研鑽資料no.188(2026年9月)

9月に向けての学び

はじめに

責任者:

厳しい暑さが続いております。皆様におかれましては、元気でお過ごしでしょうか。

さて、熊本地震から2週間が経ちました。この暑さの中、被災地では多くの方が未だ水道水が届かない苦しい生活を強いられている状況だということです。その状況が、一日でも早く好転することを心よりお祈り申し上げます。

それでは引き続き、「文明の創造」より学んで参りたく思います。

 

<今月の御教え>

『霊界における昼夜の転換』

「文明の創造、宗教篇」昭和27(1952)年

右の重大事というのは、霊界に於ける昼夜の大転換である。

即ち夜と昼との交替であるというと可笑しな話で、誰しも夜と昼は一日の中にあるではないかというであろう。成程それには違いないが、私のいうのは大宇宙のそれであって、此事を知るとしたら、人智では到底想像もつかない程の大神秘を会得する事が出来、それによって今後の世界の動向も分り、未来の見当も略ぼつくのである。

そうして曩に述べた如く、此世界は物象界、空気界、霊気界の三原素によって構成されており、一日の昼夜とはこの物象界と空気界、つまり人間の五感に触れ、機械で測定出来るものであるに対し、霊気界のそれは全然無と同様で、捉える事が出来ないものであるから、今私の此文を見るとしても、直ちに信じ得る事は困難であろう。私と雖も若し神を知らないとしたら、一般人と同様であろう。只私は此重大なる使命をもつ以上、神と密接不離な関係にあるから確実に知り得るのである。

それによると、霊界に於ても現界に一日の中に昼夜がある如く、十年にも、百年にも、千年、万年にもあるのである。従って其転換毎に、人類世界にも反映するので、それが霊界の方では絶対正確であるにも拘はらず、現界へ移写される場合、幾分の遅差は免れないのである。其事を頭に置いて、長い歴史を見る時、大、中、小種々の歴史的変化をみるのは、其表われである。そこで今私が言わんとする処は、世界の大転換に関する主なる点であって何よりも先ず大転換の時期であるが、それは一九三一年六月十五日から始まっており、一九六一年六月十五日迄の、三十年間で一段落がつく事になってゐる。然し人間の頭脳で考える時、三十年と言えば相当長期間であるが、大宇宙に於ける神の経綸としたら、一瞬の出来事でしかないのである。そうして右の三十年といっても、現界に於ては急激な変化はなく、徐々として進みつつあると共に、右の三十年を挟んで其前後の時を合わせると、六十余年の歳月を費やす事となる。それは準備期と転換後の整理とに時を要するからである。

右の如き其転換の意味は今日迄は夜の世界であったから、謂はば月の支配であったのである。処が愈々昼の世界となるに就て、予て世界の二大聖者として仰がれている釈迦、基督の予言された通りの事態となったのである。そうして先づ仏典によれば釈尊は「吾七十二歳にして見真実になれり」と言われた後、間もない或日、世尊はいつもに似合はず憂欝の色蔽い難い御様子なので、弟子の阿難尊者が憂慮し御訊ねした。『世尊よ、今日は常にない御沈みのように見受けられますが、何か御心配事でも御有りですか』と申した処、釈尊は直に御答えになった事は『儂は今迄終生の業として仏法を創成し、一切衆生を救わんとして大いに努力を続けて来たが、今日大仏陀から意外なる御諭しがあった。それによると或時期に至ると、我仏法は滅すると言う事で、大いに失望したのである』との御言葉であって、それから世尊は斯うも曰はれた『儂は見真実によって分った事だが、今迄説いて来た多くの経文は、少なからず誤りがあるので、今日以後真実を説くから、よく之によって正覚を得られよ』と仰せられたので、此時からの経文こそ仏法の真髄である事は確実で、それが法華経二十八品と、法滅尽経と、弥勒出現成就経である。処が、その事を発見されたのが、彼の日蓮上人であって、上人はこの発見によって他宗教義悉くは見真実以前に説かれたものであるから、真実ではない。独り我法華教こそ仏法の真諦であるとして、他宗ことごとくを否定し、猛然として一大獅子吼をされたのであるから、上人のこの傍若無人的宣言も、無下に非難する事は出来ないのである。

之に就て、法華経二十八品の意味を解釈してみるが、此経文の二十五番目にある観音普門品こそ、大神秘が蔵されてゐるのである。というのは法華経とは法の華であって、最後に法の華を咲かせなければならない。其場所と人とが日本であり、日蓮上人であるから、上人が法華経を翳して、いかなる受難にも屈せず、一途に日本国中に法華経を宣布されたのも、この強い信念があったからである。元来仏法は曩に説いたごとく月の教えであり、陰であり、女性である。釈尊が「吾は変性女子なり」と曰はれたのも其意味であろう。又上人は前例のない型破り的の行り方であった。彼が修業成って、最初故郷である安房の清澄山上に於て、東方日の出に向かって、妙法蓮華経の五文字を高らかに奉唱され、其時を契機として愈々法華経の弘通に取掛ったという有名な話も、それ迄仏教各派の悉くは、南無阿弥陀仏の六文字の法名を唱えたので、之にも意味がある。すなわち五は日の数であり、六は月の数であるからである。それまでは人も知る如く日本に於ける仏教といえば陰性であったものが、一度日蓮宗が生まるるや、極端に陽性を発揮し、太鼓を叩き花を飾り、声高らかに経文を唱える等、何から何まで陽気一点張りである。全く仏華を咲かせたのである。また世間同宗を以って一代法華と言ったのも、花は咲くが散るから、一時は好いが長くは続かないという訳であろう。

今一つの神秘がある。それは法華経二十八品の数である。二十八の数は、月の二十八宿を表わしたもので、其二十五番目に普門品があるのは、二十五の数は五五、二十五で、五は日であり、出づるであるから、日の出の意味である。つまり月の仏界に日が生まれた表徴である。即ち此時既に夜の最奥霊界には、ほのぼのと黎明の光が射し初めたのである。そうして面白い事には、外の仏教は全部西から生まれたに対し、独り日蓮宗のみは東から出てゐる。而も安房の清澄山こそ、日本に於ける最も東の端で、この地点こそ大神秘が包蔵されてゐる事は、私が以前書いた自観叢書奇蹟物語中に概説してあるから参照されたい。つまり此地が霊界二次元における昼の世界の初発点であるのである。

次に日本に於て、何故仏法の花を咲かせなければならないかといふと、そこにも深い密意が秘(ひそ)んでいる。すなわち花が咲かなければ実が生らないからで、其実というのが実相世界であって、此実の種が如意輪観音の御働きでもある。私がいつもいう如く、観世音は日の彌勒であり、阿弥陀が月の彌勒であり、釈迦が地の彌勒であり、此三人の仏陀が三尊の彌陀である。とすれば阿彌陀と釈迦は、夜の世界の期間の御役であったに対し、観音は昼の世界にならんとする、其境目に観音力を揮わせ給ふのである。此経綸こそ昔印度に於て仏法発祥の時己に誓約されたものである。

本教が、最初日本観音教団として出発したのも、私が観音を描き御神体として拝ました事も、私に始終観音の霊身が附き添はれて居られた事も右の因縁に外ならないのである。ところが釈迦、阿彌陀は如来であったので、観世音の菩薩の御名に囚われ、宗旨によっては、阿彌陀や釈迦より観音の方が下位とされてゐたのも、右の因縁を知れば誤ってゐる事が分るであろう。処が其後御位が上られ、光明如来となられたので、現在は光明如来の御働きである事は信者はよく知ってゐる通りである。

 

『文明の創造』英語版はこちらをクリックしてください。

Creation of Civilisation: Translated Edition

 

霊界の夜昼転換と現界汚濁

楳木先生:

本日拝読をさせていただいた『霊界に於ける昼夜の転換』というのは、この世界救世(メシヤ)教が開教され、またメシヤ様御自身が最初の創業である大日本観音教団を立教された時、そうしたことに深く関わることでありますし、仏教界からすれば、これは大変問題になる御論文でもあります。そのためにですね、『文明の創造』を最初にお作りなった○○先生は、これを仏教界にお見せになって、この部分の一部を削られております。バチカンの方にも寄贈になっていますので、神学者から非難され『禁断の木の実とは薬のことである』というところも削除されております。真実、この『文明の創造』が世の中には今迄出ていなかったんですけども、2年前にこうして発刊することができたので大変良かったなと思います。

これから優秀な英訳者にご縁をいただいて、これを英文に翻訳したり、様々な言語に翻訳をして出版することができれば、大変有難いと思うんですけども、それほど重要なところですので、改めて確認させていただきながら進めさせていただきたいと思います。

まず、最初に305ページの3行目に

『成程それには違ひないが、私のいふのは大宇宙のそれであって、此事を知るとしたら、人智では到底想像もつかない程の大神秘を会得する事が出来、それによって今後の世界の動向も分り、未来の見当も略ぼつくのである。』

とありますけれども、私達が今主神様に直接御参拝しているということが、このことそのものである訳でありますので、このところは、何度も何度も拝読をさせていただいて、『昼夜転換』という、この御教えが分かることによって、大宇宙の、その起きている事、それから世界の動向、あるいは『未来の見当も略ぼつくのである。』ということですので、『昼夜転換』の御教えが分からない限りですね、宇宙の創造から、それから地球が今後どのようになっていくかということも分からない面があります。このところはしっかり拝読させていただきたいというふうに思います。

それから、306ページの8行目にですね、

『それによると、霊界に於ても現界に一日の中に昼夜がある如く、十年にも、百年にも、千年、万年にもあるのである。』

ということを・・、これがなかなか難しい・・、“どのように考えていったらいいのだろうか?”と解釈するためにですね、いろんな学者が発表している書籍とかですね、論文の中から見ていくとですね、「10万年前に大きな地球上に変化が起きている」(岸田一隆著「3つの循環と文明論の化学」参照)・・。10万年前に何が起きているかと言うと、その時人類がですね、言葉を有してそして世界に散らばったということが起きている。これがだいたい10万年だと。

それから、三千年ぐらい前にですね、・・日本でいくと弥生時代に・・二千年よりももう少し前ですね、稲作が入ってきりしたのを含めて、世界の人類は言わば耕作というのを習得したのと、・・耕作というのは物を作るということですね。「一万年前に農業を手にし、定住というのを得たためにそこで文化が発祥してきた」というふうに捉えています。

そして18世紀にですね、産業革命が起きて、「そこから劇的にまた人類は変わっていった」という、こういう大まかに捉えています。

そうしたことを見ていくとですね、産業革命が起きてから今は2014年ですけど、今資料として得ているのは、2006年の資料があるんですけども、2006年の地球がですね、・・例えば酸素ですね、我々は酸素を吸って二酸化炭素を出して呼吸をしておりますが、・・産業革命以後ですね、この酸素を二酸化炭素に変えることによって(蒸気動力)、産業がずっと拡がってきまして、その結果、今はですね、温暖化というものを始めとして、地球の気象も大変化が起きておりますけども、2006年当時の、その人類の消費量をみていくと、だいたい地球が生産できる或いは環境を浄化できる能力の1.4倍ぐらいのものを、もうすでに人間は使ってしまっているということです。

だからだんだん地球はですね、「今物質的には老化現象(たとえば酸化)に入ってきている」というような見方をしております。

しかし、これは世界のことですので、日本人の生活レベルで世界の人達が生活すると、だいたい地球何個分ぐらい使っていることになるかと言うと、2.4個分です。今度はアメリカ人が使っている消費量を世界人類が全部使っていくと、だいたい5.2個分ぐらいです。だからアメリカ的な生活が世界に拡がったら、もう地球はパンク状態になるということですね。今は、後進国の方々がいらっしゃるので、なんとか地球も飽和状態ではあるけれども、なんとか維持できている。

それで異常気象が起きて、大地や空気界が浄化されるので、なんとか地球は今もっている状態である・・・、そういう学者達が、何故そういう資料を用意するかというと、「これからの生活の在り方を変えていかなければ、人類が生存することができない」ということを訴えるために、そういう統計を取っている訳ですね。

そういうものを見ていくと、メシヤ様の『この十年にも、百年にも、千年にも、万年にも』霊界に昼夜の転換が起きているということを、目に見える世界ではそういうふうに捉えることができるんだということを一つは参考例としてですね、持っといていただければ有難いと思います。」

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎この『霊界に於ける昼夜の転換』は、世界救世(メシヤ)教が開教されたことや、メシヤ様御自身が大日本観音教団を立教されたことなどに深く関わる重要な御論文なのだということ。

>仏教界や神学者からすれば、これは大変問題になる御論文でもあるので、この(中身が削除されていない)『文明の創造』は(2年前にメシヤ教が発刊するまで)世の中に出ていなかったのだということ。

◎メシヤ様は、『成程それには違ひないが、私のいふのは大宇宙のそれであって、此事を知るとしたら、人智では到底想像もつかない程の大神秘を会得する事が出来、それによって今後の世界の動向も分り、未来の見当も略ぼつくのである。』と仰っているのだということ。

>私達が今、主神様に直接御参拝しているということが、そのことそのものである訳なのだということ。

>『昼夜転換』という、この御教えが分かることによって、大宇宙の中で起きている事、それから世界の動向、あるいは『未来の見当も略ぼつくのである。』ということなので、『昼夜転換』の御教えが分からない限り、宇宙の創造から今後地球がどのようになっていくかということも分からない面があるので、ここのところはしっかり拝読するのだということ。

◎メシヤ様は、『それによると、霊界に於ても現界に一日の中に昼夜がある如く、十年にも、百年にも、千年、万年にもあるのである。』と仰っているが、この解釈がなかなか難しいのだということ。

>なので私達は、「どのように考えていったらいいのだろうか?」と解釈するために、いろんな学者が発表している書籍や論文の中から参考例として見ていくと良いのだということ。

>そういうもの(いろんな学者が発表している書籍や論文)を見ていくと、「十年にも、百年にも、千年にも、万年にも霊界に昼夜の転換が起きているのだ。」ということを、「目に見える世界ではそのように捉えることができるのだ。」ということを一つの参考例としてですね、持っておくのだということ。

 

「メシヤ講座no.166大阪(平成26年11月分)」より抜粋つづき:

転換の黎明と実行の遅れ

楳木先生:

次にですね、307ページの1行目に

『そこで今私が言はんとする処は、世界の大転換に関する主なる点であって何よりも先づ大転換の時期であるが、それは一九三一年六月十五日(これは昭和6年6月15日ということですね)から始まってをり、一九六一年六月十五日迄の、三十年間で一段落つく事になってゐる。』

ということですので、一段落・・本来は、次の段階に入っていくということになってるはずなんですけども、現状、現在の世界を見ていくとですね、おおよそ製薬会社に支配されているような状況になっております。言わば、そういうものの支配の極みまで今来ているような状態です。

それをこの区切りを・・何故その区切りとしてやっていくことができなかったかということで、次の状態を見て行きますと、308ページのですね、10行目ぐらいにお釈迦様がですね、見真実に到達した時のことをこのように述懐されております。

『儂は、見真実によって分った事だが、今迄説いて来た多くの経文は、少なからず誤りがあるので、今日以後真実を説くから、よく之によって正覚を得られよ』

と仰せられたので、『此時からの経文こそ仏法の真髄である事は確実で、それが法華経二十八品と、法滅尽経と、彌勒出現成就経である。』というふうに書かれております。

そして続いてですね『処が、其事を発見されたのが彼の日蓮上人であって、上人は此発見によって他宗教義悉くは見真実以前に説かれたものであるから、真実ではない。』ということで法華経をずっと説いて来られたんであります。

そのこととですね、日蓮上人がそういうことに気付いて、そして310ページの2行目にですね『最初故郷である安房の清澄山上に於て、東方日の出に向かって、』立ち上ったいうふうに書かれておりますけれども、日蓮上人はですね、この安房に行く前にですね、伊勢神宮に寄ってます。伊勢神宮に寄って、そして伊勢神宮に『天津祝詞』を奏上して日本の神様に、“日本の仏教の間違いというのに気付いたので、これから仏教改革に立ち上って真如をお釈迦様が説いたそういうことを仏教界で実践していく”と祈願しています。その次にこの安房の国へ行った訳なんですね。

これと比較してメシヤ様はどうかというと、メシヤ様は安房の国で1931年の6月15日に上り来る太陽に向かって『天津祝詞』を奏上して、天照天皇をお迎えして、東京の日枝神社に御鎮座申し上げて、その後、伊勢神宮の神様を入れ替えたり、それから元伊勢も入れ替えたり、勿論、日枝神社の御神霊を入れ替えたりされて、そして夜昼転換の現実的な取り組みをずっと続けていかれた訳ですね。そのことと対比してこのところをじっくり拝読をさせていただきたいというふうに思います。

それから、312ページの3行目にですね『とすれば阿彌陀と釈迦は、夜の世界の期間の御役であったに対し、観音は昼の世界にならんとする、其境目に観音力を揮はせ給ふのである』ということですので、メシヤ様が観音教団をお作りになったのは、正にこのことによって作られら訳であります。

そして、最終的に最後に『処が其後御位が上がられ、光明如来となられたので、現在は光明如来の御働きである事は信者はよく知ってゐる通りである。』と。この後メシヤ様になられていった訳ですね。その『御位』というところをよく私達は認識させていただいて、最終的にメシヤ様という御位に上がられて、そして本来は、昭和30年の3月3日にメシヤ降誕本祝典を執り行って、更に御神業を120歳ぐらいまで進められようとする御計画だったんですけども、それが実行できないまま今日を迎えている訳であります。ですから、そうしたことを考える上においては、本日のこの『霊界に於ける昼夜の転換』という御教えは、メシヤ教の信仰させていただく上においても一番根本義にあたるところでありますので、心してですね何度も何度も拝読をさせていただければ、大変有難いというふうに思います。

それから最後のページの3行目のところに

『其境目に観音力を揮はせ給ふのである。此経綸こそ昔印度に於て、仏法発祥の時已に誓約されたものである。』

ということであるので、この『誓約』というところは、もう一つ私達はですね、しっかり確認をしておかないといけないことであろうかと思います。それは、素盞鳴尊がですね、日本に武力を持って約3000年前に押し掛けて来て、そして、その当時の日本の頂点にいらした伊都能売神皇様が、密かに抜けられてインドに降って行って、そしてお釈迦様に仏法として教えております。その時の『誓約』は実は之なんだということをよく理解しておかないと、その仏教が一旦日本へ入って来て、そして暫く日本に拡がった後、次に日蓮上人が出現されて、その真実を理解して仏教改革に立ち上がることによって、この『夜昼転換』の黎明期を迎えることができたんだ、と。そしてメシヤ様の御出現によっていよいよ『夜昼転換』を行うことができた、と。こういう3000年間の繋がりをですね、この御教えを基にしてしっかり私達は、頭に捉えておいていただきたいと思います。

実は、これが経綸なんだということですので、これ以外の経綸というのはこの世の中には存在しないという・・しかもこの経綸は変更がないということです。ただ遅らせているのは人間の努力不足で遅らせているところがありますけれども、経綸上の変更はないということです。この経綸をしっかり受け止めて、そして私達は御神業をですね、今後も精一杯取り組ませていただきたいというふうに思いますので、そいうことを思い出しながら、本日のところは繰り返し繰り返し拝読をしていただきたいというふうに思います。そういうことを最初に確認させていただいていつものように質疑応答に入りたいと思います。」

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎メシヤ様は、『そこで今私が言はんとする処は、世界の大転換に関する主なる点であって何よりも先づ大転換の時期であるが、それは一九三一年六月十五日(これは昭和6年6月15日ということですね)から始まってをり、一九六一年六月十五日迄の、三十年間で一段落つく事になってゐる。』と仰っているので、一段落ついて本来は、次の段階に入っていくということになってるはずなのだが、現在の世界を見ていくと、おおよそ製薬会社に支配されているような状況になっているのだということ。何故、「その区切りとしてやっていくことができなかったのか。」ということで、続けて御教えの解説と共に大変重要な御教示をいただいておりますので下記に要点を併記いたします。

◎お釈迦様は、見真実に到達した時に『儂は、見真実によって分った事だが、今迄説いて来た多くの経文は、少なからず誤りがあるので、今日以後真実を説くから、よく之によって正覚を得られよ』と仰せられたのだということ。

>そのお釈迦様の言葉を捉えてメシヤ様は、『此時からの経文こそ仏法の真髄である事は確実で、それが法華経二十八品と、法滅尽経と、彌勒出現成就経である。』というふうに仰っているのだということ。

◎日蓮上人はその後、「法華経二十八品」、「法滅尽経」、「彌勒出現成就経」が仏法の真髄であるということに気がつかれ「法華経」を説いて行かれたのだということ。

>又、日蓮上人は『最初故郷である安房の清澄山上に於て、東方日の出に向かって、』立ち上ったというふうにメシヤ様は仰っているのだが、日蓮上人はこの安房に行く前に伊勢神宮に寄り、そこで『天津祝詞』を奏上して日本の神様に、「日本の仏教の間違いというのに気付いたので、これから仏教改革に立ち上って真如をお釈迦様が説いたそういうことを仏教界で実践していく。」のだと御祈願され、その後に安房の国へ行かれたのだということ。

◎日蓮上人と比較してメシヤ様は、

>安房の国で1931年の6月15日に上り来る太陽に向かって『天津祝詞』を奏上して、天照天皇をお迎えして、東京の日枝神社に御鎮座申し上げられた。

>その後、伊勢神宮の神様や元伊勢の神様を入れ替えたり、勿論、日枝神社の御神霊を入れ替えたりされながら夜昼転換の現実的な取り組みをずっと続けていかれたのだということ。

≫このことを(日蓮上人が行った事と)対比させながらじっくり拝読するのだということ。

◎メシヤ様は『とすれば阿彌陀と釈迦は、夜の世界の期間の御役であったに対し、観音は昼の世界にならんとする、其境目に観音力を揮はせ給ふのである』と仰っているので、メシヤ様が観音教団をお作りになったのは、正にこのことによって作られた訳なのだということ。

>そして、最終的に『処が其後御位が上がられ、光明如来となられたので、現在は光明如来の御働きである事は信者はよく知ってゐる通りである。』と仰っしゃり、この後「メシヤ様」になられたのだということ(私達はこの『御位』ということをよく認識しなければならないのだということ)。

>メシヤ様は、最終的に「メシヤ様」という御位に上がられ、本来は、昭和30年の3月3日にメシヤ降誕本祝典を執り行って、更に御神業を120歳ぐらいまで進める御計画だったのだが、それが実行できないまま今日を迎えているのだということ。

>ですから、この『霊界に於ける昼夜の転換』という御教えは、メシヤ教の信仰させていただく上においても一番根本義にあたるところなので、心して繰り返し拝読していくのだということ。

◎メシヤ様は、『其境目に観音力を揮はせ給ふのである。此経綸こそ昔印度に於て、仏法発祥の時已に誓約されたものである。』と仰っているので、私達はこの『誓約』というところをしっかり確認しておかないといけないのだということ。

それ(確認しておかなければならない点)は、素盞鳴尊が日本に武力を持って約3000年前に押し掛けて来て、その当時の日本の頂点にいらした伊都能売神皇様が、密かに抜けられてインドに降って行かれ、それからお釈迦様に仏法として教えておられたのだということ。

>その時の『誓約』が実は之なんだということをよく理解しておかないといけないのだということ。

>それから、その仏教が一旦日本へ入って来て、そして暫く日本に拡がった後、次に日蓮上人が出現され、その真実を理解して仏教改革に立ち上がったことによって、この『夜昼転換』の黎明期を迎えることができたのだということ。

>そして、メシヤ様の御出現によっていよいよ『夜昼転換』を行うことができたのだということ。

◎上記のような3000年間の繋がりを、この御教えを基にして私達は、しっかりと頭に捉えておくのだということ。

>又、これが「経綸」なのだということ。

>これ以外の経綸というのはこの世の中には存在しないし、しかもこの経綸は変更がない(ただ人間の努力不足で遅らせているところがあるのだけれど、経綸上の変更はない)のだということ。

>私達は、この経綸をしっかり受け止めて、御神業に今後も精一杯取り組ませていただくのだということ。

 

「メシヤ講座no.166大阪(平成26年11月分)」より抜粋つづき:

天国に住める天国人づくり

楳木先生:

今月はですね、先月皆様方にお話したようにノーベル賞を受賞したお三方のですね、大変素晴らしい発言をして下さったのでお話しましたけど、今月はですね、3日の日に天皇陛下の御前でですね、文化勲章をいただかれまして、その時の感想を名古屋大学の天野教授は何と言ってました?〇〇さん、感想を・・・。」

受講者:

メシヤ講座に載ってましたね。

楳木先生:

メシヤ講座に、この前のことだからまだ載せてません。」

受講者:

あっそっか、すみません。

楳木先生:

天野教授が言った感想を覚えている人はいますか?・・・「生まれて初めて緊張しました。」

受講者:

そうそうそう。

楳木先生:

何故緊張したかと言うと、今上天皇という御存在は神様ですので、神様の前に出たので緊張した訳なんです。だから非常に明確な一言がですね、天皇陛下という御存在を見せて下さっている訳なんで、しかも天皇陛下が何故神様かと言うと、皆様方が毎日朝拝の時に拝読しているでしょ?『神格をいただく道』を・・・。

あれを実践している方が天皇陛下なので、天皇陛下ほど、ああいうことにずっと取り組んでいる訳ですね。その皇太子の時代にその準備期間をずっと積み上げて来ているわけですから、あれだけ海外に活躍した外交官の女性を奥様に迎えられて、その奥様が受ける制約たるや大変なものなので、ああいうご病気になったということです。皆さん方、お一人お一人にそれだけの制約をかけられたら・・・、目が合っちゃった(笑)。」

受講者:

(笑)

楳木先生:

・・今回残念ながら、阪神は日本一になれなかったけど、(天皇皇后は)「悔しい」と言えない訳ですから、阪神を心の中で応援することができても、負けたから「悔しい」とか、「〇〇バンク憎たらしい」とかいうことは口にできない訳なんです。そういう制約を皇族のトップになると物凄く受ける訳なんで、それをずっと修めていっている御方なので、それで、これで神格を得ることができる訳なんです。我々みたいに好きなことをやって「今日は何々が食べたいわ、あれが食べたいわ」とかは・・(笑)。」

受講者:

(笑)

楳木先生:

「もう今日、木原さんからこんなこと言われたけれども、もうやれないわ」とか(笑)。」

受講者:

(笑)

楳木代表

これはもう神格どころではないね。だから神格を得るということは、天野教授の一言から神格とは一体どういう御存在なのかということを少し連想していけばですね、良いんではないかなというふうに思います。

 

責任者:

ここでは、天皇陛下としての御存在を例にして、「神格」を得るとはどういうことなのか。」ということに付いて御教示いただいております。要点だと思うところに下線を引きましたので、各自拝読をお願いいたします。

 

「メシヤ講座no.166大阪(平成26年11月分)」より抜粋つづき:

枝葉末節と本末転倒を切り替える

楳木先生:。

それから、今、安倍総理の周辺が慌ただしくてね、もう本当に国会のやり取りもイライラするようなやり取りを・・、40何年前の裁判沙汰を取り出してきて、不起訴か不起訴処分かとかそんなことをずっと民主党が問いかけて色々とやってますけども、安倍総理がやっていることをブッシュ時代にですね、国務副長官をやっていたリチャード・アーミテージという人がいますね。あの人が安倍総理のことを絶賛しております。あの人の文章はあんまり面白くないんだけども、今回は物凄く絶賛しています。それは何かというと、要するに、民主主義の中で、しかも日本の場合は特殊なんですね、国会議員を選んでその中から更に総理大臣を選んでいくという民意がこう・・二重に働くようなところで「私が記憶する限り、民主的選挙で選ばれた指導者の中で、これほど短期間に、多くの成果を上げた人物は他にない。」(11月3日付読売新聞「地球を読む―日米同盟拡大に対応」)と述べているんです。安倍総理のことをそれほど・・。日本が今課題になっていることを今どんどんどんどん進めていっております。

この進めていっていることに対して、中国は尖閣諸島の問題と赤珊瑚を取りに来る中国の漁船団がイライラして、こういうことをやっている訳ですよね。日本はどこまで武力行使的に取り締まりをするか?ということを今チェックしている訳なんで、日本は40何年前の裁判沙汰をゴタゴタやっているんではなくて、やはり国会としてやるべきことをしっかり国会議員がやってもらわないと困るということをですね、お友達とかと話す時には、国政についてはそういうことをいつも話題にしていただきたいというふうに思います。

それで消費税の問題もですね、内閣も悪いんだけども、「経済状態が良くなって行けば消費税を10%にする」というような言い方をするので、消費税とは一体何か?何の為に上げるのか?というようなことをですね、全く論議しないで経済と結び付けてやろうとしているので、論理がおかしくなってくる訳です。しかも国民にもの凄く負担をかけるわけなので、上げる側の自分達がどれだけ身の切るようなことをやっているか、というのも示さないので、それを示させない国会議員が一番だらしない訳です。そうしたことをいつも囲炉端会議のときには口にして、「あんた難しい話ばっかりするね」と言われても、いつも話題にしておかないと、日本人のレベルが上がっていきませんので、まあ一つそういうことをお願いしたいと思います。

これが小学校ぐらいに入って義務教育の段階からですね、「税金は何故払わないといけないのか?、或いは払う意義はどこにあるのか?」という教育を日本はしてないために、税金のことについては経済のことといつも繋がって語られるようになってしまっているのです。もう日本人の思考形態が非常に低いレベルで動いておりますので、これをどうか上げていくという取り組みを囲炉端会議ではしていただきたいと思いますね。

今年は台風の影響とか様々な天候の影響でお米の収穫量が少なかったのと、前年度までのお米が余っているために、お米が非常に値が下がってきておりますけど、その下がっている中でもお米5キロ当たり一万五千円を維持している人を取り上げています。その人はいわゆる農薬と化学肥料を使わないだけではなくて、石油も使わない。・・石油も使わないということは全部手作業・・、草取りも昔ながらのこうザッザッと押すやつがありますが、あれで手作業して全部人力でやってる人なのです。米屋が直接そこに買いに来ます。それで米をまず玄米で食べてみて味を確認して、それから次に炊いてみて、匂いと口に入れた時の味を確認して、それでお米屋さんと本人とで値段を決めて行くという方式で、「今年も一万五千円で行きましょう」と。こういう素晴らしい人達が日本の中にもいるなあと思って、今日はテレビを見ていたんです。そういうことは、私達はもうメシヤ様から早くから教えられてるんですけども、現状とすればなかなかそうした考え方が普及されてない状態にありますので、これからさらに私達は御神業に取り組んでいかないといけないと思います。昨今の動きとこの霊界における昼夜の転換というのをしっかり学びながら進んでいただければ大変有難いというふうに思います。

(後文割愛)

 

責任者:

ここでは、平成26年当時の国政に於ける問題に付いてお話いただいております。12年前のことですが、現在も同じような動きを繰り返してように思います。要点だと思うところに下線を引きましたので各自拝読をお願いいたします。

 

魂の向上と使命

受講者:

お釈迦様に伊都能売神皇がお教えを説いたのはいつ頃なんでしょうかね?

楳木先生:

悉達太子の時からだから。」

受講者:

あぁ小さい時から。

楳木先生:

皇太子の。」

受講者:

じゃその時聞いた時はまだそんなあれで、後で自分で勉強されて見真実になられた訳なんですね。

楳木代表

人を救わないと見真実にはなれないので。大勢の人を救ったから、そして最終的に見真実に達している。ただ伊都能売神皇様から教えられたことを元にしているんだけども、あの方は出家してしまっている。奥さんと子供を捨てた・・、捨てたというかね、皇位も捨ててしまってそういう俗なるものを捨ててやっていったので、そこは真実ではない部分がずーと続いて、見真実に達したわけなんで、で見真実に達した時にそのこと自体は間違ってたということに気付いたんで。

支部長代理:

『大仏陀』から教えられたというふうに書いてある。

受講者:

大仏陀から教えられた・・・ここに書いてあるんだっけ。

支部長代理

だから、『三尊の弥陀』って、仏陀ってまあいったら三種類あってね。で今おっしゃったように『伊都能売神皇様』から教わったと・・。で、見真実になったと。

受講者:

でも伊都能売神皇様には小さい頃から教えていただいてたんでしょう?

支部長代理

うん、だけど早めに言ったら勉強しないから。

楳木先生:

だって「メシヤ講座」を受けていてもね、いつも同じ質問する時もあるじゃない。」

受講者:

あっそうですね。

楳木先生:

そうでしょ、いくら優秀な御釈迦様と言えども、伊都能売神皇様にかかってみたら子供みたいなものだから、だから何回でもお聞きしないと分からない部分は、これはあるわけね。

しかも勉強しただけでも分からないことがあるので、勉強して実践しないと分からない。

で、実践して成功したり失敗したりして分かったかというと、またこれも分からないわけなんで、後はその上に人格を高めていかないと分からないわけなんで、だから教えられて実践して、そして、人格を高めなければ見真実に近づいていくということはできないわけなんです。

薬をやれば病人が治るし、医者がやればドンドン健康になるというのでは救世(メシヤ)教というのは発展しないし、又現われる必要がないのです。そうすると救世(メシヤ)教を発展させたものはやっぱり医者や薬なのだから、それを今悪い事を言うという事は非常に矛盾(ムジユン)してます。本当言うと大いに感謝して褒めなければならないのです。そういうように考えると、神様の経綸というものは実に深いもので、人間の理窟で簡単に片付けようと思っても駄目なのです。善が悪になり、悪が善になり、という事で、そうして世の中がだんだん進歩発達してゆくのです。しかしてそれを本当に分るにはやっぱり見真実でなければ分らないのです。

支部長代理:

『誓約』についても最初ボーと聞いていればですね、ボーとした生活をしているとですね、後でね、まあこうして・・。

受講者:

耳が痛い。

楳木先生:

だから耳が痛いということが有難いことなんで、耳が痛いということは分かったということ(分かったから痛苦浄化が生じたこと)なんで、分からなかったら何言われても(笑)。」

支部長代理:

なんとかの耳に(笑)。

(後文割愛)

 

責任者:

ここでは、お釈迦様が「見真実」に達するまでの過程を御教示いただいております。要点だと思うところに下線を引きましたので各自拝読をお願いいたします。

 

編集後記

責任者:

今回の『霊界に於ける昼夜の転換』は、メシヤ様の信徒にとって重要な御論文であり、そして世の中の見方とか人類の歴史を見る上において「根本的な御教えなのだ。」ということ。更に、3000年から2600年くらい前に伊都能売神皇様が「誓約」された、その「『御経綸』を進めるために私達は信仰をさせていただいているのだ。」ということを御教示いただき再認識することが出来ました。今後は、「大宇宙の霊界における昼夜の転換」ということを意識しながら御教えを拝読し、御教示いただいた事柄を参拝に繋げて行かなければならないのだと強く思いました。

酷暑がつづいております。依然として熱中症などの心配がありますので、十分な体調管理を心掛けてお過ごし下さい。有難うございました。

 

※責任者より

引用したメシヤ様の御教え、「メシヤ講座」は当時の文章をそのまま抜粋させていただいています。下線や太字の表記、()内の表記、御教えの典拠は、責任者が加筆しております。ご了承ください。

 

引用した「メシヤ講座」全文はこちらから覧いただけます。

「メシヤ講座no.166大阪(平成26年11月分)」

 

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