研鑽資料no.190(2026年10月)

10月に向けての学び

はじめに

責任者:

日中は暑さが残るものの、少しずつ秋らしさを感じる季節となりました。そんな中ですが、日本では大雨などによる様々な種類の災害が発生しておりますので、気象庁等からの情報に耳を傾けながら過ごして行かなければと思います。

 

「メシヤ講座no. 168大阪(平成27年1月分)」より抜粋:

<今月の御教え>

『仏教の起源』

「文明の創造、宗教篇」昭和27(1952)年

観世音菩薩の御本尊は、伊都能売神(いづのめのかみ)である事は、以前から私は度々知らしてあるところであるが、これについて分らねばならない事は、元来仏身なるものの根本である。

単に仏といっても実は二通りあって、本来の仏身と神の化身との両方ある。そうして本来仏とは約二千六百年以前、釈尊の時から生れたものであって、その頃までは今日のインドは、当時月氏(げっし)国とも言われたので、同国においては余程以前から彼のバラモン教が隆盛を極めていたのであって、このバラモン教なるものは、教義のようなものは更になく、ただ肉体的難行苦行によって、宇宙の真理をつかもうとしたのである。今日でも絵画彫刻等に残っている羅漢(らかん)などは、その苦行の姿であって、この姿を見ても分るごとく、樹上に登って鳥の巣のごときものをこしらえ、それに何年も静坐をした。当時の高僧鳥栖禅師などもそうであり、また掌の上に塔の模型のごときものを載せたまま、何年もジットしていたりする等いずれも一種異様な形をしながら、合掌坐禅をしており、一々見る者をして、奇異の感に打たれるのである。酷いのになると、板の上に沢山の釘を打ちつけ、その上で坐禅を組むので、釘の尖で臀部に穴が穿き、出血と共にその苦痛は名状すべからざるものがあろう。しかしこの我慢が修行なのであるから、到底今日では想像も出来ないのである。

彼の達磨大師にしても、面壁九年という長い歳月坐禅のまま壁に対(むか)って、瞑想を続けていたのであるから、その苦行は並大抵ではあるまい。ここでちょっと達磨についての説であるが、右のインドの達磨大師とは別に今から千二、三百年前、支那にも同名異人の達磨が現れたので、これがよく混同され易いようである。支那の達磨は聖徳太子の時代日本へも渡来し、太子に面謁(めんえつ)されたという相当確かな記録を、私は見た事がある。

話は戻るが、バラモンの行者達は、なぜそれ程の難行苦行をするかというに、これについてはその頃多くの求道者達は、競って宇宙の真理を知ろうとして、その方法を難行苦行に求めたのである。ちょうど今日学問の修業によって、博士号や、名誉、地位を得ようとするようなものであろう。そうして達磨についての今一つの面白い話は、彼は面壁九年目のある夜、フト満月を仰ぎ見た時、月光が胸の奥深く照らすと思う一刹那(せつな)、豁然(かつぜん)として大悟徹底したので、その喜びは絶頂に達したという事で、それからの達磨は見真実のごとくに いかなる難問にも明答を与え、当時抜群の行者として、多くの者の尊信を集めたという伝説がある。

そうして当時のインドにおいては、日本でいう天照大御神と同様、人民の最も畏敬の中心となっていたのは彼の大自在天神であった。その外大広目天、帝釈天等々、色々な御名があるが、これは日蓮宗の曼陀羅(まんだら)に大体出ているから見れば分るが、とにかくバラモン教が圧倒的に社会を風靡していた事は間違いない。ところがその頃突如として現れたのが、言うまでもなく釈迦牟尼如来であった。この経緯は後に書くがともかく皇太子であられた悉達(しった)太子が、修行終って大覚者となり出山したのである。太子は幽現界の真相を会得し、燃ゆるがごとき大慈悲心をもって、一切衆生を済度せんとする本願を立てた。そうしてその手段としてまず天下に開示されたのが、経文を読む事によって覚りを得るという方法で、これを大衆に向って大いに説諭されたのだから、当時の社会に一大センセーションを捲き起したのはもちろんである。何しろ当時バラモン式難行苦行を、唯一無二のものとしていた事とて、喜んだのも無理はない。何しろこれに代るべきものとしての読経という安易な修行であるから、ここに大衆は釈尊の徳を慕い、日に月に仏門に帰依する者続出するので、ついに釈尊をしてインドの救世主のごとく信奉の的となったのは無理もない。そのような訳で、ついに全インドを仏法化してしまったので、これが仏教の起源である。それからのインドは、さしものバラモンの勢力も、漸次萎靡(いび)不振となったのはもちろんであるが、といって全然消滅した訳でなく、今日も一部にはなお残っており、同宗行者は、仲々の奇跡を現しているという事で、英国の学者中にも、研究のためインドに渡り熱心に研究する者もあるとみえ、私は先年その記録を読んだ事があるが、素晴しい奇跡の数々が、掲載されていた事を今でも憶えている。

 

『文明の創造』英語版はこちらをクリックしてください。

Creation of Civilisation: Translated Edition

 

 

ヨコである世界へ徐々に進展

(ここでは、平成26年の年末から平成27年の年頭に於いて起こってきたことについてお話をされておりますので、内容は割愛させていただきました。)

宗教改革と「救世の第一義」

楳木先生:

そうした中でですね。本日『仏教の起源』という御教えを拝読させていただきました。この中で“メシヤ様はインドの救済の在り方、約二千六百年前のことを、ここに何故細かくお書きになったんだろうか?ということを思いながら拝読をさせていただきますと、当時バラモン教の中で荒行によって宇宙の真理を会得しようと、そういうふうに取り組んでいたんですけれども、その修行法たるや大変なものですね。ここに書かれているように板に釘を打ち付けてその上に座ったりとかですね、それから面壁九年という九年間もそういう修行をしないといけないという中で、お釈迦様の出現によってですね、経文を読むことによって悟りを開くというそういう道を提示したので、それでインドに於ける一大センセーションを巻き起こしたという、そういう御記述をして下さっております。

それで日本を見るとですね、メシヤ様が御出現したことによってですね、昭和20年代何が起きたかということですね。もう「お光様」という大ブーム・・これは日本中の一大センセーションがその時起きたわけです。

これに対してですね、医療界が「自分達はもう失職してしまう」と。もうお光様によって皆が健康になっていくので失職してしまうということで、国民健康保険制度というものを作り上げて行きました。そして国民健康保険制度によって、「病気になっても、貧乏にならない」というそういう制度を作り上げて、この国民健康保険制度とそれからいわゆる生活保護というのをミックスして、日本人が病気になっても(お金の面で)苦しむことのないような制度を作り上げたんですけども、やはり精神面が高いところまで行ってないためにですね・・。

現在どういうことが起きているかというと、例えば、〇〇さんの弟さんがこの前ご案内して来た人は糖尿病でですね、インシュリンを4ポイント毎日打っていると同時に7種類の薬を飲まないといけない状態になってます。細かく調べていくと、その中の3つは全然不必要な薬であったので、それからまた4つを細かく調べていくと、2つは緊急性がないのですぐに止めても良くて、後の2つは慎重に対応していかないといけないので、当分の間半分の量にして、それからそれで体調が良ければ、それをまた半分にしていくという形で、だんだん薬を無くしていく方向へいこうという話をしましたけれども、〇〇さんの弟さんはインシュリンを1年かけて止めたんですよね?」

受講者:

はい。

楳木先生:

しかし、その人はインシュリン4ポイントを打ってたのをわずか2週間で止めてしまったんです。「自己浄霊してると調子がいいので、インシュリンを全部止めてしまったんだけれども体調がいい」ということで、「時々フラッとすることがあるけども、命に関わるようなそういう恐怖感はないので、ずっとこのまま止めていきます」と・・。

初めて浄霊を手にするという人は、そういうような浄霊の奇蹟が起きるぐらいなんですけども、そのお陰報告とは別に、今日本が抱えているのは、せっかく病気になってもですね、貧しさに陥ることのないような制度を作ったにも関わらず、精神性が低いために医者たちが薬をどんどん出して、それで病院運営をしようとしている部分があります。あるいは銀行から借り入れてたお金を返済するために薬を生み出している。

だから○○Aが療院を作った時に、まず何をやらないといけなかったかというと、この歴史を踏まえてメシヤ教のお陰で国民健康保険制度ができたので、今度は国民健康保険制度の使用の仕方に対して、徹底的に意見を言っていかないと本来はいけなかった訳ですね。「薬の使い方が本来の在り方とは違う」という事を○○Aの場合は徹底的に意見を具申していかないといけなかったんですけども、薬併用で浄霊するような、そういう真逆のやり方になってしまったので、メシヤ様が御出現した意味を全く分からないまま・・。

というのはこの『仏教の起源』でバラモン教の中で苦しんで修行を得ていったのが、読経することによって、悟りを開くという道を示したという、その二千六百年前の救世の在り方を踏まえて、現在メシヤ様が御出現になった後の「救済の在り方」というのを整理していないために、安易なそういう方向に行ってしまった訳ですね。

だから私達がこうして御論文を拝読していく時は、「メシヤ様が何故この御論文をこのようにお書きになったのか?」ということを受け止めて、そして現代を見つめていかないといけない訳なんで、そういう拝読の仕方が過去の専従者達が非常に欠けていたので、御神業の展開の仕方を間違えてしまったというところがあります。本日拝読をさせていただいたところは、「現代われわれはどうあるべきか?」ということを見つめながらですね、拝読をしていかないといけないので、国民健康保険の使用の仕方については、絶えず国民として意見を具申をしていかないといけないところがあります。

「不要な薬を何故出すのか?」というところを厳しくですね、国民としては意見を言っておかないと、そうしなければ今のですね消費税を例え10%に上げたところでほとんど医療費に使われている訳なんで、医療費としては、その薬の出し方が多すぎるというのが一つと、その多い薬を国民が飲まされているために認知症が増えていると・・。認知症が増えるために介護費用が物凄くかかっているために、消費税を10%に上げたとしても、日本の国のお金はまだまだ足りないという状態を招いていってしまいます。薬を出し過ぎているために税金を圧迫してしまっているということと、薬を出し過ぎているために認知症が増えているので、次はそれに対する対応をしていかないといけないということで、日本は言わば土壺にはまってしまって、そこに一方では意見を絶えず言っていかないといけないということがあります。

それからメシヤ様から教えられた御教えの中で現代社会を見つめていくと、じゃあ現代の社会を救うためには一体どうしたらいいかということを考えていくと、今の「薬の問題」が一つあります。」

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします

◎『仏教の起源』という御教えを、「何故メシヤ様は、約二千六百年前のインドの救済の在り方を、ここに細かくお書きになったんだろうか?」ということを思いながら拝読をさせていただきますと、

>その当時は、バラモン教の中の荒行によって宇宙の真理を会得しようと取り組んでいたのだが、その修行法たるや大変なものだったのだということ。

>そこにお釈迦様が出現され、経文を読むことによって悟りを開くという道を提示されたので、それでインドに於ける一大センセーションを巻き起こしたのだという、そのような御記述をメシヤ様はされているのだということ。

◎約二千六百年前のインドの救済の在り方と照らし合わせて日本を見ると、メシヤ様が御出現されたことにより(昭和20年代何が起きたかというと)、「お光様」という大ブームが起きたわけなのだということ。

>その「大ブーム」に対して医療界は、「お光様の出現によって皆が健康になっていくので、自分達は失職してしまう。」ということで、「国民健康保険制度」というものを作り上げて行ったのだということ。

>「国民健康保険制度」によって、「病気になっても、貧乏にならない。」というような制度を作り上げ、それからいわゆる「生活保護」というのをミックスして、日本人が病気になっても(お金の面で)苦しむことのないような制度を作り上げたのだということ。

>今の日本は、「国民健康保険制度」や「生活保護」を折角作ったにも関わらず、医者達の精神性が低いために薬を必要以上に出して、それで病院運営をしようとしていたり、あるいは(薬品会社が)銀行から借り入れたお金を返済するために薬を生み出したりしている等(の問題)を抱えているのだということ。

◎私達は、薬併用で浄霊するような、そういう真逆のやり方になってしまわないように、この『仏教の起源』の中に書かれている二千六百年前の救世の在り方を踏まえて、現在(メシヤ様が御出現になった後)の「救済の在り方」というものを整理して考えていくのだということ。

>だから私達がこうして御論文を拝読していく時は、「メシヤ様が何故この御論文をこのようにお書きになったのか?」ということを受け止めて、そして現代を見つめていかないといけないのだということ。

◎『仏教の起源』という御教えは、「現代われわれはどうあるべきか?」ということを見つめながら拝読をしていかないといけないので、国民健康保険の使用の仕方については、絶えず国民として意見を具申していかないといけないところがあるのだということ。

>それから、メシヤ様から教えられた御教えの中で現代社会を見つめ「じゃあ現代の社会を救うためには一体どうしたらいいのか。」ということを考えていくと、今話していたような「薬の問題」が一つあるのだということ。

 

「メシヤ講座no.168大阪(平成27年1月分)」より抜粋つづき:

添加物などの「化学合成物質」環境

楳木先生:

それから、今朝ですねNHKの萩、今「花燃ゆ」が始まりましたので萩を取り上げていました。吉田松陰の松陰神社とかを中心に萩でどのようなことをやっているかというふうなことを取り上げていました。その中の一つで私が極めて関心を寄せたのは、ガラスを作る時にも添加物を入れるという話でした。添加物を入れるからガラスの強度が弱まるので、割れやすいガラスになっています。しかし添加物さえ入れなければ、非常に薄くても強度のガラスができるということで、萩の方ではですね、添加物を入れないでガラスを製造する、そんな取り組みをしている人がいるという話で、まぁ工業製品の中にもですね、添加物を入れてしまうという、そういう世の中になってるのか・・というのが、大変衝撃的な情報ではありました。この添加物というのが我々の食品の中には物凄く今入っております。それによって高度成長期を迎えることができたという部分があるんですけれども、やはり添加物が物凄く入っているので、それを毎日皆が食していると癌になっていく、あるいは生活習慣病になっていくというのは、もう目に見えております。こうしたことに啓蒙活動をしていかなければ、現代の時代苦というのを救うことができないというのが一つあります。

それからこういうふうに年数の経った家では問題がないんですけども、やはり高度成長期に、いわゆる「コストを下げて。見栄えのいい家を作る」という方向へ行ったためにですね、新建材及び化学物質がふんだんに使われたクロス等を使用した家に住んでいると、そういう化学物質にいつも我々は汚染されていくということがあります。

それから餅等がですね、いつまでも柔らかさを保つために、餅の中に柔軟剤を入れたりとかということがあります。コンビニのレジの前とかによく餅が置いてありますよね、大福とかあれはいつ触っても柔らかいですよね。あれは柔軟剤の柔らかさですから、その柔軟剤を食べていると実際我々の消化器はどうなっていくかということを考えると、大変恐ろしいものがあります。これが生活の中の化学物資です。

それから次は、毎日ですね、天気予報の時に、本日のpm2.5の量はどうかという表示をするようになりましたね。だからマスク業界がマスクを販売する時にpm2.5対応、それから化学物質の何々対応というそういう表示の仕方でコマーシャルを流し始めました。ということは今いかに大気が汚染されているかということの現れで、あれであのマスクをすれば完全に防御できるかというと、そういうことはなくて塗装屋さん達がするそれくらいのマスクじゃなければですね、防御することはできないと思うんですけれども、そういう大気汚染が公害の時とは違った、今中国大陸から流れてくる大気汚染が我々に深刻なものを与えていると、そういうようなことをメシヤ様の教えを現代に当てはめて行くと、恐ろしいことがあります。これは物資的な世界であります。」

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎現代は、ガラスを作る時に添加物を入れる等、工業製品の中にも添加物を入れてしまうという、そういう世の中になってるのだということ。

>今、この「添加物」という物が、私達の食べ物の中に物凄く入っているのだということ。

>添加物が入っている食品を、毎日食していると癌になっていく、あるいは生活習慣病になっていくというのは目に見えていることなので、「こうしたことに対して啓蒙活動をしていかなければ、現代の時代苦を救うことができないのだ。」ということが一つあるのだということ。

>又、新建材及び化学物質がふんだんに使われたクロス等を使用した家に住んでいると、そういう化学物質に常時汚染されていくのだということ。

>更に、「餅等」いつまでも柔らかさを保つために、「柔軟剤」を入れたりしてあるので、その柔軟剤を食べていると実際我々の消化器はどうなっていくかということを考えると、大変恐ろしいものがあるのだということ。

≫次は、今中国からの大気汚染が我々に深刻なものを与えているのだということ。

◎メシヤ様の御教えを(上記のような)現代に当てはめて行くと、(物資的な世界は)相当恐ろしいことになっているのだということ。

 

「メシヤ講座no.168大阪(平成27年1月分)」より抜粋つづき:

薬と経済至上主義に毒される精神性

楳木先生:

それから次はですね精神面では、家庭教育も学校教育も非常に大変な状況を迎えておりますので、「日本人の精神性」というのが非常に危機的状態になっておりますので、精神面の方の救済をしていかないといけない状態におります。その精神面を救済できないやり方が、今のですね、ダイエットを中心にしたコマーシャルとか物品の販売ですね。

このダイエットをし過ぎると、もう精神的には非常に危機的な状態になっていきます。それは何故かというと脂肪分とかコレステロールが少なくなっていくと、精神の安定を図れなくなることが起きてきます。

メシヤ様は最終的にはですね、骨皮筋衛門のようになっていくと仰っているのは、80歳から90歳ぐらいになった時に、メシヤ様はもう菜食一本にしていく、と。その後は松葉を食べて、今度は霞を食べる練習をしていくと300歳ぐらいまで生きることができる訳なんで、そういうことに挑戦する人は挑戦していっていただければ・・、その頃になるとそんなに脂肪とか蓄えて置かなくても大丈夫だと思うんですけども、そうしたですね、最近の若い人達はテレビ離れをしてスマホとかそっちの方へ移っていっている点はある種いいんですけども、コマーシャルに影響されてない部分があるので・・・。しかし、まだ大半の方々はコマーシャルというものに影響を受けておりますので、そのコマーシャルの中に流れている経済至上主義、それから欲望を追求させるという、欲望を皆に追求させて消費活動をさせていくという、そういう方面からの嫌な言い方をすれば企みの中にですね、乗っけられて生活していきます。そういう経済至上主義の中に流されていることに皆に気付いていただくようにですね、やっぱりいつも啓蒙活動をしていかないといけないので、現在では布教と言った時にはですね、メシヤ教の場合は浄霊力伝授を進めていくことも一つはあるんですけども、その何故浄霊をいただかないといけないかという、今この世の中が抱えている問題を絶えずお話をしていってですね、皆に危険な生活を我々は強いられているんだということを知らせていくという取り組みをしていかないといけません。

本日拝読させていただいた『仏教の起源』というところを拝読することによって、現代に生きている我々は、メシヤ様の御光と御力とそれから真理の教えによって、どのように世の中を救わせていただいたらいいんだろうか、ということを考える機会に、本日は御教えの拝読をさせていただきたいというふうに思いますので、そのことを確認させていただいていつものように質疑応答なり、今年の抱負なりを話していただければ有難いというふうに思います。よろしくお願いします。」

(後文割愛)

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎現在、家庭教育も学校教育も非常に大変な状況を迎へ、「日本人の精神性」というのが非常に危機的状態になっているので、精神面の方の救済をしていかないといけない状態になっているのだということ。

>その精神面を救済できない原因が、今のダイエットを中心にしたコマーシャルとか物品の販売なのだということ。

>その理由は、ダイエットのし過ぎで脂肪分とかコレステロールが少なくなっていくと、精神の安定を図れなくなり精神的には非常に危機的な状態になるからなのだということ。

◎まだ大半の方々は上記のようなコマーシャルに影響を受けているので、そのコマーシャルによる「経済至上主義」の中に流されていることに気付いていただくように、私達はいつも啓蒙活動をしていかないといけないのだということ。

>現在メシヤ教の布教と言った場合は、浄霊力伝授を進めていくことも一つはあるが、何故浄霊をいただかないといけないかという、今の世の中が抱えている問題を(周りの人達に)絶えず話していって、「私達は、危険な生活を強いられているのだ。」ということを知らせていくという取り組みをしていくのだということ。

◎『仏教の起源』という御教えを拝読することによって、「現代に生きている私達は、メシヤ様の御光と御力、それから真理の御教えによって、どのように世の中を救わせていただいたらいいのだろうか。」ということを考える機会にしていくのだということ。

 

「メシヤ講座no.168大阪(平成27年1月分)」より抜粋つづき:

子育てしながら徳積み

受講者:

最近怖いのは「危険ドラック」というのがテレビで報道されてますけど、本当に見てたら人格が壊れてますよね、バカになってしまうというかね。

楳木先生:

だからそれはそういう人と繫がらなければ大丈夫。そのために親が徳を積まないと。親に徳が無くなってくると、子供がそういう人と友達になって引き込まれて行くので、そのために信仰というのが大事なのでね。だからただ単に怖がらずに・・。

だから親に徳が無いと子供がそういう人達に引き込まれて行くと、そういうことを考えて「しっかり子供を育てる時には、徳が必要なんだ」ということで徳積みに取り組んでもらいたいと思います。」

受講者:

はい。

(後文割愛)

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎親に徳が無いと子供が悪事を働く人達に引き込まれて行くので、「子供を育てる時には、親に徳が必要なのだ。」ということをしっかりと考えて徳積みに取り組んでいくのだということ。

 

編集後記

責任者:

今回私達は、この『仏教の起源』の中に書かれている二千六百年前の救世の在り方を踏まえて、メシヤ様が御出現になった後(現在)の「救済の在り方」というものをともすれば薬併用で浄霊するような、そういう真逆のやり方になってしまわないように、しっかりと整理して考えていくのだということ。そして、御論文を拝読していく時には、「何故この御論文をこのようにお書きになったのか?」というメシヤ様の御心を受け止めて、そして現代を見つめていかないといけないのだということ。又、私達の健康を損ねている「薬の問題」と「添加物と化学物質」更には、中国のPM2,5等による「大気汚染」などに付いて御教示いただきました。

10月に向かうにあたって、今回学んだ内容を一人でも多くの人に語りかけながら、メシヤ様の御教えを伝えることが出来るように日々こつこつと努めて行こうと思いました。

朝夕はしのぎやすくなりましたが、日中はなお暑さが残っております。どうぞご自愛の上お過ごしください。有難うございました。

 

※責任者より

引用したメシヤ様の御教え、「メシヤ講座」は当時の文章をそのまま抜粋させていただいています。下線や太字の表記、()内の表記、御教えの典拠は、責任者が加筆しております。ご了承ください。

 

引用した「メシヤ講座」全文はこちらから覧いただけます。

「メシヤ講座no.168大阪(平成27年1月分)」

 

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