「返ったリヤカー」

静岡県富士町Y.S

私等は光明如来様をお祭りさせて頂き、六人家族の内祖母、弟の外四名御守様を頂いております。

昭和二十三年八月十六日、この日いつも留守番をしてくれる祖母が水神様のお祭りで親戚に泊り不在中の出来事です。夜十二時頃迄確かにあったリヤカー一台 が、翌十七日朝四時半頃盗まれている事に気付ました故、西の方を探して廻りましたが見付かりませんので、今では盗まれた物が出ないのは当り前と思って諦める気持になっておりましたが、妻が東の方も探して見たらと言うのでその気になり段々見てまいりますと、今度出来た東海道の新道の軟かい土の上にリヤカーの 跡がはっきりついているのが見えましたので、約十五丁位行くと富士宮街道に出てしまい、その跡は遂に解らなくなりました。その時ふと近所に友達の鈴木房吉 という者のいる事を思いだし事情を話しましたところが、それは女だろうと言われ驚きました。なお色々話を聞きますと鈴木は十六日夜親戚に泊り、朝三時半頃 に身延線の踏切のところまで来ますと未だ薄暗いのに女の人がリヤカーを引いて来るので山の畑にでも行くのかと思い「早いねえ山路へ行くのかね」と言葉をかけましたが別に返事もしないので変な女だなあ位で、気にも止めずに通り過ぎましてちょっと来た時に「ガタン」という音がしたので振返って見ると線路にリヤ カーの輪がはまり込んで押したり引いたりしていました。

その時道路を真直ぐ歩いて車が線路にはまる訳がないとなお見ておりますと、そのままの方向で奥村という家の庭に引込みました。あの家はよく賭博打ちや色々の家族が四、五世帯いるがこんなに早くなんだろうと不思議に思いながら帰り、まだ早いので又一寝したところへ私が来たのでした。早速その家の表庭へ行って見るとリヤカーはないが引込んだ跡と引出した跡がハッキリ付いているのです。しかし突然飛込む訳にも行きませんので田村という町会議員を頼みまず隣の牧 野家で様子を聞きますと、五時頃リヤカーを引出した人は大石くめ(五十才位)という女で奥村が妾のようにしているという事も解りました。奥村の家を尋ねますと妻君は「来ない知らない」の一点張りだったが傍にいた主人が「来た。俺は頭が悪いから時間は解らないが自分のところから百五十円の金を持って大宮の親 戚へ行ったからすぐ電話します」と言って行き少時してから戻って来て、是非公にしないように内済にして貰いたい。たとえ第三者の手に渡っていても取戻すか らと、盛にあやまり今から自分が迎えに行くと子供(十三歳位)を連れて出て行きましたが、少しすると不思議に富士宮にいるべきはずの大石くめが突然帰って 来まして、そのまま倒れるようにその場に眠って終いました。聞くと大石くめはモルヒネ中毒で注射しなければ人の物も自分の物も見境なく盗りたくなり、注射 すればいい気持で眠て終うそうです。奥村の主人もやはりモヒ中毒だそうです。

少時して気がつき色々尋ねると五軒家というところの実家にリヤカーを置いて在るというので女を自転車に乗せて行き、早速取戻させて頂きました。ところが 富士宮に行った親子がその日の内に又泥棒を働き、親子泥棒だと大変な騒ぎで人の評判では新聞にも出たとの事です。一方大石くめは自家にその晩は泊り、又奥 村の家に来て泊り込み翌朝奥村主人の物を手当り次第盗んで姿を消して終ったとの事です。僅か二日間にかくも大きな御守護を頂き、善悪に降された賞罰を余り にもはっきりと見せて頂きただただ有難く御礼の言葉もありません。