研鑽資料no.16(2019年6月)

6月の学び3 

はじめに

 

責任者:

 

「地上天国祭」の意義と由来については、研鑽資料no.14で学びを深めさせていただきました。今回は、昨年の三重支部勉強会の資料を再編し「地上天国祭」に因んだ学びをさせていただきます。

 

先ず6月15日の「地上天国祭」に於いて、「ス」の御神体に御参拝する時の在り方を考える上で、ヒントをいただけるメシヤ講座がありましたので、ご紹介いたします。

 

「メシヤ講座特選集no.101(平成21年6月分)」より抜粋:

楳木先生:

 

メシヤ様という御存在と主神様という御存在をどのように捉えてゆくかということですが、そんなことを考えただけでもその御存在を限定してしまい、本来の御存在とは全く小さいものとしてしまいます。しかし、お祈りする時に想念が明確になるために、あえてご説明させていただきます。

 

支部の御神床のように御尊影を掲げさせていただくことによって、主神様の方向とメシヤ様の方向を並列に考えてしまうと御神格というものが段々理解し辛くなってしまいます。

 

主神様は全宇宙を主宰されています。そのことを鑑みても非常に大きな御存在であります。メシヤ様は、主神様という御存在の中で地球を救う部分を以って私達に救いの力と方法を与えるために御降臨されたのです。ですからご参拝する場合、主神様とメシヤ様は直線的にイメージして捉えた方が良いのです。主神様という絶大なる御存在の中の、地球救済のためのメシヤ様が大御前にいらっしゃるというイメージでとらえてゆくと、「主神様」「メシヤ様」という御存在に対して一直線でお祈りできるのです。

 

ですから、支部の場合は、このように御神体と共に御尊影を御奉斎していますが、個人の家ではセットで御奉斎するようにはしていない理由がそういうところにあります。決して蔑(ないがし)ろにしているのではありません。主神様とメシヤ様を一直線でお祈りできるためにそうしているのです。そうすれば、一切を主宰されている主神様が御存在し、そこから地球救済のためにメシヤ様が御力をくださっているという概念が生れます。

 

そしてこのことは、今回の御対談後半部に明確なお言葉として発せられることにより方向性の誤りのないことを確信させます。

 

為郷氏の「そう致しますと仮に明主様(メシヤ様)が百年後に霊界にお這入りになりますとない事になりますが・・・・・・」という問い掛けに対しまして、メシヤ様は『併し霊界から出しますから同じ事です。却ってよく出ます。体があると邪魔になりますから。』とお答えになられています。

 

このお答えは、メシヤ様が御昇天されても浄霊の御光は永遠にいただけるということで、大変な安心感と心強さに包まれます。大変力強いものであると同時に、『却ってよく出ます。体があると邪魔になりますから。』というお言葉は深奥なる意味合いを私達に示されています。邪魔になると仰ったのは、『私のお腹に光の玉があってそれから光が出るのですから無限なのです。』とのお言葉にある『光の玉』という御存在に対してです。

 

現在、メシヤ様は邪魔と位置付けた御肉体を離れられて、神界から私達に御光をお出しくださっている、と考えれば、今日までの教団裏面史も善意で受け止めることが出来ます。しかし、その立場をとれば、ご参拝の在り方は安易な姿勢ではなく、より厳粛にならねばなりません

 

信仰歴が長く、御教えをよく拝読している方々は、こうした境地にまで達した上で御神前に真向かい、御神業推進を心掛けていただきたいのです。

 

 

責任者:

今まで執り行って来た祭典を振り返ってみますと、想念(イメージする)ということが非常に重要であったことがわかります。

 

ここでは先生より、想念の持ち方として、「ご参拝する場合、主神様とメシヤ様は直線的にイメージして捉えた方が良いのです。主神様という絶大なる御存在の中の、地球救済のためのメシヤ様が大御前にいらっしゃるというイメージでとらえてゆくと、「主神様」「メシヤ様」という御存在に対して一直線でお祈りできるのです」そして、「ご参拝の在り方は安易な姿勢ではなく、より厳粛にならねばなりません」とご教示いただいております。

 

それでは、次にメシヤ講座にて楳木先生よりご教示いただいた内容を、6月15日に臨む想念造りのヒントとして再度取り上げさせていただきます。

 

「メシヤ講座・特選集no.52(平成17年5月分)」素晴らしい御神業とは(Ⅲ)より抜粋:

追体験によって深まる信仰

楳木先生:

私達の信仰生活や御神業への奉仕生活というものは、教祖の追体験を通して深まりを見ると共に視座の高まりを得ることができます。また、味や不思議さ、素晴らしさに触れることができます。そして、真の意味での生き甲斐ある人生を歩むことができます。

 

来月には「地上天国祭」を迎えますので、「地上天国祭」の意義についてお話致します。3月にお話した内容と合わせてお考えください。そして、追体験の縁(よすが)とさせていただきたい、と願っております。

 

『夜昼転換』の神事が地上天国祭の原点

楳木先生:

メシヤ様は、昭和元年天啓を受けられ、昭和6年まで天啓内容に関する検証を重ねられ、ご決意を固められます。そして、同年6月15日に千葉県鋸山へ赴かれ『夜昼転換』の神事に臨まれました。昇り来る日輪に向かって天津祝詞を奏上し、天照皇大御神様をお迎えになられ、後日、日枝神社にご鎮座申し上げております

 

かつての教団(現・世界救世教)では、この日に『夜昼転換』の天啓がなされたように教えて来たために、かえって信仰を深めにくくしております。天啓は昭和元年からあったのですから、当日に天啓があったとするのでは意味合いが異なってまいります。また、主神様は、その年(昭和元年)から『夜昼転換』をなさる御意図で、メシヤ様に留まらず様々な分野の偉人にご啓示をされております。相対性理論しかり、合気道精神なども同様です。

 

もちろん、その中心的御神業の大任を受けられた岡田茂吉教祖へ、宇宙草創期から今日までの歴史の真相が啓示されました。御教え拝読により、その深奥さ、崇高さに触れることができます。

 

ところが、教祖は極めて慎重で、啓示内容を確かめずには任を受けられませんでした。ご性格がそうさせた、と拝察できます。また、新聞事業に手を染めようとされたご経験も関係していると思われます。様々な角度から検証する素養がおありになったのです。

 

これは、会社組織などで頂点に立つ人は様々な部署を転勤し、組織全体を見渡せるようになることと似たところがあります。政治家も二世は何かと批判を受けますが、親を通して政治の裏表や外交の駆け引き等を見て育つということは、検証しつつ成長するということになります。もちろんボ-ッとしていてはダメですが、強い意志で模索したならば、国を背負う素晴らしい政治家になります。

 

検証を重ねられ確信を持たれご決意されたことになりますが、それ故に、『夜昼転換』の時期は昭和6年までずれ込んだことになります。これは、どういう意味を有しているのでしょうか。

 

天啓なのに検証が何故6年にも及んだのだろう、という疑問が湧きますが、単なる霊憑りかもしれないし、確実性のないものでしたら、内容が大きいだけに深刻なことになります。曖昧なままでしたら、自己満足、自慰行為になってしまいかねません。それだけに、確認を積み重ねられたのだと拝察させていただいております。

 

私が「神界通信(全文へ)」を独自の活動開始後6年余を経て発信し始めたことも、レベルの差はあっても同様の意味合いを有しております。

 

それ位慎重でなければ、また「自分はその任は重すぎる」という謙虚さがなければ、「メシヤ」という大任は主神様から下されなかったことでしょう。しかし、一方で慎重なるが故に時期はずれます。二面性があるということです。」

 

責任者:

〇昭和6年6月15日、メシヤ様は、昇り来る日輪に向かって天津祝詞を奏上し、天照皇大御神様をお迎えになられ、後日、日枝神社にご鎮座申し上げられた。

 

〇『夜昼転換』の天啓は、昭和元年からあったのですが、6年にも及ぶ歳月を費やし内容の確認を積み重ねられた。

 

〇メシヤ様は、「自分はその任は重すぎる」という謙虚さをお持ちだった。そうであったからこそ

「メシヤ」という大任を主神様からいただかれた。

 

参考になる御教えを下記に抜粋し掲載いたします。

 

御教え

(お伺)「(前略)天津祝詞、善言讃詞で日月を拝することは支障ありませんでしょうか。」

 

(御垂示)『 拝むべき神様の祀ってない場合はそれでもいいが、本教では光明如来様をお祀りしてあるのだから、それを拝んでいればいいのである。光明如来様は日と月の両方のお力を具えていられるからである。だいたい、太陽を拝むのは原始人の自然崇拝のやり方であるから、今日の文化人としたら相応しないわけである。廃(や)めたほうがいい、この人は御神書の読み方が足りないため、本教の本義が分からないからであるから、御神書をできるだけ読んで、身魂を磨くようにしなさい。(「地上天国」30号、昭和26(1951)年11月25日発行)』

 

『先刻の夢で、太陽を拝んでる人は救われるし、逃げて行く人はみな死ぬということがありましたが、要するに、観音様は太陽の働きであります。いままでのあらゆる宗教は、月の世界のもので、太陽の働きのものは、観音会以外にはないのです。先刻、太陽を拝んでる人は救われるという、あれはよく合っております。(中略) 大審判については、いまのところこれ以上はお話ができないのであります。これは信仰を熱心にやって霊身が浄まると、その人の智慧証覚によって悟れるんですから、その人自身悟るよりしかたない。(御講話、昭和11(1936)年1月21日全文へ)

 

 

「メシヤ講座・特選集no.52(平成17年5月分)」より抜粋つづき:

神様の方針は『自由』であるということ

楳木先生:

 

二面性が何事にもあり、答えは必ずしも一つではないということを私達に教えております

 

それらのことから解釈できることは『神様という御方は、提示はするが強要はしない』ということです。また『選任はするが、選択は人間側の自由である』ということです。このことが、常々教えられている、本当の意味での『人間に与えられている自由』なのです。

 

私達にとっては、真理の教えは提示されていても、それを選択し実行するかしないかは、各人の自由であるということです。よく‘罰(ばち)が当る’ということが言われますが、それは低い神格のなすことで、そうしたところに神頼みをして御礼を怠るととんでもないことになる場合があります。

 

ただ、正しい道や救われる道を提示されたにもかかわらず、実行しない場合に『祖霊の警告』を受けることがあります。これは、子孫のことを思う余りに行うことですから、むしろ感謝して、道を改めるべきですね。

 

やはり実行力が大切です。教祖におかれても、検証期間は長かったが、一旦ご決意されたら『実行の人』と成り切られました。『誠が一等』と述べられております。誠とは『言ったことを成す』と書きます。メシヤ様は揺るぎない行動力を発揮されたということを、私達は学んでおかねばなりません。そして、何事も決意とそれに伴う実行力が大切なのです。」

 

責任者:

○何事にも二面性があり答えは一つではない。

 

○神様という御方は、提示はするが強要はされないし、選任はなさるが、選択は人間側の自由であるということ。

 

○以上2つのことをもって「本当の意味での『人間に与えられている自由』」なのだということ。

 

○私達にとってみれば、真理の教えは提示されていても、それを選択し実行するかしないかは、各人の自由であるということ。

 

○真理の教えを実行する事がやはり私達にとってみれば大切であるということ。

 

○正しい道や救われる道を提示されたにもかかわらず、実行しない場合に『祖霊の警告』を受けることがある。

 

○何事も決意とそれに伴う実行力が大切なのだということ。

 

下記に天照大御神様(天照天皇様と天照皇后様を分けて考えて頂きたく思います)についての御教えを掲載します。拝読頂けたら幸いです。

 

天照大御神様

『罪穢を赦し給う権能を有(も)ち給う神は、天地間、ただ一柱より在さないのである。それは、宇宙の支配者たる主の神にして、その主の神の表現神で被在(あらせ)らるるのが、畏くも天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)様で被在らるるのである。

天照皇大神様は、独一真神にして、最尊最貴の御神格に被在らるるを以て、直接、人間への御救いの業は不可能の御事が神律なのである。何となれば、人民とは余りに隔絶し給うが故である。–中略–洽(あまね)く、世界万民を救わせ給う御心の現れとして、救いの執行者を遣(つか)わされ給うたのである。それが観音、阿弥陀、釈迦、基督(キリスト)、マホメット、その他の各聖者達である。」(昭和11年2月17日)』

 

※古事記では天照大御神、日本書紀では天照大神と記載され、伊勢神宮では天照皇大神と尊称申し上げているそうです。ちなみに、神山では「天照主大御神」と、「主」の文字が入っております。(責任者)

 

『然らば真に正しい、高位の御神霊は、何神で被在(あらせ)らるるかというと、それは主の神の表現神で被在らるる天照皇大神であられるのである。天照皇大神様は最尊最貴の御神格に渉らせらるる故に、人民が自己の希望を念願し奉る如きは、まことに恐多いのである。–中略–之を要するに、日本人としては、天照大神様を尊信し、伊都能売神又は、観世音菩薩に対し奉り、御守護と御霊徳を願い奉る事が最も間違いない信仰である事を、心得ねばならないのである。(昭和10年頃)』

 

天照大神様が国常立尊に審判の権を委ねられ、伊都能売之大神様には絶対慈悲をもっての救いの力を与えられということになっております。(昭和11年1月21日)』

 

 

※上記の御論文は戦前のもので、時代背景から当時の国策に配慮した表現になっていますが、天照皇大神様の位の高さは十分にわかります。一方、メシヤ様の位、御働きは善言讃詞にありますように、菩薩→如来→日月地(みろく)→メシヤと、順次高まっていきました。(責任者)

 

『天照皇大神は太陽神で、位は上だがお働きは限られる。伊都能売大神は火と水で、仏界では観音様になる。これに土のお働きが加わって弥勒になるのです。天照皇大神は一つの力であり、伊都能売大神は二つ、弥勒大神は三つの御力となり、これが三位一体で完全になる。』

 

(お伺)「–弥勒大神は土の御力すなわち肉体をお持ちになって御出現と存じますが–」

(御垂示)『ええそう、そうです。』(御講話 昭和23年5月18日)

 

『それで私がやっている仕事はイザナギの尊の仕事です。–中略–そうすると、天照大御神と言うと世の中では大変な最高の神様のように思ってますが、然し天照大御神はイザナギ、イザナミの尊の子供になるのです。それは神代史にもあります。天照大御神はイザナギの尊の娘さんになる。ですから分かり易く言えば私の子になる訳です。そこで天照大御神様は本当に人を救うという力はないのです。(御講話 昭和27年11月15日)』

 

『天照大御神様』と6月15日について

昭和6年6月15日

『今度いよいよ光明世界になるのは、天照皇大神が出現になられる岩戸開きがあるのであります。昭和六年六月十五日、私が房州日本寺に天照皇大御神を御迎いに大勢の信者さんを御供にして参詣に行ったのであります。この時大神様が霊界へ御出現なられたのであります。–中略–』

 

昭和9年6月15日

『昭和九年六月十五日(立教前年)に私は御神命により、麹町の山王様即ち日枝神社へ三十何人の御供を連れて御参拝しまして、天照大神様を御鎮祭、一同で祝詞を奏上致しました。これは日枝神社へ天照皇大神様が御鎮りになられたのでありますが、霊的の事でありますから神官すら知らん事であります。(「観音講座、六」昭和10年9月5日)

 

昭和16年

『昭和十六年五月、渋井氏以下数人の信徒を伴につれ、丹波の元伊勢神宮へ参拝に行ったのである。この事について興味ある一挿話をかいてみるが、今日の伊勢山田の皇大神宮は、今から約千百年以前、この丹波の元伊勢から遷宮されたという事になっている。それについてこういう説がある。遷宮の際御神霊を御輿に乗せ奉り、一里離れた所に和知川の下流で五十鈴川があり、その川を渡御せんとした際、急に御輿が重くなり、どうしても渡り得なかったので引返したというのであるから、伊勢の山田には御神霊は移らなかった訳である。それを今日実証した一つの出来事があった。それはこの参拝から一ケ月余経た七月一日私は中島氏以下数人を従え、伊勢山田の皇大神宮へ参拝に行った。社前に額いて祝詞を奏上するや、社の中から神の声が聞こえた。それは「デハ私はこれから故郷へ帰らしていただきますから、後は宜しく御願申します」という言葉である。すると私の傍にまた別の声がした。「永い間御苦労であった」との御言葉で私はハッと思った、というのは、いよいよ、天照大御神と御留守居の神との交替である。いうまでもなく私は先日元伊勢へ参拝に行ったのは大神をお迎えしたので、今日の行事のためであった。お留守居の神とはもちろん、神素盞嗚尊(かむすさのをのみこと)で朝鮮へお帰りになったのである。その時私が思われた事は、いよいよ日本の霊界が明るくなり、正邪善悪の是正が行われる時が来たのである。(昭和24年12月30日)』

 

昭和25年6月15日

『昭和六年六月十五日に房州の日本寺が始まりですが、あの時は霊界の奥の方、最奥霊界が黎明になったのです。今度は現界の霊界に日が出たのが一昨々年の私が庵原警察の留置所の中で、日が出たと言えばおかしいですが、非常に神秘があったのです。日が出るということは、やはり天照大御神様です。–中略–そうしてあの時の手力男命はMという弁護士です。あれが私を引っ張り出したのです。その時初めて天照大御神様の霊が私の腹に宿るということになります。それが今、だんだん大きくなりつつあります。もうよほど大きくなっています。(御講話 昭和28年6月16日)』

 

『それから六月十五日というのは天照大御神様の誕生日になりますが、誕生日ということは日が出るわけです。–中略–それから一昨々年の静岡の裁判で、警察に留置されている間にすばらしい神秘なことがありました、そのことを簡単にお話しますと、–中略–数えてみれば六月十五日になります。その日は非常な神秘なことがあったのです。それは天照大御神様が生まれるというわけです。(御講話 昭和28年6月15日)』

 

『静岡事件の際留置場の中で、すこぶる神秘な神業が行われた事はいつか話した事があるが、その時私の体内に入られたのが最高最貴の○○○○○の神様であって、–中略–その時から後の私は、以前のように神様に伺う事は必要がない事になったのである。というのは神霊は私の体内に在(おわ)す以上、以前のように神と人との隔てが撤去され、神人合一の境地になったからである。つまり神即人である以上、私の行う事は神直接であるから、私の思うままをやればいい事になったのである。(昭和29年2月25日)』

 

昭和26年6月15日 箱根日光殿増築落成祝賀式

『六月十五日は今年初めてお祭りした。神様のほうでは今日お祝をしなければならぬわけがあるのである。本に書いた通り、昭和六年六月十五日、初めて昼間の世界になった最初の日である。–中略–日本寺に天照大神様が御誕生になった意味になる。あそこは鋸山と言うが、寺へ行ってみると、乾坤(けんこん)山日本寺と書いてある。乾坤とは天地のことで、非常に大きい意味がある。それが二十年前の今月今日である。十年前の六月二十九(15?)日は、民間治療をやっていたのが、十五年十一月いっぱいでやめ、翌年五月(昭和16年5月23日)、五六七(みろく)会の連中を連れて元伊勢へお詣りした。その後七月一日に伊勢大神宮へ中島一行を連れて行った。六月二十九日をはさんで天照大神様に関係した仕事をしたわけである。今年の六月二十九(15?:責任者)日は二十年目である。これで神幽現の三段になっている。すなわち三界とか三千世界と言うのはこれである。幽とは仏界であり、幽冥界とも言われる。そんなわけで、今年から現界の昼間になる。今日がその第一歩である。現界が昼間になると種々なことがたいへんに変わる。(昭和26年6月15日 箱根日光殿増築祝賀式御講話)』

 

※六月二十九日は六月十五日の誤植か?(責任者)

 

昭和27年6月15日「箱根美術館」完成

 

昭和28年6月15日箱根「神仙郷」完成

 

昭和29年

『ずいぶん若くなったでしょ、私の方は、メシヤ降誕って言ってね、メシヤが生れたわけで、ですから、言葉だけでなく事実がそうなんですよ。私も驚いたんです。生まれ変わるっていうんじゃないですね。新しく生れるわけですね。–中略–それで、このメシヤっていうのは、世界中で最高の位なんですよ。まあ西洋では「王の王」って言う事になっちゃいますがね。「キング・オブ・キングス」って言ってね、その位を持っているんでね。だから、私が出て初めて人類は救われるんだからね。まぁ大変な事件なんです。(昭和29年6月5日、 碧雲荘に主な幹部を集めて)』

 

そしてこの御面会の10日後の

 

昭和29年6月15日

 

メシヤ御降誕仮祝典挙行さる (「栄光」263号、昭和29年6月30日発行)より抜粋:

 

六月十五日、ここでメシヤ御降誕の仮祝典が挙行されたのである。

木原理事長恭しく進み出で御祝いの言葉を言上し、更に天津祝詞を奏して一同これに和す、神韻縹渺(ひょうびょう)、こうごうしき限りである。

祝詞をうけさせ給いて、メシヤ様には一同最敬礼のうちに御退席遊ばされた。暫くして管長がマイクの前にたって大要次の如き要旨の話をされたのである。

 

「従来は明主様と申し上げていましたが、今日ただ今よりメシヤ様と申し上げることになりました。即ち今日は、メシヤの御降誕として、わが教団にとって誠に意義深き日であります。なお本日は、わが教団においては天照皇大神の御降誕日とされております。重ね重ね御目出たき吉日と思うのであります。……云々」

 

また御先達の記述によりますと、上記昭和29年6月15日の救世(メシヤ)会館における「メシヤ御降誕仮祝典」の日より約2ヵ月間、明主様をメシヤ様と申し上げる事になると共に、同祝典では白羽ぶたえの御衣をめされたメシヤ様に向かい奉って、参拝者一同で天津祝詞を奏上。

御神名は『天照皇大神(あまてらすすめらおおみかみ)守り給へ幸倍賜へ』と奉称申し上げたそうです。

 

そして熱海より世界に向けて「メシヤ」を宣言されたメシヤ様は、この日の夕刻箱根へと御遷座(せんざ)遊ばされ、メシヤであられた期間の御神業は神山の麓、箱根神仙郷、観山亭にて御遂行遊ばされました。

 

御教え(御講話、昭和26年9月5日「御教え集2号」)

『(前略)「人」という字の「ノ」は天から下った形です。「ノ」の字ですね。天皇の「皇」ですね。そういう意味です。天から下った「日」ですね。その「王」です。「人」という字もそうです。それから「\」は獣です。そこで「ノ」は本当の善で、「\」は獣で、悪です。これが支えている。これが人間です。ところが今の人は「入」という字です。「\」のはうが抜けている。「ノ」が長くなって支えているのですが、今の人間は「\」が突き出ている。そうすると「×」になる。「×」は消えちゃう。神様はうまくつくられたものと思う。この理屈が分かればいい。やっぱり霊主体従の形ですね。

(御論文中『人間向上すれば神となり、下落すれば獣となる』とあり)

それですからこれ(上の横棒)とこれ(下の横棒)の間になるわけですね。これをすっかり読めば、守護神のことはすっかり分かります。それで、正守護神はたいてい一人ですが、一人で間に合わない時がある。そういう時は他の祖霊に手伝ってもらう。それから狐ですね。それに手伝ってもらうというのは、人間に憑って、口を切ったり、知らせたりするのを狐は非常に上手いんです。そこで狐に頼むんです。お前、こういうことを話してくれとか、言ってくれとか言うんです。ところが狐の先生、その通り言うと良いが自分のことを出すんです。そこでこっちの方で、祖霊が言うのか狐が言うのか迷うんです。それを判識するだけの眼識が出ればいいんです。しかし、大体しゃべる骨子が、正しいか正しくないか。常識にかなうかどうかで判断すれば、大体間違いないです。その他、夢知らせがありますね。これはみんな正守護神がやらせるんです。これは西洋では守護霊と言うんですね。それからごく危急の場合には、正守護神が神様にお願いするわけです。そこで神様が力を貸してくださるんです。危急の場合なんですが、それが奇蹟と言うんです。奇蹟は正守護神がつくるんですね。大きい奇蹟は神様から力を借りるんです。こういうふうに見れば良く分かる。そこで、こういうふうに説いていくと、本当に人間は悪いことをしてはいけない。良いことをしなくてはいけないということがはっきり分かる。今までの宗教はここまで説かない。もっと漠然とした抽象的な説き方です。だから徹底して分からない。宗教の信者で信仰しながら、かなり間違ったことをする信仰がありますが、これは徹底して説かなかったからですね。もっと徹底して説いてあればメシヤ教が出る必要はない。(後略)』

 

編集後記

責任者:

研鑽資料no.14では、「地上天国祭」の意義と由来について学びました。今回は6月15日の御参拝の在り方を学ぶ為に、御教えを交えて『天照大御神様』と昭和6年6月15日から時系列にて

29年迄を振り返らせていただきました。

 

メシヤ様が、御苦労をされながら、人類救済の為になされた様々な偉業を振り返らせていただく中、「地上天国祭」についての認識を感謝の気持ちと共に更に深める事が出来たのではないでしょうか。

 

そして、今回の6月15日のご参拝の在り方としては、安易な姿勢ではなく、より厳粛に御神前に真向かい、『主之大御神様(一切を主宰されている主神様)』に対し奉り、メシヤ様の現界での御働きに(地球救済のために御力をくださっているという想念のもと)精一杯の感謝を申し上げさせていただきたく思いました。

 

皆様のご参拝に対する想念造りの一助になれば幸甚です。
どうぞ、宜しくお願いいたします。

 

※責任者より

引用したメシヤ様の御教え、「メシヤ講座」は当時の文章をそのまま抜粋させていただいています。下線や太字の表記、御教えの典拠は、責任者が加筆しております。ご了承ください。

 

引用した「メシヤ講座」全文はこちらからご覧いただけます。

 

メシヤ講座・特選集no.101(平成21年6月分)

メシヤ講座・特選集no.52(平成17年5月分)

 

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