7f-10、死産流産の霊的体的な原因

(御教え)

『これはあります。普通は体的な原因が多い。一番多いのはお腹に固まりがあることです。腹の皮が厚いと産めないとよく言われるが、これは腹膜に尿毒が溜まって、横に拡がらないので力が下へ加わる。それで流産するのです。だから子宮が充ぶん拡がれば、絶対流産はしません。それに反して、力が上に働くのが悪阻です。だから悪阻のときは、ヘソと鳩尾の中間をやってやればよい。子宮前屈や後屈も毒の塊の為です。それから、腹の皮膚によって、健康不健康を判断するのは相当熟練を要しますね。–死産は霊的には、その女に対する誰かの怨霊が憑いて、産ませまいとする事もあります。又体的には薬毒で、薬毒が子宮の所へ集まるため、胎児が発育出来なくなるのです。だから死産は田舎の人には比較的少ないのです。』

「地上天国 8号、昭和24年 9月25日発行

「死産、流産は何か霊的関係がありましょうか、又このような胎児は仏様としてお祀りする場合、どうすればよろしいでしようか。」

『霊的の場合と体的の場合と両方ある。根本はその人の罪穢による。罪穢にも種類がある。死産の場合の罪穢とは子孫を継げぬ罪、系統の絶やされるような罪、例えば昔その家の祖先が何かの原因で人殺しをし、殺された人の家が断絶したその怨みの如きもある。体的原因の方は、妊娠中に薬を飲んで死産する事がある。薬は毒だから、妊娠前に薬を飲んだ場合は体力が弱る。その結果胎児が弱く出来る。親の毒は子供に行きやすいものである。弱くなった胎児は出産の時窒息死する。流産も霊的と体的あり、体的原因は化膿性腹膜である。子宮が膨張する時つかえる、その結果流産する。腎臓部を浄霊すれば治る。霊的の方は妾のある場合とか、約束した女を欺いた罪等で、妻へ子供が出来ると、右の女や妾等の生霊が邪魔をする。そういう色々の罪によって育たないのである。それなど何れも本教の信仰に入れば殆どなくなる。流産の場合五ヶ月以上は普通の人間として祀るべきで、お寺で戒名をもらって簡単な葬式をすればよい。五ヶ月で人間の形が出来るからである。併し四ヶ月か三ヶ月でも祟るのも偶にはある。』