研鑽資料no.179(2026年4月)

4月の学び

はじめに

責任者:

桜の花も咲きそろい、心躍る頃となりましたが、皆様いかがお過ごしですか。そのような中ですが、中東情勢は以前と変わっておらず、そのことの影響によって起こってくる様々な事柄を心配する声を聞くようになっております。衷心より、一日も早い終息を願っております。

さてそれでは引き続き、「文明の創造」より学んで参りたく思いますので、どうぞ宜しくお願い致します。

 

「メシヤ講座no.157大阪(平成26年2月分)」より抜粋:

<今月の御教え>

『薬毒の種々相』

「文明の創造、科学篇」」昭和27(1952)年

あらゆる病原が薬毒である事は、充分納得出来たであろうが、単に薬毒といっても、非常に多くの種類がある以上、それによる症状も自ずから千差万別であるのは言うまでもない。それらについて詳しく書いてみよう。

まず洋薬であるが、これにも服薬、注射、消毒薬、塗布薬等種類があるから、まず服薬から取上げてみるが、これは昔から一番多く用いられており、その種類も何千何万あるか、数え切れない程あって、気が付いてみればこれらもおかしいのである。なぜなれば、いかなる病気といえども、その原因は一つであって、その現れ方の局部によって、種々なる病名が付くのであるから、本当から言えば、効く薬ならたった一つでいい訳である。ところが右のごとく多数あるという事は、全く真に効く薬がないからである。

そうして口から服む薬は、強すぎると口が荒れたり、中毒したりするから、大いに弱めたと言いながら、何しろ一日数回で何日、何十何百日も服むとしたら、幾ら少ない毒素でも相当の量に上るのである。そうして面白い事には洋薬による苦痛は鋭い痛み、痒み、高熱、麻痺等すべて強烈であるが、漢薬の苦痛は鈍痛、重懈(おもだる)さ、微熱等で緩徐(かんじょ)的である。また疫痢に対する蓖麻子油(ひましゆ)とか、便秘に用いるカスカラ錠とか、その他色々な新しい薬もあるが、なるほど一時は効くが結局は悪くなる。下剤も糞便処理の機能を弱らせるから、一層便秘する事になる。また下剤を服む、便秘するというように鼬鼠(いたち)ゴッコになり、ついに慢性便秘症となるのである。しかも僅かずつでもその薬毒が溜る以上、他の新しい病原となるが、このための病気は腎臓が多い。また腸を掃除するといって下剤を服ませるが、これなども実に馬鹿馬鹿しい話で、掃除はチャンと腸自体が具合よくするのだから、余計な事をして妨害するからいい訳はないのである。言うまでもなく不潔不必要なものが溜れば、腸は下痢にして出すように出来ている。疫痢なども私の長い経験上、蓖麻子油を服まさない方が結果がいいのである。ここで浣腸についても注意したいが、これも非常に悪い。ヤハリこれも下剤と同様、腸の活動を鈍らせるからである。考えてもみるがいい。糞便という汚物が溜れば、自然に肛門から出るように出来ている。それだのに外部から誘導して出すなどは、何たる反自然的行為であろうか、考えるまでもなく駄目に決まっている。またよく解熱手段として浣腸を行うが、これは熱と糞弁とは何ら関係ない事を知らないからである。以前こういう患者を扱った事がある。それは三歳の男児で、腹が太鼓のようになっている。訊いてみると生まれて早々から浣腸を続けて来たので、段々癖になり、浣腸をしなければ便が出ないようになってしまったので、つい悪いと知りつつも、余り苦しがるので止める事が出来ないというので、私は医学の無智に呆れたのである。今一つは医学は便秘すると自家中毒を発(おこ)すとよく言われるが、これなども全然意味をなさない。医学は便が溜ると、便毒が身体中に廻るように想うのだろうが、実に滑稽である。便はどんなに溜っても便の袋以外に滲出するものではない。溜れば溜る程段々固くなるだけであるから、何程溜っても健康にいささかも支障はないのである。私の経験から言っても、一、二ケ月くらいはザラで、酷いのになると半ケ年も出ない者があったが何ともなかった。以前ある婦人雑誌に出ていたが、二ケ年もの人があったそうだが、何ともなかったという事である。これで見ても便秘は心配ないのである。

次に寒〔感〕冒、結核、胃、腸等に関する薬剤は既に述べたが、その外脳に対する鎮静剤、点眼薬、含嗽(うがい)薬、利尿剤、毒下し、温め薬、強壮剤、増血剤、風邪引かぬ薬、咳止、痛み止等々あらゆる薬剤は、ことごとく病気増悪の原因となっても、病気を治し得るものは一つもないのである。それについて種々な実例を示してみるが、まず頭脳に用いる鎮痛剤など、一時はちょっと効果を見せるが、ついには癖になって、知らず識らずの裡にその余毒が溜り、種々な病原となる。また点眼薬は最も不可で、目星等でも固めてしまうから、反って治り難くなる。また世人は知らないが、点眼薬はトラホームの原因ともなるから注意すべきである。これは点眼薬にもよるが、事実は眼瞼(まぶた)の粘膜へ薬毒が滲透し、年月を経て発疹となって出ようとするからである。また悲しくもないのに常に涙の出る人は、点眼薬が時を経て涙に変化したものであるから、出るだけ出れば自然に治ってしまう。ところが医学は涙嚢(るいのう)の故障等というが見当違いもはなはだしい。また目脂(めやに)は前頭部の毒素または眼の奥の浄化によって排泄されるものであるから非常にいいので、何よりもいかなる眼病でも目脂が出るようになれば必ず治るのである。

次は鼻薬であるが、鼻薬の中、特に恐るべきはコカイン中毒である。よくコカインを吸う癖の人があるが、一時爽快なので止められなくなり、長い間に脳を冒して、夭折する人も少なくないが、特に芸能人に多いようである。

次に含嗽薬であるが、これは極稀薄な毒ではあるが、始終用いていると、口内の粘膜に滲透し、毒素となって排泄する時、粘膜が荒れたり、加答児(カタル)を起したり、舌がザラザラしたり、小さな腫れ物等出来たりするから廃めた方がいい。特に咽喉を使う芸能人には最も悪い。また一般水薬についても同じ事が言える。長い間にヤハリ粘膜から滲透した薬毒は右と同様になるが、薬が強いため悪性である。しかも意外な事には舌癌もこれが原因である。ところが医学は薬で治そうとするから、病を追加する訳である。また薬入り歯磨等も、歯を弱める事はなはだしいのである。

次は塗布薬であるが、これも仲々馬鹿にはならない。塗布薬の毒素が皮膚から滲透して、種々の病原となる事がよくある。以前こういう患者があった。最初身体の一部に湿疹が出来たところ、医師は悪性として強い塗布薬を塗ったので、段々拡がり二、三年の内には全身に及んでしまった。それまで有名な病院に掛っていたが、もう駄目だといわれ、私の所へやって来たのであるが、私は一目見て驚いたのは、身体中隙間もなく紫色になっており、ところどころに湿疹が崩れ、汁が流れており、痒みよりもそれを打消す痛みの方が酷いそうで、夜もろくろく眠れないという始末なので、流石の私も見込みないとして断ったが、それから一、二ケ月後死んだそうである。

またこういう面白いのがあった。この患者は肩や背中が凝るので、有名なある膏薬を始終貼っていたところ、長年に及んだので、膏薬の跡が背中一面幾何学的模様のようになってしまい、いくら洗っても落ちないという事であった。それは膏薬の薬毒が皮膚から滲透して、染めたようになってしまったので、しかも絶えず相当痛みがあるので、私も随分骨折ったが、余程強いためと見えて、一年くらいで大体治ったが、たかが膏薬等と思うが、決して馬鹿にはならない事を知ったのである。

今一つ全然世人の気の付かない事がある。それは有名な仁丹(じんたん)で、この中毒も相当なもので、これは幾人もの例で知った事だが、仁丹常用者は消化機能が弱り、顔色も悪く病気に罹り易くなる。今日問題となっている麻薬中毒の軽いようなものである。

ここで、薬毒中の王者ともいうべきものを一つかいてみるが、それは彼の駆黴剤としての六〇六号、一名サルバルサンである。これは砒素(ヒソ)剤が原料となっているくらいで、耳掻一杯で致死量となる程の劇薬であるから、浄化停止の力も強いので、梅毒の発疹等にはよく効く訳である。もちろん浄化によって皮膚へ押し出された発疹であるから、一度サルバルサンを注射するや、症状はたちまち引込むという訳で、一時は綺麗になるが根本的ではない。これは医学でもサルバルサンは一時的で、他の駆黴療法をあわせ行わねばならないとしている通りである。これについて私は大発見をした。というのはサルバルサンの薬毒は頭脳に上り易く、上ると意外にも精神病になる事が多いのである。すると医診は梅毒が脳に上ったと思うが、何ぞ知らん、実際はサルバルサンが脳を犯〔冒〕したのである。これは専門家諸君においても、この理を心得て充分研究されたら分るはずである。

次に、一般注射についての誤った点であるが、注射といえども一時的浄化停止であるから、効力も一定期間だけであるが、副作用がなければ結構だが、その余毒は他の病原となるから厄介である。そうして近来伝染病に対し、それぞれの予防注射を懸命に行っているが、遺憾ながら伝染病の根源は不明であり、治す方法もないから、止むを得ないとしても、予期の効果は仲々得られ難いのである。ところが我浄霊法によれば梅毒も伝染病も、至極簡単に治るのだから、これが一般に知れ渡ったとしたら、予防注射の必要等は全然なくなり、大いに助かるのである。ここで予防注射による弊害をかいてみるが、まず予防注射による薬毒の悪影響が、最も明らかに表われるのは、膝から下に小さな腫物が出来る事である。これも放任しておけば、ある程度腫れて自然に穴が穿き膿化した注射薬が出て治るのであるが、それを知らない医学は、塗布薬を用いたり、切開したりするので長引く事になる。しかも注射によっては、脱疽やひょう疽の原因ともなり、指を切られる事さえある。しかも運の悪い人は、それが因で生命にまで及ぶ事さえ往々ある。以前私はそういう患者を扱った事がある。四十歳くらいの人妻で、注射の薬毒が足首へ垂れて、腫物となったところ、医療は切開したので仲々治らず、益々悪化し激痛も加わり、拡がって行くので、医師は足首と膝との中間を切断するより方法がないというので躊躇(ちゅうちょ)していたところ、私の話を聞き訪ねて来たのである。なぜそれ程悪化したというと、全く切開後使用した消毒薬のためである。

ここで、消毒薬について説明してみるが、これは薬毒中最も恐るべきものである。元来消毒薬とは殺菌力が非常に強いので、中毒を起し易く、しかも手術の場合、直接筋肉に滲透するから、なおさら影響も大きい訳である。ゆえにこれがため種々の病原となるので、この理と実際とを、医家は照らし合せて貰いたいのである。

右の例として、今も記憶にまざまざ残っているものにこういうのがあった。七、八歳の女児、珍しい病気との事で、その家に招かれたところ一目見て驚いたのは、患者は右側の唇から頬へかけて、鶏卵大くらい頬が欠損していて、歯茎まで丸見えである。もちろん食物を口へ入れても出てしまうから、僅かに牛乳を流し込むようにして、漸く生きているという始末である。その原因を訊いてみて二度吃驚した。というのは最初口辺に小豆粒くらいの腫物が出来たので、医師に診て貰うと、これは水癌という非常に悪性なものだから、強い薬で焼いてしまわなくてはいけないと言って、そのようにしたところ、一週間で右のごとく焼け切れたというのである。察するに消毒薬ではないが余程強い薬であったためであろうが、手のつけようがないので、私は断って帰ったが、それから一ケ月程経って死んだとの事であるが、これらも実に考えさせられるのである。

そうして、注射薬にしろ消毒薬にしろ、目方の重い軽いがあって、重い程下降し、最も重いのは膝から下、足の裏まで垂れて来て固まる。そうなると足の裏が痛くて地につけないで歩行困難となる。また薬によっては下降して膝から下に溜り、痺れるので脚気とよく間違えられる。その他神経痛、リョウマチスの原因も薬毒であるから、私は何よりもまず薬毒の恐るべき事を、専門家に自覚させたいので、これだけでも人類に与える福祉は蓋(けだ)し計り知れないものがあろう。

 

※『文明の創造』英語版はこちらをクリックしてください。

Creation of Civilisation: Translated Edition

 

医学革命のための情報収集と発見

楳木先生:

冒頭『凡ゆる病原が薬毒である事は、充分納得出来たであらうが』と書かれていますので、メシヤ様は、ここで我々に「納得してくれたかい?」というふうに、まずは問いかけて下さっているわけなんで・・・、自らに問いかけて、そのことがしっかり腹に入るようにして『薬毒の種々相』に入っていきたいと思います。

それから、薬毒と言っても昭和27年当時の薬毒というものと現在の薬毒というのは種類の多さによっては、何層倍も種類が多いですので、そのことによって起きてくる種々相というのがまだまだ拡がっているというふうに考えて、そして、メシヤ様が取り上げて下さった『薬毒の種々相』を拝読しつつ現代の様々起きてくることを判断していくような、そういう姿勢で生活をさせていただければ大変有難いというふうに思います。

そして、便秘の話が出ていた242ページに『以前或婦人雑誌に出てゐたが、二ヶ年もの人があったそうだが、何共なかったといふ事である。』というふうな書き方をされております。ということはメシヤ様は様々な情報を収集されていたということですね。しかもメシヤ教と関係ないところの雑誌に出ていた体験談をメシヤ様は情報として仕入れたということですので、現代であればもっと多い情報がこの世の中には流れております。それをメシヤ様に神ならって情報を自分達が仕入れながら、御教えを基に様々考えていくという訓練をしていただきたいと思います。

それから、薬の種類についてメシヤ様は物凄く書かれております。しかも種類が多いと書かれていると同時に一々調べていらっしゃるということです。ですから、メシヤ様の弟子となった場合には、やはり具体的に物事を調べていくという、そういう良い癖を付けて、メシヤ様に近づいていくということは、そういうことが必要なんだということも合わせて今回は捉えておいていただきたいと思います。

この前、岡山支部で色々話が出たんですけども、言わば「中々状況が難しいんですよ」という話が出てきます。しかし、「難しい」という言葉を一纏めに喋ってしまうと、もう脳が働かなくなるので、“その中の何が難しいのか?”というのを遡って考えたり、あるいはその状況を少し整理して具体的に考えていくと対処方法というものが容易に出て来ます。だから、私達が何かに取り組もうとした時に「なかなか難しいですね」という言葉によって脳の動きを停止してしまうというところがあるので、是非メシヤ様の具体的に薬一つ一つについてお調べになっているという姿勢をもって、今回そのように鑑みていくというような姿勢で拝読を重ねていただきたいと思います。」

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎冒頭メシヤ様が『凡ゆる病原が薬毒である事は、充分納得出来たであらうが』と尋ねておられるように、私達は「凡ゆる病原が薬毒であるのだ。」という事を納得し、しっかり腹に入れて『薬毒の種々相』に入っていくのだということ。

>「薬毒」と言っても昭和27年当時の薬毒というものと現在のそれを比べてみると、種類の多さによっては、何層倍も種類が増えているので、そのことによって起きてくる種々相というのがまだまだ拡がっているのだというふうに私達は考えなければならないのだということ。

>そのように考えた上で、私達はメシヤ様が取り上げて下さった『薬毒の種々相』を拝読しつつ、現代に於いて様々起きてくることを判断していくという姿勢で生活をさせていただくのだということ。

◎例えば便秘に付いての話のように、メシヤ様は様々な情報を収集されていたので、信徒である私達もメシヤ様に神ならって、様々な情報を収集しながら御教えを基に考えていくという訓練をしていくのだということ。

>それから、メシヤ様は薬の種類について多いと書かれていると同時に一々調べていらっしゃるので、メシヤ様の弟子となった場合には、物事を具体的に調べていくという、そういう良い癖を付けていくのだということ(メシヤ様に近づいていくということは、そういうことが必要なのだと捉えるのだということ)。

◎私達は、何かに取り組もうとした時に「なかなか難しいですね」という言葉によって脳の動きを停止してしまうところがあるが、そういう状況の時には、(メシヤ様の情報を収集されたり、一つ一つを丁寧に御調べになる御姿勢を鑑みて)「その中の何が難しいのか?」というのを遡って考えたり、あるいは置かれている状況を少し整理して具体的に考えていくと、対処方法というものが容易に見つかるのだということ。

>今回は、メシヤ様が情報を収集されたり、一つ一つを丁寧に御調べになる御姿勢を鑑み拝読を重ねていくのだということ。

 

「メシヤ講座no.157大阪(平成26年2月分)」より抜粋つづき:

情報収集の概論

楳木先生:

それから、駆黴薬が脳を侵して精神異常を来たすということも書かれております。これは、現代では駆黴薬というのは中々我々にはほぼ触れるということはないですし、テレビや新聞から入ってくるという情報もありません。しかし、今から十数年前にO-157というのに感染したためにお亡くなりになった方々が大勢いらっしゃいました。大勢お亡くなりになったんですけれども、亡くなった人はみんな抗生物質を投与された方々でした。薬が腎臓機能を不全にさせて、ほとんどの人が腎不全でお亡くなりになっております。ですから、O-157で亡くなったと思うとO-157は怖いんだということになりますけれど、O-157は、しばらく下痢をしておけば大体治っていく菌ですので、これを早く済ませようということで薬を入れてしまうと、その薬が腎臓を侵して腎不全になって死んでいくということが起きてきます。メシヤ様はここは『大発見』というふうに仰っておられます。駆黴薬が脳に上がって脳を侵すということを大発見と仰っておられますので、要は、薬が人体に及ぼす影響というものをメシヤ様が細かく調べていくうちに、結局病気を治そうとする薬が、体を侵していくというところに、だんだんと結論付かれていかれたということが分かる大変いい項目であろうかと思いますので、メシヤ様が一男性として努力され、ずっと薬毒論を積み上げてきた、そういう姿勢を今回は受け止めることができるようになって、そこに一歩でも近づいていけるような信仰生活を営んでいただきたいと思います。

今月はそうしたメシヤ様の何事にも対する御姿勢も併わせて受け止めながら『薬毒の種々相』を拝読をしていただきたいと思います。そして昭和27年当時と現代の薬毒の種類というのは、もう比べ物にならない程多くの種類ができている。しかもその種類が薬だけではないということですね。

さっきも支部長代理と祭典前に話してたんですけども、いわゆる自然交配で歴史の中で人口が増えてくると稲の米粒も増えてくる。これは、自然交配で増えてくるんですけども、美味しいお米を作ろうとか害虫に強いお米を作ろうとか、そういうことで人工交配をしていきます。初期の人工交配は自然の理に適った人工交配(美味く粒不揃いの固定種)をやってた訳なんですけども、最近は(雑種強勢に優れたF1種のサラダゴボウをつくるために)遺伝子組み換えになってきている。輸入品の遺伝子組み換えは放射線だけでなくさらに化学薬品でするようになっている(突然変異育種、有機栽培堆肥にも使用可)ということで、現代の我々が見つめる食べ物とか口に入れるものというのは非常に複雑になっている部分があります。

幸い我々は自然農法のお米を手に入れることができて、できるだけ安全な調味料とかを使おうとしているので、まだ自分達の生活は安全なんですけれども、今、人類が生活をしている社会というのは大変複雑な薬が行き渡ってきている時代になってきておりますので、薬毒の種々相というのはこれくらいのものではないという時代を迎えております。やはり、メシヤ様に神ならって、情報を絶えず収集しながら生活をさせていただかなければいけないということになってきます。

楳木先生:

それでは御教えの中身及び「メシヤ講座・特選集」、それから日常的のことで、何かあったら尋ねていただきたいと思います。」

(後文割愛)

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎メシヤ様は「駆黴薬」が脳を侵して精神異常を来たすと仰っていますが、現代の私達は「駆黴薬」にはほぼ触れるということはないのだということ。

>しかし、今(平成26年当時)から十数年前にO-157というのに感染したために大勢の方がお亡くなりになった。その亡くなった人はみんな抗生物質を投与された方々で、薬が腎臓機能を不全にさせて、ほとんどの人が腎不全で亡くなっているのだということ。

>O-157で亡くなったと思うとO-157は怖いんだということになるが、(O-157は、しばらく下痢をしておけば大体治っていく菌なのだが)、これ(辛い症状)を早く済ませようということで薬を入れてしまうとその薬が腎臓を侵して腎不全になって死んでいくということが起きてくるのだということ。

◎メシヤ様は「駆黴薬」が脳に上がって脳を侵すということを『大発見』だと仰っているのだが、その事はメシヤ様が、人体に薬が及ぼす影響を細かく調べていかれる内に、病気を治そうとする薬が、結局は体を侵していくのだというところに結論付かれたのだということ。

>「駆黴薬」に付いては、「病気を治そうとする薬が、結局は体を侵していくのだ。」ということが分かる大変いい項目なのだということ。

◎今回の御論文から私達は、メシヤ様がずっと薬毒論を積み上げられ努力されてきたその御姿勢を受け止め、これからはメシヤ様のその御姿勢に一歩でも近づいていけるような信仰生活を営んでいくのだということ。

>今回は、メシヤ様のそうした何事にも対する御姿勢を併わせて受け止めながら『薬毒の種々相』を拝読するのだということ。

◎私達が「薬毒の種々相」を考える上に於いて、昭和27年当時と現代の薬毒の種類というのは、比べ物にならない程多くの種類ができていて、しかもその種類は薬だけではないのだということを知っておくべきなのだということ。

>今私達が生活をしている社会というものは、大変複雑な薬が蔓延していて、現代の「薬毒の種々相」については、御教えに書かれている事柄とは比べ物にならない時代を迎えている(そのような時代だからこそ私達は、メシヤ様に神ならって、絶えず情報を収集しながら生活をしていかなければならない)のだということ。

 

「メシヤ講座no.157大阪(平成26年2月分)」より抜粋つづき:

その時代時代に必要な宗教

受講者:

ちょっとお聞きしたいんですが「メシヤ講座・特選集(no.156へ)」の中の初めの方にですね、「更に、豚を食べないとする戒律や輸血を拒否する姿勢は、それ自体純粋性を持っていますが、更に『創造主は必要があって創唱の御啓示を許可された』と受け止めることができるならば、学ぶ姿勢を以って接することができます。」ということで、え~とだからその宗教を、豚とかも食べない戒律なんだけれども、まぁそういう創唱宗教を神様が許されたということを受け止めることができるならば、学ぶ姿勢を以って接することができます…という、ちょっと分かるような気がするんですけれども…。

楳木先生:

いや、非常にいい着眼点だと思う。それは先月の質問から続いているわけなんです。」

受講者:

あ~そうですか。

楳木先生:

先月の質問覚えているでしょ。」

受講者:

はい。それがだいたい分かってきましたけれども、はい。

楳木先生:

そこで、先月の質問(「メシヤ講座no.156大阪(平成26年1月分)」へ)の一番大事なことは、主神様の許可が出たから、大國主尊様が閻魔大王になってるわけです。もともと國常立尊様が閻魔大王だったんだけども、今大國主尊様が閻魔大王だったと、こういうふうにおっしゃっているのは、これは主神様の許可がない限り、そういうことはないから、だからそういう主神様の許可の基に、そういう霊界の裁きを担う神様が決まってくわけなんです。

だから、その上に今回○○さんが読んだところを考えてみると、マホメット教の創唱を許したのは主神様がマホメットに許可をしたから出たわけでしょ。しかし、マホメットはもともとキリスト教の思想の中から、キリスト教は人間は最高最貴の存在なので、絶対的な支配者になるというのがあるので、人間は強い存在だという考え方が根底にある。これに対して、マホメットは人間は弱い存在であるというふうに捉えて、人間は弱いから戒律を作って守っていかないといけない、ということの中の一つが、豚を食べないという・・。何故豚を食べないかというと、豚は雑食だから人間には危ないということで食べさせなかった。アルコールが入っているものも食べさせなかったのは、アルコールは人間の正しい判断を鈍らせるという働きがあるので、アルコールは禁止になっているわけなんです。

そういうことからいくと、「人間」をどのように見ていくかということが、後々の宗教の研究の中で分かってくる・・その分かってきた時期が今なわけです。

エホバの証人は輸血ができないでしょ、だから社会的には問題になっていると・・。交通事故で死にかけた人は「いやうちは輸血が禁止ですから」ということで輸血を受けなくて子供を死なせたりしているということは社会的に問題になっているけども、実はこの輸血というのは主神様の御立場からすると絶対あってはいけないということになっている。

(後文割愛)

だから実はそういうことを分からせるためにエホバの証人も創唱を許したということ。そういうふうに考えていってもらう土台にしてもらいたいということが、今回の「主神様とメシヤ様」の出版の一番根っ子にあるんですよ、ということがここの一文の中には込められている。だけどそこまで書くとまだ時期尚早なので、論議が深まる中で書いていった方がいいだろうということで、そこまでは書いてない。「学ぶ姿勢で接することができる」というような言い回しで書いているということです。」

受講者:

分かりました。

(後略)

 

責任者:

ここでは、書籍『主神様とメシヤ様』の「はしがき」に付いての御説明をいただいております。宗教というものに付いての考え方を御教示いただいておりますので、「メシヤ講座・特選集no.156(平成26年1月分)」と共に拝読されてみて下さい。

 

編集後記

責任者:

今回は、御教えの冒頭でメシヤ様が『凡ゆる病原が薬毒である事は、充分納得出来たであらうが』と尋ねておられるように、私達は「凡ゆる病原が薬毒であるのだ。」という事をしっかりと納得し肚に落とした上で 『薬毒の種々相』を拝読しなければならないのだということ。そして、和27年当時の薬毒と現在のそれを比べてみると、種類の多さによっては、何層倍にも種類が増えているので、そのことによって起きてくる「種々相」というのは、当時と比べ物にならないくらいに大変増えているのだというふうに考えながら拝読しなければならないのだということ。又、メシヤ様の御姿勢に神ならって、絶えず情報を収集しながらの生活に努めていくのだということを御教示いただきました。今月は、御教示いただいた事柄を頭に置いて過ごして行こうと思います。春とはいえ花冷えの日もございます。どうぞご自愛ください。有難うございました。

 

 

※責任者より

引用したメシヤ様の御教え、「メシヤ講座」は当時の文章をそのまま抜粋させていただいています。下線や太字の表記、()内の表記、御教えの典拠は、責任者が加筆しております。ご了承ください。

 

引用した「メシヤ講座」全文はこちらから覧いただけます。

メシヤ講座no.157大阪(平成26年2月分)

 

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