10月の学び
はじめに
責任者:
未だ日中は暑さが残るものの、爽やかな秋晴れの日が増えてまいりました。お元気でお過ごしでしょうか。そのような季節の中ですが、先日の台風25号に伴う記録的な大雨で、千葉県と神奈川県では土砂災害や川の氾濫による浸水被害が相次ぎ、死亡や行方がわからなくなった方々がおらます。被害に遭われた方々には、心よりお見舞い申し上げますと共に、お亡くなりになった方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
それでは、引き続き「文明の創造」より学んで参りたく思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
「メシヤ講座no. 169大阪(平成27年2月分)」より抜粋:
<今月の御教え>
『伊都能売神』
「文明の創造、宗教篇」昭和27(1952)年
前項に述べたところは、大自在天なる言わば婆羅門(バラモン)宗盛んであった頃の、主宰者を表わしたのであるが、その当時先に述べたごとく、日本古来の神々は印度(インド)へ渡航し、化身仏となられたので、その化身仏の総領が伊都能売神(いづのめのかみ)であって、当時日本における最高の地位であられたのである。
ところがその頃素盞嗚尊(すさのをのみこと)を中心とする朝鮮の神々が渡来され、伊都能売神の地位を狙って犯そうとしたが、容易に応諾されないため威圧や迫害等から進んで、ついに生命にまでも及んで来たので、急遽御位(みくらい)を棄てられ、変身によって眼を外らし、ひそかに日本を脱出し、支那を通って印度へ落ち延び給うたのである。そうして観自在菩薩の御名によって、当時インドの南方海岸にある補陀洛(ふだらく)という名の、余り高からざる山の上に安住せらるべく、新たなる清き館を建てられた。この事は華厳経(発表時は悲華経)の中にある。いわく「観自在菩薩は補陀洛山上柔かき草地の上に金剛精座を出来(しゅつらい)、二十八部衆を随え結跏趺坐(けっかふざ)して説教をされた云々」とある。当時まだ善財童子という御名であった若き釈尊は、この説教を聴聞して、その卓抜せる教えに感激すると共に心機一転してそれまでの悉達(しった)太子という皇太子の御位を放棄し、一大決意の下に、当時紊(みだ)れていた俗界を離脱し、直ちに檀特(だんとく)の山深く別け入り、菩提樹(一名橄欖樹(かんらんじゅ))の下(もと)石上に安坐し一意専心悟道に入るべく、修行三昧に耽ったのである。この修行の期間について、諸説紛々としているが、私は七ケ年と示された。
そうして業成り出山するや、いよいよ釈迦牟尼如来として仏法開示に、取りかかられたのであるから、実際上仏法の本当の祖は、日本の伊都能売神であった事は確かである。そうして今一つ日本から仏法が出たという証拠として見逃し得ない一事がある。それは仏教でよく称える本地垂跡〔迹〕(ほんじすいじゃく)の言葉である。これは私の考察によれば、本地とは本元の国すなわち日本であり、垂跡とはもちろん巡跡教えを垂れる事である。すなわち最後に至って、故郷である日本全土に、一度仏の教えを垂れると共に、仏華を咲かせ、実を生らせなければならないという密意である。また今一つは観世音の御姿である。その最も特異の点は、漆黒の素直な頭髪で、これは日本人特有のものである。それに引換え釈迦、阿弥陀は全然異った赭色(しゃしょく)、縮毛であるにみても、両如来がインド人であった事は明らかである。また観世音の王冠や、首飾り等も、高貴な地位を物語っており、頭巾(ときん)を被られているのは御忍びの姿である。
そうしてまた釈尊の弟子に、法蔵菩薩という傑出した一人がいた。彼は一時釈尊から離れて他の方面で修行し、業成ってから一日釈尊を訪れていうには「私は今度インドの西方に一の聖地を選びて祗園精舎を作り、これを極楽浄土と名付けた。その目的は今後世尊の御教えによって、覚者すなわち仏の資格を得た者を寄こしてもらいたい。さすれば右の極楽浄土、別名寂光(じゃっこう)の浄土へ安住させ、一生歓喜法悦の境遇にあらしめるであろう」といって約束をされたのである。寂光とは寂しい光であるからもちろん月の光である。ところがこの法蔵菩薩が他界するや、阿弥陀如来の法名となって、霊界において一切衆生を救われたのである。つまり現界は釈迦、霊界は阿弥陀が救うという意味である。
そうして観自在菩薩は、終りには観世音菩薩と御名を変えられたのである。これは梵語(ぼんご)ではアバロキティシュバラの御名であったが、後支那における鳩摩羅什(くまらじゅう)なる学者が訳され、観世音と名付けられたという事になっている。ところがこの観世音の御名については、一つの深い神秘があるから、それを書いてみよう。
『文明の創造』英語版はこちらをクリックしてください。
Creation of Civilisation: Translated Edition
伊都能売神皇様の御教えを探る
楳木先生:
いよいよですね、私たちがメシヤ様の御神業を進めさせていただく時に、メシヤ様がなさろうとされた「宗教改革」の御教えを、引き続きずっーと拝読をさせていただいて、宗教改革を進めていく上での根本義を学んでいるという、そういうお気持ちで拝読を重ねていただきたいと思います。
先月から触れましたように三千年来の罪穢れということは、三千年前に素盞鳴尊が朝鮮半島から日本へ上陸して、そしてこの伊都能売神皇様の地位を狙って押し寄せて来たこの時にですね、ここに冒頭メシヤ様が御記述下さっているように、命まで圧力が及んできたので御位を天照天皇にお譲りになって、そして急遽インドの方へ下られて行ったわけなんですけども、人間側から見れば人間はそれを受け入れたということになっています。ですからその受け入れた点が罪穢れということになっていきます。
「その絶対的な権力者がそうやったんだから、庶民は従わなければならないじゃないか」というのが普通の考え方ではあるんですけども、断固として受け入れないということを民意が反映すればですね、いくら素盞鳴尊が武力で押し寄せて来たとしても、日本を治めることはできないはずなんですけども、受け入れてしまったということは一つは大きな罪穢れとしては発生してくると思うんですね。
そして伊都能売神皇様がインドへ下られて行ってお釈迦様がまだ皇太子の頃にですね、補陀落山の方へ尋ねて来られて、伊都能売神皇様から教えられた内容というのは、立春祭でもうお話しましたのでその時の・・、だいたい覚えていますかね?〇〇さん覚えていることを・・・」
受講者:
どうして補陀落山に行ったか?ということですよね。
楳木先生:
いや、お釈迦様に伊都能売神皇様が教えた内容。」
受講者:
道法禮節。
代表先生:
そうそう、だから「道法禮節」はこれに書いてありますからね。庶民的な実践の仕方としては道法禮節をお話されたと。それから根本義はですね、」
受講者
本地垂迹・・。
楳木先生:
本地垂迹じゃなくて、日本に入ってきた時、五輪塔が入ってきているので、五輪塔の元は日本語の母音からできておりますので、空・風・火・水・地という形で日本語の母音が大きな働きを示してこの世の中ができあがった、とかいうようなことを根本的な話ではそういう話をしている訳です。
それから日本の神話の中にですね、伊邪那岐尊、伊邪那美尊様が国づくりをする時に御柱を最初に女性の神様が回って、後で男性の神様が回ってそれは失敗しました。「お前はちゃんとワシの言うことを聞かないで先に動いてしまったから、こんなふうになったんだ」ということで伊邪那岐尊様が先に左回りをして、そして伊邪那美命様が右回りをしたら上手くいったという、この神話のこの二回りというのは、実はこれが螺旋形を表していて遺伝子の構成を神話の時代にもう教えているということであります。
それを卓越した頭脳の持ち主である悉達太子はそれを聞いて分かってですね、そういう分かったことは後々ですね、仏像の中には生身釈迦如来とかというのが京都の清涼寺には絹で縫った五臓六腑が中に入ってありますが、あの昔に人間の内蔵まで分かっていたということは、伊都能売神皇様が肉体ができあがるためにはですね、見えない神界、霊界において、言霊が何度もなり響く中で肉体ができあがってくる、そういう本元のところも教えられたということです。ですからお釈迦様はそういうことも全部理解してるので、後々そういう生身釈迦如来まで話をしているので弟子達が作り上げたということになってきます。
そうした根本的なことと、それから国を治める時、或いは人民が日頃心掛けることでは道法禮節というのがあるんだということで、具体例をこの「メシヤ講座・特選集(メシヤ講座・特選集no.168へ)」の中には答えております。
それからごくごく庶民にはですね、あそこに小さい子供がいますように、あの子を育てる時にまず一番大事なことは挨拶ができる子にしなければ人間らしい人間にはなっていかないとか、それから嘘をつかない子供に育てていかないといけないとか、それから自分のことは自分でできる子供にしていく。そして人に迷惑をかけない。そういうことが最低限ですね、人間として育てる時には必要なことだというところまで、一番高いところから低いところまでお釈迦様に全て教えてあげて、それをですね、そういうことを元にして修行三昧にふけって、そして業成り出山されて、インドに仏教が起きて来たということをメシヤ様がこのように説明して下さっておりますので、『仏教の起源』というところと、それからこの仏教を作る時に伊都能売神皇様がどのように関わったのかということを、まずはしっかり頭に入れておかないとですね、「仏教がどうして日本に入ってきた時に日本人が受け入れたか」ということが分かりませんので、日本に入って来た時には、仏教の一番本元は伊都能売神皇様という日本の元々の統治者が教えた内容なので、その精神が分かるので皆日本人が仏教を受け入れたということです。そしてこのように日本列島津々浦々まで仏教が行き渡った理由はそういうことだということですね。
しかしながら仏教が日本に入ってくる時に、中国大陸をずーと通ってくる時に儒教を拾って来てますので、儒教と仏教が混合した形で入ってきたので、儒教の中の最も型である、黒塗りの板に金泥で文字を書くというそういう位牌の形式がその時にくっついて入ってきたわけです。日本には元々ですね、白木に〇〇毘古之神霊、〇〇毘女之神霊という各そういう神道形式の祀り方があったんですけども、これは白木の位牌なので、この白木の位牌よりも黒塗りに金泥で書く、現在の位牌の形の方が先祖を祀る上においては非常に形的にはいいので、それでみんな位牌というものにすぐ切り替えていった訳です。
このことを知らないと、浄土真宗と浄土宗の中にはですね、「位牌が必要ない」というふうに言うお坊さんがでてきます。そのお坊さんに「位牌は必要なんです」ということを説明する時には、この三千年前からの話をしてあげないと、お坊さんも納得できませんので、そういうことが説明できるようにこの機会に身に付けておいていだだきたいと思います。お坊さんも中々それは受け入れられませんけれども、「あんたがそこまで言うんであれば位牌を置いときなさい」と言うぐらいに説得できるようなですね、思考を頭の中に形成しておいていただきたいというふうにそういうことをお願いしておきたいと思います。
また時々お話しますように三千年前に日本が使っていた文字はですね、今に残っている文献としては、ホツマツタヱが一番分かりやすいように母音と子音で成り立っております。これをローマ字で書くとですね、非常にホツマツタヱの文字を理解する上に一番理解し易いわけですね。それは「かきくけこ」は「KA」とか書いていけばですね、か行の「K」と「あ」というものがくっつけばKAと読むんだと、「K」と「い」をくっつけていくと「KI」と読むんだと。このローマ字でみていくとホツマツタヱを理解するのに非常に理解し易いんですけども、このホツマツタヱの中にフトマニ図というものがあってそのヲシテをずっと開いていくと、周期表になっているということもだんだん分かってきております。」
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
◎この御教え『伊都能売神』は、いよいよメシヤ様がなさろうとされた「宗教改革」を進めていく上での根本義を学んでいるのだという気持ちで拝読を重ねていくのだということ。
◎先月から「三千年来の罪穢れ」ということについて触れられているように、それは三千年前に素盞鳴尊が朝鮮半島から日本へ上陸し、この伊都能売神皇様の地位を狙って押し寄せて来たこの時に、人間(日本人の先祖)がその暴挙を受け入れたということが罪穢れの発端になっているのだということ。
◎伊都能売神皇様がインドへ下られてから、皇太子の頃のお釈迦様が補陀落山の方へお尋ねになり、伊都能売神皇様より教えられた内容というのは、庶民的な実践の仕方としての「道法禮節」なのだということ。
>又、(伊都能売神皇様がお釈迦様になさった)根本的な話としては、(例えば)仏教が日本に入ってきた時、「五輪塔」も一緒に入ってきているので、「五輪塔の元は、日本語の母音からできているので、空・風・火・水・地という形で日本語の母音が大きな働きを示してこの世の中ができあがったのだ。」とかいうようなことを話されていたのだということ。
◎メシヤ様は、御教え『仏教の起源』(へ)で、インドに仏教が起きて来た過程を説明して下さっているので、『仏教の起源』というところと、それからこの仏教を作る時に「伊都能売神皇様」がどのように関わったのかということを、まずはしっかり頭に入れておくのだということ。
>そうでなければ、「仏教が日本に入ってきた時に、何故日本人が受け入れたのか。」ということが分からないのだということ。
◎仏教が日本に入って来た時に、仏教の一番本元は、日本の元々の統治者である「伊都能売神皇様」が教えた内容なので、日本人はその精神が分るから(仏教)を受け入れ、日本列島津々浦々まで仏教が行き渡ったのだということ。
>そして、その仏教が中国大陸を通ってくる時に儒教を拾い儒教と仏教が混合した形で日本へ入ってきたので、儒教の中の最も型である、黒塗りの板に金泥で文字を書くという位牌の形式がその時一緒に入ってきたのだということ。
>日本には元々、白木に〇〇毘古之神霊、〇〇毘女之神霊というような神道形式の祀り方があったのだが、この白木の位牌よりも黒塗りに金泥で書く、現在の位牌の形の方が先祖を祀る上においては非常に形的にはいいので黒塗りの位牌に切り替えていった訳なのだということ。
◎三千年前に日本が使っていた文字について、「ホツマツタヱ」が文献としては一番分かりやすい(母音と子音で成り立っている)のだということ。
>この「ホツマツタヱ」の中に「フトマニ図」というものがあってその「ヲシテ(日本語一音一字の独自表音文字)」をずっと開いていくと、周期表になっているということもだんだん分かってきているのだということ。
「メシヤ講座no.169大阪(平成27年2月分)」より抜粋つづき:
人体の仕組みと毒素
楳木先生:
この周期表と合わせていきますと・・。今薬理学を勉強して博士までなった人と少しずつ話をしているんですけども、私達の体の中に物が入ってきた時にですね、メシヤ様は薬を飲むと薬は我々の中に残存していくと、そして残存していたものが時間が経っていくと薬毒の固結になっていくというふうに仰っておられますけれども、この固結というのは中々化学的に説明するのが難しいんですけども、例えばですね、今日も来る途中にでテレビでフッ素配合の歯磨きの宣伝とかして、梅ちゃん先生を演じた女優がですね、フッ素が長く歯に定着してる歯磨きの宣伝をしております。しかしこのフッ素というは、実は量が増えていくとネズミ退治とかゴキブリ退治の原料になっていくものですし、量が増えてくると我々の体には非常に危険なものになっていくんですね。歯に定着するというのはどういうことかというと、歯に定着したフッ素というのは、お茶を飲んだりコーヒーを飲んだりすると、ここからフッ素が溶け出ます。熱いと溶けます。そうしてそれが胃の中に入っていくと、胃の中は胃酸が出てきますので、胃酸とフッ素が反応して細胞の隙間を通り易いような脂溶性という要素を持ちます。そうすると細胞膜というのは脂でできているので、その中をすーと通るようになってます。そのすーと通るようになってくると、(血管細胞を)通り越して血液の中に流れ込み易くなってくる。血液の中に流れ込むとどうなるかというと、今度はカルシウムと反応してフッ化カルシウムというのができてしまう。そうすると重たいので血管の壁に沈殿してしまう、沈殿して壁にくっついていくというふうに科学的には分かっているそうです。
そうすると、血液中のカルシウムが減ってくるので、血液中のカルシウムの濃度を保つために骨からカルシウムを引っ張り出すようになってくる。そうすると今度どういうことが起きるかというと、極端に言えば骨粗鬆症を生んでいくということ。だから歯を丈夫にしようと思って歯を磨いていると、結果的には骨粗鬆症まで招いてしまうようなことが起きるということは、大体科学者は分かっているそうなんです。
それは化学式を書いていけばどうやって化合していくかというのが分かるので、しかし医者は化学の勉強をあまりしないので、今のような説明は一回聞くと分からないでしょうけど、化学式を黒板に書きながら「こういうふうに変わってきます、化合していきます」と・・。それから我々の体の中ではですね、プラスとマイナスでくっついていきますので中に入っていくと、絶えずイオン化してプラスとマイナスで化合をどんどんどんどん繰り返していって、消化とか様々なことを進めますので、そういうのを書いていくと大体分かっていくんですけども、この分かる基礎知識はだいたい高校の科学で分かるそうです。高校の時、化学取りましたか?〇〇さん。」
受講者:
あったように思います。
楳木先生:
取ったよね。塩の化学式は書けるよね?塩の化学式はNaClですね。これくらいの知識があれば、専門家から説明すると大体理解できますので、そういう理解できるようなものをこれから少しずつですね、準備していきたいと思います。ここで大事なことは、体の中でカルシウムとフッ素が化合していくと、カルシウムが沈殿していくので、減ってくるので、血液の中のカルシウムをある一定量まで増やすために骨を溶かして、骨からカルシウムを取り出してくるというところが一番大事なことと、もう一つは血管に沈殿していくということが大事です。
ですからメシヤ様は浄霊をですね、前の倍以上の時間で後ろを浄霊しなさいと。一番多くしなさいという場合は、前の五倍ぐらいは後ろを浄霊しなさいという御教えもありますけれども、それはですね、この沈殿ということがあるわけなんで、上向いて寝ている人は背中側に全部沈殿していくので、そこへ毒素が固結していくので、後ろを浄霊する時長くしなさいという理由は、この薬毒が体の中に残った時の沈殿を意味しているんだということが、科学者の説明を受けると段々分かってきますので、そうしたこともですね、恐らくその元になることをお釈迦様と伊都能売神皇様は話し合われたんではないかなと思いますので、これからそうした肉体の原理、肉体の中の生態的な原理とか、それから化学反応とかも皆さん方に分かり易い形で、これから薬毒論の化学的裏付けとして、そういうものを文章としては作り出していきたいと思いますので、楽しみにしておいていただきたいと思います。
そうした諸々を教えたことが仏教として成り立って、日本に帰って来て、仏教が日本に発展して最後に華が咲いて実が成るという、そういうところまでいくのが本地垂迹説ですので、今はですね、学会が華を開かせてくれておりまして、公明党としてほぼ仏華を開いた状態なので、ここでいよいよメシヤ様の実が成ってくるというのが我々の進めるこの御神業でありますので、いよいよ時期を迎えているというふうに本日の御教えを拝読しながら、そういう時期が来たんだというふうに受け止めておいていただきたいと思います。」
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
◎メシヤ様は、私達が薬を飲むとその薬は体の中に残存していき、そして残存していたものは時間が経つと「薬毒の固結」になっていくというふうに仰っているが、この「固結」というのは中々化学的に説明するのが難しいのだということ。
>「薬毒の固結」ついて、「フッ素歯磨き」使用の危険性を例に挙げて説明すると、「フッ素歯磨き」を使用し体の中でカルシウムとフッ素が化合していくと、カルシウムが血管壁に沈殿する。それによって血液中のカルシウムが減ってくるので、その減少したカルシウムをある一定量まで増やすために「骨を溶かして、骨からカルシウムを取り出してくる(骨粗鬆症になる危険性がある)」のだということと、「(フッ化カルシウムとして)血管に沈殿していく」ということが最も重要なことなのだということ。
◎(上記のように沈殿するということがあるので)メシヤ様は浄霊を、前の倍以上の時間で後ろを浄霊しなさいと仰っているのだということ。
>上向いて寝ている人は背中側に全部沈殿し、そこへ毒素が固結していくので、後ろを浄霊する時長くしなさいという理由は、「薬毒」が体の中に残った時の沈殿を意味しているのだということが、科学者の説明を受けると段々分かってくるのだということ。
◎恐らくそうした(上記のような)ことの元になることも、お釈迦様と伊都能売神皇様は話し合われたんではないかと思われるのだということ。
>伊都能売神皇様がお釈迦様に、そのような諸々を教えたことが仏教として成り立ち日本に戻って来て、その仏教が日本で発展して最後に華が咲いて実が成るという、そういうところまでいくのが「本地垂迹説」なのだということ。
>ここ(上記)で「いよいよメシヤ様の実が成ってくる。」というのが、我々の進めるこの御神業であるので、この御教えを拝読しながらいよいよそういう時期が来たのだというふうに受け止めておくのだということ。
「メシヤ講座no.169大阪(平成27年2月分)」より抜粋つづき:
建国記念日と外来文化
楳木先生:
一方ですね、昨日は祭日でして、建国記念日として様々な行事がありましたけれども、ついでに建国記念日は昔は何と言ってましたかね?」
受講者:
紀元節。
楳木先生:
紀元節ですね。紀元節の紀元はなんですか?」
受講者:
天皇の・・。
楳木先生:
そう、神武天皇の即位した時ですよね。我々は簡単に、今ですね、素盞鳴尊が武力で治めて、そしてその後治世が乱れたので、それを中国からですね、宮崎の高千穂に来て潜んでいた神武天皇が乱れた世を一挙に統制して、そして日本の皇紀で言えば初代の天皇になったというふうに大まかに理解してますけども、最近はですね、歴史を研究する人たちが、「この統制をした時どのような形で統制したか?」ということを研究してる人たちもおりまして、単純に武力だけで征服して行いったかというと、これはですね、先程からの素盞鳴尊の治世を日本人が受け入れたということと合わせて考えていくと、神武天皇が九州の山の中から出てきて制覇していったとしても、その日本人が受け入れるかどうかは別の問題です。その時にどうやって受け入れさせたかということを研究している人がいて、その文献を読んでいくとですね、大きく三つを持って人民たちに「私に従えば豊かになりますよ」というのを教えていったと言われております。
その一番の元はですね稲作です。米は神武天皇によって日本に持ち込んだということが最近分かった、としています。米を作り出したことによってですね、弥生時代を迎えたというふうに我々は大まかに歴史では理解しているんですけども、「ではどうやって伝わったか?」ということについては中々不明でありました。これは神武天皇が中国でその当時もう稲作が始まっていたので、その稲作を日本に持ち込んで統制の時に広めたんだと。広める時に稲作と稲作に必要な土を耕すための製鉄の仕方を、山陽道を中心に歩いて行ったか、中国道の方の山手を歩いて行ったかは定かではないんですけども、あの辺りを通る時に稲作のための製鉄方法とそれからもう一つは灌漑工事の仕方ですね、治水工事の仕方、この三つでこういうふうにして米を作りなさいということを教えてですね、その土地々々の人達は分かりましたということで作り始めて、そういうことを教えつつ征服していったということであります。神武天皇がそういうことを教えていったということが、史実としては、段々残ってることを発見している人たちがいるようです。ちょうど昨日紀元節であったので、そういうことも最近分かったのでそういうのを読んだ文献を急に昨日は思い出しまして、昨日から皆さんに話始めたところなんです。
日本人はそういうふうにして海外から、まず朝鮮半島の考え方、それから中国の考え方等を受け入れて来たんだ、と。しかし同時に仏教が入って来る時に、菖蒲湯と薬師如来が入って来ましたので、一挙に薬に頼るようになりました。そのために頭が悪くなって、文字が必要になったので、漢字をひらがなとカタカナを作って、そういう漢字と漢字の読みというものを新たに作って、記録を作るようになりましたので、この薬毒を無くしていけば、もう一度日本人が非常に聡明な日本人になっていくということですね。今日本人は聡明であるとは言えませんね。
それは何故かというと、今朝も話題になってるのは沖縄でですね、あれだけ辺野古周辺の基地を作らないという人たちが皆選挙で選ばれているにも拘らず、安倍政権は粛々と建設していこうとして調査から始まっております。そうするとこれに対する見解をですね、きちんと説明できる人は評論家も誰もいません。テレビでは連日ですね、ここのところはイスラム国の邦人の殺害される事件とかがあったので、沖縄の現状をほぼ取り上げないで、話題のことばっかり流れていっておりますので、連日、沖縄でどんなことが行われているかというのも、ほとんどの日本人が知らないで過ごしております。
もう一方では原発をですね、今度は敦賀の原発も稼働を夏ぐらいにしようということで動いておりますけども、実際にはですね、原発で何かあった時の避難は、遠い人は福井県から神戸まで移動しないといけないという計画を作っているんですけども、その移動する時に若狭道を通った場合、あそこは片側一車線ですので大渋滞を起こすので、皆が無事に三十キロ離れた所まで移動できるかということは、これは不可能な状態なんだけども、段々動かそうという方向で動いています。それに対してですね、異議申立をするという日本人は非常に少ないですね。頭が聡明とは中々言えない状態になります。
それから韓国とか中国からですね、靖国問題をずっと指摘されているんですけど、立春祭でお話しましたように、この靖国神社は元々ですね、明治維新の時に犠牲になった長州の人たちを祀った神社だったんだ、と。それがいつの間にか日本のために戦争で亡くなった人を祀るような神社に変わっていったという、その歴史すら知らない、私も最近まで知りませんでしたので、そういうような訳の分からない中で日本人は生活をずーとさせられております。
これはほぼ薬毒のためにきちんとした解釈ができない中で私たちは生活をさせられているので、早く日本人から薬毒を無くして、そして物事をきちんと考えられるような人を増やしていくということが大きな課題であるかと思います。そういうことも含めてこれから浄霊力をいただく方々を増やしながら、メシヤ様が私達のために説いてくださった薬毒論と浄化作用の原理をより一層皆さん方に知らせて行くような取り組みを今後ともさせていただきたいと思いますので、今日拝読をさせていただいた所からそうしたことを感じているということで、確認をさせていただきながら質疑応答に入りたいと思いますので、よろしくお願いします。」
(後文割愛)
責任者:
ここでは、「日本人から薬毒を無くし、物事をきちんと考えられるような人を増やしていくということがメシヤ様信徒にとっての大きな課題である。」ということを御教示いただいております。大変共感できる内容だと思いますので、各自拝読をお願い致します。
「メシヤ講座no.169大阪(平成27年2月分)」より抜粋つづき:
その他
受講者:
勉強不足で大変申し訳ないんですけど、『釈尊の弟子に、法蔵菩薩といふ傑出した一人がゐた。』とありますが、これは素盞鳴尊のことではないんですか?・・ではない。そうですか。
楳木先生:
最後には阿彌陀如来様になった方なんで。」
受講者:
素盞鳴尊が西方浄土を作られた方だと思ってたんですけど、阿彌陀如来は素盞鳴尊ではないんですか?違うんですか?
支部長代理:
御釈迦様は稚姫君命の霊がインドに行って人として生まれて。阿彌陀さんについた素盞鳴尊は・・霊がついてということですけど、法蔵菩薩さんが神人だとしたら、素盞鳴尊の霊がオギャーと産まれた時に宿って、そういう法蔵菩薩として居座っていって、亡くなって元の霊に戻るというか・・仏で昇格されたというふうなことだと思いますね。
楳木先生:
だから素盞鳴尊がなったとかじゃないわけ、」
受講者:
だから素盞鳴尊は釈尊の弟子だったのかな?と思いまして・・。
支部長代理
だからそういうお働き的な時に、この時代、もう日本から・・この時の素盞鳴尊は三代目の素盞鳴尊なんです。
受講者
この時というのは、あの~インドでの話ですか?
楳木先生:
いやいや日本に押し寄せてきた時の話です、だから3回目に生まれ変わった素盞鳴尊は、日本が神武天皇にちょうどやられてそれが二千六百何十年前になるので、このお釈迦様の時代とちょうど素盞鳴尊が日本でやられたのと同じ時代になるんで、その次に汚名を回復するために阿彌陀様になるように働いたのと、まだそれだけでは功績が足りないので、次にイエス・キリストに力を与えてキリスト教を作るとか、あの手この手で色々働いているので、素盞鳴尊はね。だから生まれ変わりとか、素盞鳴尊そのものがそうやって生まれてきたとかいう解釈じゃないほうが分かりやすいんじゃないかなと思うね。(この内容は335ページに記述されていますので、ここでは簡単にしておいた方が解りやすいので、このような話し方になりました。)
二千年前にはユダヤにイエス・キリストに力を与えに行ったりしている訳だから、だから見えない世界であちこち行かれているのでね。」
受講者:
分かりました。(後略)
支部長代理:
(前略)・・さっきの霊が渡ったという話ですけど、ネパールの首相とか中山みきさんとか確か稚姫君命とかの生まれ代わりだというふうに・・、ただ魂が人間の魂ではありませんので、そういう魂が分れて・・、良い方の魂が働きに応じて何代か・・そういう魂に生まれ変わったというふうにも捉えられますし、素盞鳴尊の場合は月が照った時は月読尊様で月の神様なんで、そういう良い働きで、ちょっと人間の生まれ代わり方とは違うと思うんですけど、そういう形で働かれたというふうに。
楳木先生:
それと神様は分霊していくので、だから分霊でその一つがそっちへ行かれたという解釈をしていったほうがいいと思うね。」
支部長代理:
そうですね、一応分霊というふうな感じでお書きになっていますね。いくらでも分霊できるんで、良い方の魂の霊が行かれたんではないかなと思いますね。
楳木先生:
人間は分霊するとおかしなことになってくるから、神様じゃないと出来ないことで。」
支部長代理
人間はいろんな霊が憑きますけど・・(笑)、人間は分霊はできないですね。
(後文割愛)
責任者:
ここでは、「素盞鳴尊様」を例にして「神様の分霊」についての捉え方をお話しされています。大変参考になりますので、各自拝読をお願い致します。
編集後記
責任者:
冒頭から、御教え『伊都能売神』は、いよいよメシヤ様がなさろうとされた「宗教改革」を進めていく上での「根本義」を学んでいるのだという気持ちで拝読を重ねていくのだということを御教示いただいております。今回の学びでは、先ずメシヤ様は、御教え『仏教の起源』で、インドに仏教が起きて来た過程を説明して下さっているので、それについて理解しておくのだということ。次に、この仏教を作る時に「伊都能売神皇様」がどのように関わったのかということが分からなければ「仏教が日本に入ってきた時に、何故日本人は受け入れたのか。」ということが理解できないので、お釈迦様と「伊都能売神皇様」の関わりをしっかり頭に入れておくのだということ。そして、それらを理解することにより、仏教が日本に入って来た時に、仏教の一番本元は、日本の元々の統治者である「伊都能売神皇様」が教えた内容なので、日本人はその精神が分るから(仏教)を受け入れ、日本列島津々浦々まで行き渡ったのだということが理解できるのだという重要な内容を御教示いただきました。
これからは更に、今回学んだ「宗教改革」を進めていく上での「根本義」を根底に置いて御教えの拝読を重ねていかなければならないのだと再認識いたしました。
秋分を過ぎ、秋の気配が深まってまいりました。台風26号の動きも気になりますが、どうぞ健やかにお過ごしください。有難うございました。
※責任者より
引用したメシヤ様の御教え、「メシヤ講座」は当時の文章をそのまま抜粋させていただいています。下線や太字の表記、()内の表記、御教えの典拠は、責任者が加筆しております。ご了承ください。
引用した「メシヤ講座」全文はこちらから覧いただけます。
「メシヤ講座no.169大阪(平成27年2月分)」
