「世の終り」昭和26(1951)年
たいぼうのちじょうてんごくあるるまであらしもふかんなみもあれなん
待望の地上天国生るるまで嵐も吹かむ波も荒れなむ
てんごくのうぶごえいまやあげんとしよはじんつうのなやみのなかなり
天国の産声今や挙げむとし世は陣痛悩みの中なり
ながきよをつもりつもりしちりあくたきよめてあれんちじょうてんごく
長き世を積りつもりし塵芥浄めて生れむ地上天国
「救ひの業」昭和26(1951)年
けがれおおきひとをきよむるわざこそはまことのすくいのみちにぞありける
穢れ多きひとを浄むる業こそは誠の救ひの道にぞありける
ちえやがくいかにありとてわかるまじかみのしくみのおくのおくがは
智慧や学如何にありとて判るまじ神の仕組みの奥の奥がは
「地上天国」昭和26(1951)年
いままでのぶんかはじごくのぶんかなりわれはつくらんてんごくのぶんかを
今迄の文化は地獄の文化なり吾は造らむ天国の文化を
ぶつのよはすみきわまりてまちのぞむみろくのみよはうまれんとすも
仏の世はすみ極まりて待ち望む弥勒の御代は生れんとすも