、神々の世界において、行われていた祓の神事霊法である。皇孫が地上降臨のさい伝えたものであろうが、時代の経過とともにすべて失われてしまった。だから、その祭式用具や、またそれをどういうふうに使用するかということも、現在では不明のようである。ただそうした方法は失せても、その精神や、言霊によって浄めるという意義は失われず、それが、この祝詞が現在でも重視されるゆえんであろうと考えられる。

注② 天(あま)つ金木(かなぎ)

天津金木については、前述のごとく、永い年月を経て、それがいかなるものであり、それをどういうふうに用いて神事を行ったかは、不明のようである。また、それを文献によって尋ねるとしても、諸説紛々(ふんぷん)として帰するところがない。

教祖の御教えによれば、『これも半分きり説明できない。神武天皇以前、その時の天皇が正月にこれを拝むと、その年の吉凶がわかる。一種の占いです…』、『これには非常な神秘があるんです。これは、ごく古い時代から神武天皇以前までなんです。さらに、ずっと古い時代には+の板の上に天皇が立ってお祈りすると、ご神示があったというものなんです。これを象ったものなんです…』『これは三尺(約一メートル)ぐらいの長さの檜の棒で、こういう(煙草で形をつくられる)形に作ったものです…』『天津金木は地上天国の予言になっている。いずれ話そう…』とあって、時期尚早のためか、じゅうぶんのご説明はいただけなかったままになっている。

そして、神言の言葉から考えると、天津金木を切り揃えて、たくさんの案(机)の上に積み上げるということであるから、この祝詞のできたころになると、もはやたんなる祓串か、算木のようなものになっていたかもしれない。ある説では、伊勢神宮の芯のお柱を二千五百分した檜の小片四分(約1.3㎝)角、長さ二寸(約7㎝)であるとも言うし、また、金木に (かなき)という字を当て、天然に生えた常盤木(ときわぎ)の枝ともいわれている。

注③ 天(あま)つ菅(すが)麻(そ)を本(もと)刈(か)り断(た)ち末(すえ)刈(か)り切(き)りて 八(や)針(はり)に取(と)り辟(さ)きて

これについても諸説があって定まるところがないようである。「スガソ」は菅(すが)緒(そ)で、菅笠(すげがさ)などを作った植物を細く裂いたもので、祓いの行事に使用した筮竹(ぜいちく)のようなものであったかもしれないのである。また、「スガソ」は清(すが)麻(そ)で、古来から現代まで、麻が祭服その他神事用具として使用されているから、麻であるかもしれない。ともかく、針でその植物繊維を細く裂き、天つ金木とともに、ある種の祓の行事を行ったものであろう。しかもそれだけでなく、さらに、天つ祝詞の太祝詞を奏上することによって、全き浄めを計ったものと考えることができる。

注④ 天(あま)つ祝詞(のりと)の太(ふと)祝詞(のりと)

「天つ」とか「太」は別に意味のない美称であるとしても、どういう祝詞を奏上したものであろうかということになると、これまた諸説があって定まるところがない。しかも、現実には秘め事となったか、あるいは忘れ去られたかして奏上していないのであるから、われわれとしては詳しく詮索する必要もないと思う。だいたい古神道においては、一般人には公開しない秘事があるので、これもその類ではないだろうか。

ただ、現実に考えられることは、教祖のお言葉にもあったとおり、この「神言」は、たくさんの罪穢が、言霊の光によって浄まってゆくためのものであるから、そのことを知って、私達は、誠をこめて、声高らかに、奏上すべきである。

 

第五章 神々罪を清めたもうこと

 此(か)く宣(の)らば天(あま)つ神(かみ)は天(あま)の磐(いわ)門(と)を押(お)し披(ひら)きて 天(あめ)の八(や)重(え)雲(ぐも)を伊頭(いず)の千(ち)別(わ)きに千(ち)別(わ)きて 聞(き)こし食(め)さむ 国(くに)つ神(かみ)は高山(①たかやま)の末(すえ)短山(ひきやま)の末(すえ)に上(のぼ)り坐(ま)して 高山(たかやま)の伊褒(②いほ)理(り)短山(ひきやま)の伊(い)褒(ほ)理(り)を掻(か)き分(わ)けて 聞(き)こし食(め)さむ 此(か)く聞(き)こし食(め)してば罪(つみ)と言(い)ふ罪(つみ)は在(あ)らじと 科(③しな)戸(と)の風(かぜ)の天(あめ)の八(や)重(え)雲(ぐも)を吹(ふ)き放(はな)つ事(こと)の如(ごと)く 朝(あした)の御(み)霧(ぎり)夕(ゆうべ)の御(み)霧(ぎり)を 朝風夕風(あさかぜゆうかぜ)の吹(ふ)き払(はら)ふ事(こと)の如(ごと)く 大津(④おおつ)辺(べ)に居(お)る大船(おおふね)を 舳(へ)解(と)き放(はな)ち艫(とも)解(と)き放(はな)ちて 大海原(おおうなばら)に押(お)し放(はな)つ事(こと)の如(ごと)く 彼方(おちかた)の繁(しげ)木(き)が本(もと)を焼(⑤やき)鎌(がま)の敏(と)鎌(がま)以(も)ちて 打(う)ち掃(はろ)ふ事(こと)の如(ごと)く 遺(のこ)る罪(つみ)は在(あ)らじと 祓(はら)へ給(たま)ひ清(きよ)め給(たも)ふ事(こと)を

 大意

このように奏上すると、天つ神々は、天界の堅牢(けんろう)な門を押し開かれ、天空に幾重にも重なりあっている雲を、勢いよく押しわけ押しわけてお聞きくださるであろう。また、国つ神々は高い山や低い山の頂上に登られ、その高い山や低い山に、もやもやと立ちこめている雲や霧をかきわけ、押しのけてお聞きくださるであろう。このようにお聞きくださるならば、天つ神々、国つ神々は、あらゆる罪という罪は、消えてなくなれと、ちょうど強い風が重なり合う密雲を吹き飛ばしてしまうように、また、朝夕立ちこめる霧や霞(かすみ)を、朝夕の風が吹き掃ってしまうように、さらには、大きい港につながれている大きい船の船首のもやい綱や、船尾のとも綱を解き放って、その船を大海に押し出してしまうように、ないしは見渡すかなたに繁茂している木々の根元を、よく焼きのはいった鋭利な鎌で、スッパリと切り払ってしまうように、そのように、たくさんの罪穢をひとつものこることのないまでに、祓い、清めくださるのである。

注① 高山(たかやま)の末(すえ)短山(ひきやま)の末(すえ)

「高山」「短山」は文字どおり高い山、低い山の意であり、「末(すえ)」は山の頂(いただき)のことである。

注② 伊(い)褒(ほ)理(り)

「伊褒理」は“気騰(いきのほり)”を約したものであって、雲や霧のことである。

注③ 科(しな)戸(と)の風(かぜ)

「科戸の風」とは大空を吹く勢のよい風のことである。「シナ」とは、息長――いきの長いということで、志那(しな)都(と)此(ひ)古神(このかみ)とは風の神であるよしであるから、その「しな」を指すものであろう。

注④ 大津(おおつ)辺(べ)

船の碇泊する大きな港ということ。「津」とは昔の港のことであり、いまでも大津、室の津、鞆(とも)の津などの地名が残っている。

注⑤ 焼(やき)鎌(がま)の敏(と)鎌(がま)

火で焼き鍛えた鋭利な鎌、「敏鎌」は利鎌の意である。この章は、罪穢が清められるさまを、いろいろの比喩を用いて描写した格調高い名文といわねばならない。

 

第六章 祓戸四柱の神のお働きのこと

 高山(たかやま)の末(すえ)短山(ひきやま)の末(すえ)より 佐久那(②さくな)太(だ)理(り)に落(③お)ち多岐(たぎ)つ速(はや)川(かわ)の瀬(せ)に坐(ま)す 瀬(④せ)織(おり)津(つ)此売(ひめ)と言(い)う神(かみ) 大海原(おおうなばら)に持(も)ち出(い)でなむ 此(か)く持(も)ち出(い)で往(い)なば 荒(⑤あら)潮(しお)の潮(しお)の八百(やお)道(じ)の 潮(しお)の八百(やお)会(あい)に坐(ま)す 速開(⑥はやあき)都(つ)此売(ひめ)と言(い)う神(かみ)持(も)ち加加(かか)呑(の)みてむ 此(か)く加加(かか)呑(の)みてば 気(い)吹(ぶき)戸(ど)に坐(ま)す気(⑦い)吹(ぶき)戸(ど)主(ぬし)と言(い)う神(かみ) 根(ねの)国(くに)底(そこの)国(くに)に気(い)吹(ぶ)き放(はな)ちてむ 此(か)く気吹(いぶ)き放(はな)ちてば 根(ねの)国(くに)底(そこの)国(くに)に坐(ま)す 早(⑧はや)佐(さ)須良此売(すらひめ)と言(い)う神(かみ)持(も)ち 佐須(さす)良(ら)ひ失(うしな)ひてむ

 大意

このように祓い清めてくださった罪穢をば、さらに高い山々、低い山々の頂上から、水が勢いよく流れ落ち、奔騰(たぎ)りたち、さかまいている激流の浅瀬においでになる瀬織津此売という神様が、大海原の方まで押し流されるであろう。するとつぎには渺茫(びょうぼう)たる大海洋上を走っている、幾筋もの潮の流れが寄り集まって渦巻いているところにおいでになる、速開都此売という神様が、その罪穢をガブガブと海底へ呑みこみ、巻きこまれるであろう。このように海底深く巻きこまれた罪穢を、気吹戸主という神様が――この神様は海底から地底の根の国、底の国に通ずる門戸においでになる――はげしい息吹きで、根底の国に吹き払われるであろう。そうすると、根底の国におられる、早佐須良此売という神様が、すばやくそれを一切無に帰するように、どことも知れず捨て去ってくださるのである。

 注① 本章について

この章は、祓戸四柱の神々の御名をあげ、その神々が、罪穢をつぎつぎと浄められてゆく情景を、擬人的表現をもって格調高く、しかも韻律的に、また、躍動的に記述している。まことに古代日本文学の代表的名文と申すべきであり、言霊の働きもまた、至大絶妙なるものがあろうと考えられるのである。

注② 佐久那(さくな)太(だ)理(り)

水がやまからまっさかさまに、垂直にはげしく流れ落ちる形容である。

注③ 落(お)ち多岐(たぎ)つ

水が落下してさかまき奔流する形容である。

注④ 瀬(せ)織(おり)津(つ)此売(ひめ)神(のかみ)

ご神名の「瀬織り」について、「瀬下り」で水流をあらわし、または、浅瀬の水の波紋が綾を織りなすようにみえるところ、という説もある。その川の浅瀬に坐します神であると言われているが、罪穢を海に押し流すお働きとして、その流れで浅瀬の石が磨かれるように、お互いに磨き合いとぎすます神のお徳ということに留意すべきではないだろうか。

注⑤ 荒(あら)潮(しお)の潮(しお)の八百(やお)道(じ)の…

海洋上のいくつかの潮流があちこちから流れ押しよせて、ぶつかり合い渦を巻いているところ。

注⑥ 速開(はやあき)都(つ)此売(ひめ)神(のかみ)

ご神名の「速」は早く迅速という意であり、「開」は大きな口を開いて呑みこむの意で、素早く口を開けて罪穢を呑みこみ、いっさいを清く明らかにされるお働きを称えたものと言われる。

信仰とは、この神のごとき大きい度量をもって、相手の失敗をいたずらに責めず咎めず、それを呑みこみ、許してやるべきである、という寓意もあると思うのである。

注⑦ 気(い)吹(ぶき)戸(ど)主(ぬし)神(のかみ)

「気吹戸」とは「気(い)吹(ぶき)門(と)」ということで、この門は地脈の下にあり、海底と根の国、底の国との中間に所在するものと信じられていた。そこを主宰される神が、罪穢をさらに地価の根底の国、すなわち、黄泉国に吹き払ってくださるとの意であろう。また、ご神名に見る寓意は、人の息をするその呼吸音に意思が働いて、歯や舌、あごに当たって出るとき言葉になる。つまり、言葉は自分の生命を保つ息に意思が加わって発するものであるから、自分の意思が神のお心に叶った正しきものであれば、言葉も美しくなるべきだと教えられているのであろう。

注⑧ 早(はや)佐(さ)須良此売(すらひめ)神(のかみ)

「速」は言うまでもなく迅速であり、「佐須良此売」は、サスラヒヒメの「ヒ」が二つ重なるところから一字省いたもので、散らし失せしめて、いっさいの罪穢を無にする意であるという。また、ご神名の寓意は、サスラヒはサスル(擦る)を敬語にしたもので、ハ(恥)じるをハ(恥)じらいと言うと同じである。とすればすべての罪穢を摩擦し、磨きあげて、その穢を消し、もとの正しい姿やあり方に浄めるというにあるのではないだろうか。

 

第七章

 此(か)く佐須(さす)良(ら)ひ失(うしな)ひてば 現身(うつそみ)の身(み)にも心(こころ)にも 罪(つみ)と言(い)う罪(つみ)は在(あ)らじと 祓(はら)へ給(たま)ひ清(きよ)め給(たま)ふ事(こと)を聞(き)こし食(め)せと 畏(かしこ)み畏(かしこ)みも白(まお)す

 

主之(すの)大(おお)御(み)神(かみ)守(まも)り給(たま)へ幸(さき)倍(ばえ)給(たま)へ (二回奉唱)

惟(かむ)神(ながら)霊(たま)幸(ち)倍(はえ)坐(ま)せ (二回奉唱)

大意

このように、罪穢をすっかりなくしてくがださるならば、私どもこの世に生きておる者の、肉体にも心にも、罪というものはいっさいなくなるであろう、どうかそのように、お祓いくだされお浄めくださるようお願い申しあぐることを、お聞きとどけたまわるよう、謹(つつし)み畏(かしこ)み言(ごん)上(じょう)する次第であります。

と祈りの言葉を言上し、その後にご神名を二回奉唱するのであるが、この点について考えられることは、そのご神名いかんによって、この祝詞の言霊の働きに大きな影響を持つであろうということである。

言うまでもなくこの神言には、第一に、人類の祖神「カムロギ、カムロミ」のお心とそのご命令によって始められた地上の歴史が記述され、第二はその祖神のご理想たる、地上天国をこの土に建設していくために、その祖神のお心に叶い、しかも、すべての神々が何等の意義をもさしはさまない立派な神人を中心として、地上経綸が行われていくことが述べられている。

第三は、この地上に生きていく人びとが、年経るままに、罪穢に染まり、種々の枉事(まがごと)が現れた場合、天界において神が祖神を祀る祭りの行事を、地上の人間も真心こめて執行し、天津祝詞、神言、すなわち、神のお言葉を言霊として唱えあげ、そして、心からそのお心をわがものといただくことによって、浄まることになるのである。さすれば、地上天国建設のご意思を以って、いまここに顕現されたもうた天地創造の主神―主之大御神様を本教の神と仰ぎまつり、またその大神様が、地上経綸のために、浄め清める浄化の力として、浄霊というご神法を現され、地上天国建設の大任をみよざし(御依代)になられた教祖をメシヤ様と仰ぎまつる我々において、この両神と対し、われらが心から奏上し奉るこの神言の意義は、まことに大なるものがあると言わねばならない。

かくて、われらの祈りが、主之大御神様、メシヤ様にお聞き届けいただけたときにこそ、そのご神威のまにまに、祓戸四柱の神々はもとよりのこと、天津神、国津神、そして八百万の神々も、活動を始められるのである。

 

教祖がご生前、『霊界ではもうわかっている。やがてそれが地上に移ってくる』という意味の御教えをよく賜ったが、まことに、霊主体従の法(のり)に従って、霊界も現界も、天も地も、神々と人びととが浄められて、本教の理想とする地上天国にむかって一歩一歩すすんでいるのである。

だが、教祖は、この尊い祝詞の言霊の威力も磨けた魂の持ち主が誠をこめて唱えまつるものでなくては、その威力は少ないとよく仰せられた。この教祖の御教えを忘れることなく、また、そのために全人類に惜しみなく与えられた御教えと、浄霊のお力による信仰行に努めなければならないのである。

また創世以来、どれだけの時間を経過したものかは、にわかに断ずることはできないほど、古く脈々として伝えられてきたこの神言が、いよいよ本当の威力を発揮するときになったということを、教祖メシヤ様の信徒として、また万教帰一を願うものであるかぎり、一人ひとりが心の底から銘記すべきであると思うものである。