『はしがき』

自観叢書第5篇、昭和24(1949)年8月30日発行

私は日本流に数えて今年六十八歳となるが今日まであらゆる世の中の辛酸は嘗(な)め尽したつもりである。恐らく私ほど異色ある波瀾重畳の境遇を経たものはあまりあるまい。ある時は高い山の上に乗せられたかと思うや、たちまちにして谷底へ突落され、そうかと思うとまた高い山の上に乗せられるというように、実に千変万化極りなき、数奇の運命を究めたもので、世間並的ではなかった。人よりもおもしろい事もあったし、また辛い苦しい事もあった。それらの経験の中から掴(つか)み出した、なるべく興味あり心の滋味となるようなものを、想い出すまま書き綴って一冊の著書としたので、処世上何かに役立てば幸いである。