6月の学び
はじめに
責任者:
早いもので6月になりました。先週あたりから気温も上昇し、30度を超える日が続いております。気温の変化に体がついて行けていないように感じる今日この頃ですが、いかがお過ごしでしょうか。日本の南では台風が発生し、今週は沖縄・奄美に接近 西・東日本でも大雨・暴風おそれがあるようです。そのような中ですが、引き続き「文明の創造」より学んで参りたく思います。宜しくお願い致します。
「メシヤ講座no.161大阪(平成26年6月分)」より抜粋:
<今月の御教え>
『最後の審判』
「文明の創造、宗教篇」昭和27(1952)年
私はこれまで、現代医学の誤謬と、真の医学の在り方とを、微に入り細に亘って、徹底的にかいて来たので、大体分ったであろうが、しかしこれだけでは全部ではない。というのは今まで説いて来たものは、体的すなわち唯物面の方を主としたのであるから、いわば半分である。従って残りの半分の面が、根本的に分らなければ、真の医学としての全部は分らないのである。
もっとも今まで説いた中にも、霊の実在と霊の本質と、霊の作用影響等は相当かいたつもりであるが、それは病気そのものについての直接的解説であって、これから説くところのものは人体の内面である霊に関する一切である。従って宗教とは離れられない霊に関する以上、結局は宗教にまで発展し、神霊の本体にまで及ぶのである。
しかしこの所説が最後に到って、宗教とはなるが、既成宗教のそれのごとき、信仰一点張りの独善的のものではない。言うまでもなく経文、聖書、御筆先のごとき、神秘的幽幻な説き方ではない。飽くまで論理的、実証的であって、むしろ科学的、哲学的といってもいい程のものであるから、現代人といえどもこれを精読すれば、理解し共鳴しない訳はあるまい。換言すれば今日まで何人も説き得なかったところの、高遠にして人間が触るる事を恐れていた、深い微妙なる謎の本体とも言うべきものであって、これを徹底的に開明するのである。というのは現在までの世界は宗教的、形而上的のほとんどは神秘の幕に閉され、その実体が明らかにされなかったからで、それがため神というものの本質は分り得ないため、神の実在等も一部の人を除いては、信ずる者がほとんどなかったのである。その結果唯物科学が絶対的信仰の的となり、ついに真理ならざるものを真理と錯覚してしまい、物の正邪の区別さえ分らなくなり、せっかく苦心して成し遂げた人類の幸福に役立つところの、発見発明といえども邪神に利用され、本来の目的とは反対に不幸を生むべき道具にされてしまったのである。その結果病気の氾濫となり、経済的苦悩を生み、戦争の原因を作ったのであるから、こうみてくると、この苦難に充ちた世界人類を救おうとするには、何よりもまずおかしな言い方だが本当の真理を開明し、世界人類特に文化民族の知識人に、自覚させなければならないのである。これが真文明を生むべき根本要素であって、これ以外決してないことを私は断言するのである。この意味において、私はまず医学の誤謬から明白にすべく、真理の鏡に照らして、鏡面に映るままの真実をかくのであるから、絶対誤りはないのであって、私としても別段医学に対し、怨恨などある訳はないが、人類救済の必要上、止むを得ないのである。従ってよしんば私がこれを行わないとしても、誰かが神命によって行うのは当然である。というのは再三言う通り、時機の到来と共に、主神(エホバ)の神意の発動は、これ以上の遷延(せんえん)は許されないからであり、最後の審判は目睫(もくしょう)に迫りつつあるからである。そこで神はまず第一番に医学に対し、審判を開始されたのであって、この事がまず私に命ぜられた使命である。というのはさきに述べたごとく人間生命の解決こそ、文明の根本条件であるからである。従ってこの問題を解らせるためには、今日の人間に解し得らるべく、時代即応の説き方でなければならないのである。しかも前人未開の真理であってみれば、なおさらそうでなければならないので、これをもってみてもこの著は、有史以来の偉大なる文献であって、この大任を負わされた私としても、責任の重大なる、到底筆舌に表わす事は出来ないのである。
※『文明の創造』英語版はこちらをクリックしてください。
Creation of Civilisation: Translated Edition
この世の審判は不幸をつくる医学から
楳木先生:
本日拝読させていただいた『最後の審判』についてですが、この最後の審判でメシヤ様がもっとも強調されているのは、最後の審判の始まりは『医学に対し、審判を開始されたのであって』ということでありますので、とかく最後の審判というとですね、天変地異とかですね、様々な病気が氾濫するとか、そういうことで説かれることが多いわけなんですけども、主神様の審判というのは、まず医学から審判を行っていくということであります。しかし、その審判というのが今までされてきたかというと、なかなかそれを担う側の所謂今までのメシヤ様の弟子達がそこまでやれなかったために、これはずれ込んできている面があります。
そして今は、善良なる言わば良心的学者、先月出たように良心的な学問という立場に立った、そういう人達が少しずつ暴き始めておりますので、言わばメシヤ様の弟子の外枠の方からそうしたことが始まっているふうに思います。そのことについて、メシヤ様は今回の『最後の審判』の最終頁にですね、『時代即応の説き方でなければならないのである。』とご指摘しているわけであります。
今、出版の準備を最終的な段階にして、印刷製本の段階に入ってきた『天国の福音書』続篇の(一)、これは神観を確立するということを大命題として『主神様とメシヤ様』というタイトルをつけて発刊するわけなんですけども、本日の『最後の審判』を拝読しつつ『主神様とメシヤ様』のご論文にふれていくと、やはり、医学界に対して審判を行っていくというそういう願いが面々と綴られているような感じが致します。
昭和初期の御論文を見ていくと、例えば感謝の少ない人は胃が悪くなるとかですね、そうした精神面から起きる霊の曇りの発生、そして霊の曇りの発生が肉体の方に影響を及ぼすという、そういうところまで御書きになられておりますので、今回の『天国の福音書』続篇はですね、今回の『最後の審判』と非常に密接になって拝読できる内容ではないかなと思います。
それと同時にですね、観音講座の一、二を全文載せてありますので、「言霊学」の一番根本的なことと、それから天地創造の根本的なこと、そうしたことが網羅されております。研鑽資料の『主神様とメシヤ様』に載せた元々の御論文と御講話を全文載せておりますので、非常に中身の深いものとなって、皆さんが期待している以上の素晴らしい書籍になるということを校正しながら確信を持って仕上げている段階に入っております。ですから6月15日の発刊日を楽しみにしていただきたいと思います。(以下後略)」
※「『天国の福音書』続篇(一)神観、『主神様とメシヤ様』」の購読は, Amazonで。
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
◎メシヤ様は、最後の審判の始まりは『医学に対し、審判を開始されたのであって』と仰っているように、そのことを最も強調されているのだということ。
>とかく「最後の審判」というと、天変地異とか様々な病気が氾濫するとか、そういうことで説かれることが多いのだけれども、主神様は、まず医学から審判を行っていくのだということ。
>しかし、その審判というのが今までされてきたかというと、(それを担う側の所謂今までのメシヤ様の弟子達がそこまでやれなかったために)これはずれ込んできている面があるのだということ。
>そして現在は、良心的学者達が少しずつ医学の誤謬を暴き始めているので、言わばメシヤ様の弟子の外枠の方からそうしたこと(審判)が始まっているのだということ。
>この御論文の最終頁でメシヤ様は、(私達が)「最後の審判」を説明するにあたり、『時代即応の説き方でなければならないのである。』とご指摘されているのだということ。
◎この『最後の審判』を拝読しつつ「『天国の福音書』続篇(一)神観、『主神様とメシヤ様』」のご論文にふれていくと、「医学界に対して審判を行っていくのだ。」というそういう(メシヤ様の)願いが面々と綴られているような感じがするのだということ。
◎「『天国の福音書』続篇(一)神観、『主神様とメシヤ様』」は、
>今回の『最後の審判』と非常に密接になって拝読できる内容なのだということ。
>更に、「観音講座の一、二」を全文載せてあるので、「言霊学」の一番根本的なこと、天地創造の根本的なこと、そうしたことが網羅されている等、非常に中身が深く素晴らしい書籍になっているのだということ。
「メシヤ講座no.161大阪(平成26年6月分)」より抜粋つづき:
破壊行為
楳木先生:
さて、もう一度『最後の審判』に戻ってまいりますけれども、『最後の審判』と聞くとですね、これは主神様の経綸上の最後の審判であります。しかし、日本人がですね。最後の審判というのを非常に強く感じたのはですね、人工的に最後の審判を起こしたオウム真理教の事件であろうかと思います。これは昔から最後の審判という教えがあるんですけれども、それを人工的に起こそうとしたのがオウム真理教のやった大事件であります。サリンによってですね、多くの方々が犠牲になりました。そして、その次にはですね、当時のソ連の方からですね、大量の、まぁ軍事用ヘリコプターとか様々なものを旧赤軍を通して購入しております。そして、2段3段とそういう事件を起こしていこうと・・。そして最後の審判というのを人間側で起こしていこうということをやったために、ああいう事件が起きた訳ですね。これは大変、宗教界としても非常に残念なことでしたし、日本人で犠牲になられた方々には本当にお悔やみを申し上げたいことであります。
このオウム真理教が間違った最大の原因はですね。開祖である麻原彰晃、あの人がまだ松本智津夫時代にチベット密教を習得してですね、そして、密教の奇蹟をいくつか起こせるようになりました。学問的に行き詰っていた若者達がその彼に会うことによって、悟りの世界を追体験したいという気持ちで集まってきました。学問的に様々な壁にぶつかっている人達が集まってきたんですけども、なかなかチベット密教を追体験するということは難しいので、薬物を使うということとヘッドギアを使うということで追体験をしようとしました。それで、薬物を使ったためにですね、本来の悟りを開くべきものが薬物というのは・・・、よく霊憑りを起こした人を浄霊すると大体薬毒がですね、首の辺りにこれくらいの固結を作っておりますが、そこへ動物霊とかがかかってきますね。だから薬毒がなければ霊がかりが起きないのですけれども、そういうことが起きてくる。
ですから、薬物を使って悟りを開らこうとすると返って動物霊に翻弄されてしまうということが起きてくるのと、本来宗教というのは目に見えないものを対象にして行うべきなんだけれども物によって悟りを開こうとしたために、いわゆる唯物世界というものを構成していって、最後の審判も唯物的な最後の審判に陥ってしまった、と。だから、人工的にそういうことを起こすということが起きてきたわけであります。しかし、これだけの解説をですね、宗教界はしておりません。それはなぜかというとこの主神様の御経綸ということをきちんと理解していないためにこういう解説ができないわけであります。」
責任者:
ここでは、「宗教界は、主神様の経綸上の『最後の審判』ついて正しく理解できていないが為、人工的に最後の審判を起こした「オウム真理教の事件」の内容を正しく解説できなかったのだ。」ということに付いて御教示いただいております。重要な内容だと思いましたので各自拝読をお願い致します。
「メシヤ講座no.161大阪(平成26年6月分)」より抜粋つづき:
深刻な病気大国
楳木先生:
それで、メシヤ様は『最後の審判』というのは・・人類が一番健康問題というが大きな問題ですので、昨年は一昨年よりも自殺者が減りましたね、しかし自殺原因の最大の理由は何かというと、今までは、大人はお金の問題で自殺していました。子供は、友達関係、人間関係で自殺しておりました。しかし、昨年の自殺動機の一番は何かというと健康問題です。
だから、これほど今大きく人類の上におっ被さっている問題はやっぱり健康問題だということですね。そして、ほとんどの人達が医学は絶対だというふうに、最後は医療にかかるしかないというふうに思い込まされている中で日を送っているためにですね、良かれと思って受けた治療等によって大きく自分の体を犠牲にしてしまっている、あるいは命を縮めている、そういうところにメシヤ様はメスを入れていくということであります。これが、『最後の審判』の最初にやるべきことだというふうにメシヤ様は仰っておりますので、このことを今月は、『最後の審判』という御教えを拝読しつつ、大きく自分にですね、色々言い聞かせておいていただきたいと思います。」
(後文割愛)
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
◎メシヤ様は、最後の審判の始まりは『医学に対し、審判を開始されたのであって』と仰っているように、今大きく人類の上におおい被さっている問題は、自殺の原因を例に取ってみてもやっぱり健康問題なのだということ。
>ほとんどの人達は「、医学は絶対だ。」というふうに思い込まされている中で日々を送っているので、良かれと思って受けた治療等によって大きく自分の体を犠牲にしてしまっている。あるいは命を縮めているので、そういうところにメスを入れていくとメシヤ様は仰っているのだということ。
>それ(上記)が、『最後の審判』の最初にやるべきことなのだということを私達は、この『最後の審判』という御教えを拝読しつつ理解しておくのだということ。
「メシヤ講座no.161大阪(平成26年6月分)」より抜粋つづき:
神観について
受講者:
「メシヤ講座・特選集(no.160へ)」のところで「『みろくおおみかみ様』は当時の神観としては表現神として」と書いてありますよね、本部で聞いた時は分かった気がしたんですけど、また読んでみると難しいなぁと思いまして、「表現神として」という……。
楳木先生:
これはメシヤ様の『みろくおおみかみ様』の説明ではないですよ。世界救世(きゅうせい)教の説明です。
受講者:
『みろくおおみかみ様』と明主様は違いますもんね。
楳木先生:
そうです。一番分かりやすい表現は大光明如来様とメシヤ様とどちらに日々お願いしたらいいでしょうか?という質問に対しては、メシヤ様は、日頃は大光明如来様は私の代理として動いてくれているので、それで頼んでくれたらいいと。そして、いよいよの時には私に直接頼みなさい、というような表現をされているから、やはりメシヤ様と代理という、そういう関係が、御在世当時御神体が『大光明如来様』を『みろくおおみかみ様』とお唱えしていたときからそういう関係でずっときている。
それで、メシヤ様御昇天後、様々なことを整える時に、『大光明如来様』から『大光明真神様』というふうに二代様が変えましたよね?そして『みろくおおみかみ様』と唱えるようになって、この時から実は神観を変えてます。「主神様の表現神」として説明しています。しかし、表現神としてあるいは顕現神として、そういう使い方をして皆さん方に説明しているんですけど、本体の『主神様』についての御説明がずっとなされてなかったということです。これが一番の・・・御神業を遅らせている最大の理由だと思いますね。」
(後略)
受講者:
あっ表現神というのは二代様からですか?
楳木先生:
そうです、二代様以降作り、そういって固めてきたものです。」
受講者:
対象として、みたいな感じで。
楳木先生:
そうです。だから今四代様がメシヤ様のことを「メシヤであられる明主様」と言っているでしょ?本体を隠しているわけです、やっぱり。「メシヤであられる明主様」であれば『メシヤ様』とお呼び申し上げた方がいいでしょ、すっきり。しかし、最後にどうしても「あられる『明主様』」というふうに限定してしまっているわけ、それで神格を上げないようにしているということです。」
受講者:
それが神観の確立ということですか?
楳木先生:
そうです。言葉では神観の確立と言っているけれども、真に確立されてないので、だから『主神様とメシヤ様』という、この今回の本を出して、神観を確立していただきたいというのが願いです。分かりました?」
受講者:
はい。
(後文割愛)
責任者:
ここでは、私達が正しい神観を確立していく方法に付いての御教示をいただいております。重要な内容だと思すので各自拝読をお願い致します。
「メシヤ講座no.161大阪(平成26年6月分)」より抜粋つづき:
薬について
受講者:
時代即応の解き方でなければならないということで、やっぱりこれもある程度までは薬の名称と副作用を結構覚えていく必要があるということが、これはあるんでしょうか。
楳木先生:
これはメシヤ様のこの時代に、解く時に実はメシヤ様はこの時に素粒子まで把握されていたんだけれども、しかし、お弟子さん達、とりわけ高弟と言われている人達で素粒子を理解した人達は数人しかいなかったわけなので、時代というのはもうそこまで進んでいるということを皆が認識した上で、そしてそういうとりわけ知識人に変わってもらわないといけないということなんで、前のページに書かれているように『智識人に、自覚させなければならないのである。』と、知識人に自覚させるだけのものを論立てしていかないといけない、ということ。
(後略)
受講者:
未信者さんの場合は薬を飲まれている方とかが一気に薬を止めて浄霊にというふうには、理解できない方が多いと思うんですけど、その度合いとか信者さんの場合と未信者さんの場合のお伝えの仕方といいますか、そういうのはどうしたらよろしいんでしょうか?
楳木先生:
薬の場合は、問題点は依存がついているかどうかというのが問題なので、それだけは薬の内容を聞いてだいたい判断できると思うんです。自分で判断できない時には、「こういう薬の場合依存度はどうですかね?」と聞けば分かるので、この薬であれば命には係わらないだろうとか、命にかかわるとかいうことがだいたい判断できるので、そういうことで判断していったらいいと思います。」
受講者:
はい、分かりました。
受講者:
最近の薬で後発薬と言われている、俗に言うジェネリックってありますよね?昨日もナースとお話していたんですけど、ジェネリックの方が値段は安いけど、効果の現れ方がやっぱり違うと。その効き目が悪いというんです。これはやっぱり価格面とかでそういうことなんでしょうか?
楳木先生:
だからその資料を全部提供を受けて作っていると言う場合は同じ効果が出るだろうけど、できた薬を分析してそして同じような成分の物を作ろうとした場合は、違ってくるから、その作り方の問題が一番でしょうね。」
支部長代理:
その・・特許が切れたら使えるので、だから新薬を使いたければ「ジェネリックは効かない」というふうに言いますしね。だからどういう方々が言っているのかなぁということも背景にはあるかもしれないですね。
楳木先生:
この前ある週刊誌の特集では、新薬ができると病気が増えると、だから新薬の製造に比例して病気が増えているという、そういうデーターを示しながら書いている記事もあったけど、それはどうして病気が増えるかというと、医者が数値を下げていくので、その新薬が出たらその薬を売るために当てはまる数値を医者が作って、そして「この薬を飲んだら、この数値は元のいい方向に行きますよ」ということでいくわけなのでね。」
受講者:
血圧の数値を下げているのと一緒ですね。
楳木先生:
そう。それからもう一つはですね、例えば自分の両親が亡くなったりとか、あるいは親しい人が亡くなった時、人間は悲しむでしょ。そして喪に服す、ちょっと派手なことは止めようとか、遊びに行ったりするのも控えようと、しばらく静かに家に閉じこもろうとか、これは普通の感情ですよね。
これをうつ症状として病人にしていこうとしているところがあるので、これが最近のテレビのコマーシャルにしても新聞の広告にしても一番恐ろしいことです。これは人間の自然な感情なんだから、落ち込むというのは、あるいはふさぎ込むとか、当たり前の感情・・「これは当たり前なんですよ」と言えば済むことを、「これはうつ症状ですね」と言うから、新しい病気が生まれて来るわけですね。そして薬を飲ませよう飲ませようとしていくから、これが精神面では現代の病人が増えている最大の理由だというふうに思います。なんかきれいな言葉でコマーシャルとかあるでしょ、「恥ずかしがらずに相談しましょう」とか、相談したらみんな病気になちゃうから「相談は止めましょう」というコマーシャルを(笑)。」
(後略)
責任者:
ここでは、「薬」に対する時代相応の説き方をしていく上での考え方、そして「ジェネリック医薬品」について、又最近のテレビのコマーシャルや新聞の広告等の捉え方について御教示いただいております。要点だと思うところに下線を引きましたので各自拝読をお願い致します。
「メシヤ講座no.161大阪(平成26年6月分)」より抜粋つづき:
時所位を得るように
受講者:
すみません、あの勉強会で質問が出たんですけど、家の御神体がない状態で御祈りしてもいいのかどうかということなんですけど。朝拝とか夕拝とか。
楳木先生:
いいのかどうかというのは、なんでいいのかどうかと聞くのかということを、こっちが聞きたい。」
受講者:
あっそうですか。いや~あの~なんか御参拝、祝詞を唱えさせていただいたことに感謝するというお話もありましたので、御神体がないと駄目なのか、なかったら遥拝なのかなとちょっと分からないんですけれども。
楳木先生:
だから、その質問の人は、御神体をいただけないのかと?」
受講者:
今ないのでね。
楳木先生:
いや、だから、いただけないのかと。ないので、ではなく・・。」
受講者:
いただきたいとは思っているんですけど、それを願って御尊影とかにお唱えしたりとか、御神名だけお唱えさせてもらったりとかしているんですけど、旅行の時とかもありますよね。そういう場合はどうなのかなぁと、御神体がなくても祝詞をお唱えさせていただいてもよろしいんでしょうかね。
楳木先生:
昔の人で、御神体がない人とかでも、太陽に向かって手を合わせたりしてたでしょ?」
受講者:
はい。
楳木先生:
これは自然な気持ちだから。」
受講者:
そうですよね。
楳木先生:
自然な気持ちというのが一番大事なのでね。」
受講者:
聖地の方向に向かって遥拝したりとか、祝詞唱えたりとか、昔は私もそうさせてもらったりしてたんですけど、昼はどうなんでしょうか、御神体がない場合は。
楳木先生:
いや、それは自然な感情でしょ。御神体がないから私は本部に向かってお参りしようとか、あるいは箱根に向かってお参りしようと、あるいは私は太陽に向かってお参りするのが一番すっきりするわと、それは自然な気持ちでやってもらえばいいわけなので。」
受講者:
あっそうなんですか。それで祝詞も唱えても、別に唱えたかったら、唱えて構わない。
楳木先生:
別に構わないじゃないわけ。」
受講者:
必ず唱えるという。
楳木先生:
違う。」
受講者:
はい、すみません。
楳木先生:
違う、それは。それしか仕様がないということ。
受講者:
あっ祝詞をお唱えさせていただくしか・・・。
楳木先生:
違う、違う。御神体があればできるんだけども、御神体がないので、それしか方法がないという姿勢なわけです。だからメシヤ様はそれを仕方がないというふうにおしゃっています。」
受講者:
仕方がない。
楳木先生:
うん、どうしてもお参りしたい人は、「それしか仕方がない」ということです。「いいですよ」じゃないわけ。いいですよと言って、それが流行ってしまったらどうする。
受講者:
あ~~そうですね。
楳木先生:
みんな東に向かってお参りし始めたり、とか、今大分が本部だからと、みんな大分に向かってお参りしようということになったら、これはおかしい。やっぱり根底は御神体を御迎えして、そこで朝夕拝をさせていただくのが本筋なんだ、と。だけど今はないので、仕方なくこういう形でさせていただくということなので・・。「それでいいでしょうか?」と聞く方がおかしいわけです。」
受講者:
はい。
楳木先生:
「それでいいですよ」と言ったら、「代表がいいと言いましたんで、この方針で行きましょう」ということになっちゃう。そういう方針はないわけなんで、方針はどこまでも日々御祈りをささげたい場合は、御神体を御迎えして下さいということなんです。だからこういう姿勢で対応して下さい。・・これからいろいろな人とお話する時にね。」
(後文割愛)
責任者:
ここでは、御神体を御迎え出来ていない方が神様へ御祈りなさる時の想念の持ち方に付いて御教示いただいております。大切な要点だと思うところに下線を引きましたので各自拝読をお願い致します。
編集後記
責任者:
今回は先ず、とかく「最後の審判」というと、天変地異とか様々な病気が氾濫するとか、そういうことで説かれることが多いのだけれども、メシヤ様が、最後の審判の始まりは『医学に対し、審判を開始されたのであって』と仰っているように、「主神様は、まず医学から審判を行われるのだ。」ということを学びました。又メシヤ様は、(私達が)その「最後の審判」を説明していくにあたり、『時代即応の説き方でなければならないのである。』とご指摘されているのだということを御教示いただきました。
周りを眺めてみると、殆どの人達が「医学は絶対だ。」というふうに思い込まされている中で日々を送られています。そういう現状をしっかりと捉えた上で繰り返し御教えを拝読し、「最後の審判」ということに付いて誤解を招かないように言葉を錬り、現代にあった説明を出来るようにならなければと思わせていただきました。台風が近づいて来ておりますので、情報に留意してお過ごし下さい。有難うございました。
※責任者より
引用したメシヤ様の御教え、「メシヤ講座」は当時の文章をそのまま抜粋させていただいています。下線や太字の表記、()内の表記、御教えの典拠は、責任者が加筆しております。ご了承ください。
引用した「メシヤ講座」全文はこちらから覧いただけます。
