『馬鹿正直』

自観叢書第5篇、昭和24(1949)年8月30日発行

こういう事があった。私は二十五歳の時に世帯を持ったが、その時親戚の中に苦労人がいた。その人のいわく。「お前のような馬鹿正直の人間は世の中へ出たところで成功しっこない。なぜなら、今の世の中で成功する奴は嘘をうまく吐き、三角流でなくては駄目だ」と散々言われたので、私もなる程と思い、独立してから一生懸命嘘を巧くつくように努めてみたがどうもうまくゆかない。そればかりではない。常に心の中は苦しくてならない。その結果「俺という人間は嘘は駄目だ。成功しなくてもいいから本来の正直流でやろう」と決心し正直流で押し通した。ところがこれは意外実にうまくゆく、気持がいい、人が信用する、という三拍子揃ってトントン拍子に発展し、ついに一文なし同様の小商人から十年位経た頃、当時としては異数の成功者と言われた程で、十数万円の資産家になったのである。それから今日まで正直流で押し通して来た。これも若い人の参考になると思うからかいたのである。