「漁の不思議」

愛知県知多郡M.M

「観音の御救ひなくば吾は今 底なき沼に悩みつづけむ」

この大先生の御讃歌がいつも脳裏にこびりつき胸にこみあげて嬉し涙となって参ります。

顧みますれば母の胃腸病で約一カ年半も病院に通い院長さんの仰言るままに寸分も違えず親類知人もそれ程にと笑われる程に実行致しましたが、さて結果といえば衰弱ひどく、病人は勿論家族の者の心配はそれ以上で、日に増し暗黒な家庭となるばかりでした。その頃岡崎先生に御案内戴き、昭和十九年八月中京の渡辺 先生のところに伺い御力を頂きましてから、家族八名は蘇ったように御光に浴する幸福な一家とならして頂きました。父は子供の時よりの漁師でございますが、 昨年程漁のあった事は生れて以来初めてで御座います。毎年秋十月中旬より下旬にかけまして釣の一番よい時季でございます。朝な夕なに御観音様にお願い致し まして漁に出ます。ある日は朝潮には漁はなく今日は釣れないと思っていると帰りがけにウンと釣らして頂くとかいつも不思議に沢山釣らして頂くのでございま す。いつも帰りは遅く六、七時になる時がございます。家の者は心待ちにまっておりますと重そうにかついで来ます。父と弟はニコニコして観音力観音力といって魚籠をあけますとぴっくり致しました。いつになく大漁で、まるで網で獲れたごとくでございます。その晩は観音様に御礼申上げ、それから今日の大漁の状況 を話してくれました。それは今朝は少し他の人より遅れて行ったのですが、他家の五、六隻の舟は「いつもの釣り場所はサメに魚を取られて釣れないから」とて 他の場所へかえていますので、弟もその場所へ行こうと致しましたのを父はその皆のいないいつもの場所へ行き針を下しました。

そして釣り始めて二、三匹釣りましたら弟は「アッ、サメにとられた」と叫び即座に海中に向い浄霊を行いました。するとそれ以後ピタリと一匹もとられなく なり、ここで釣りそこで釣り又場所を換えれば釣れ舟の行く所面白い程釣れ中々忙しい事で不思議とよく釣れました。他の五、六隻並んで釣っていた人達はサメ に悩まされていくら場所をかえてもちっとも釣れず、父はサメの来る場所で普通なれば釣れないはずのが思い掛けなくも沢山釣らして頂き、他の漁師は唖然とし て見ていたそうです。又他の人は「仁蔵さの側で釣ると魚がよく釣れる」といって側によって来るそうですから「本当に御観音様は病気はなくして下さるし、魚 は沢山釣らして頂けるしこんな有難い事はないじゃないか」とお話して上げたと申していました。確かに観音力を見せて頂いたと今更ながらもったいないお話で はございますが、御力の偉大さと申しましょうか驚嘆せずにはおられません。

他の人が五、六貫匁の時に父は二十貫匁位も釣らして頂いた日もございます。本当に今迄の暗い家庭も今日では一家が日々を笑顔で送らせて頂けるようにな り、ただただ言葉も知らず嬉し涙に咽ぶ許りでございます。今後はより一層一家にて及ばずながら御用さして頂きます。有難とう御座います。