『正直と嘘』

自観叢書第5篇、昭和24(1949)年8月30日発行

正直にする方がいいか嘘をつく方がいいかといえば、正直にする方がいいという事は余りにも明らかである。しかしながら世の中の事はそう単純ではないから正直でなければならない場合もあり、嘘をつかねばならない場合もある。この区別の判り得る人が偉いとか利巧とかいう訳になるのである。しからば、その判断はどうすればよいかというと、私はこう思うのである。まず原則としては出来るだけ正直にするという事であるが、しかしどうしても正直に出来得ない場合、例えていえば病人に接した時、「あなたは影が簿いから、そう永くはあるまい」などと思っても、それは反対に嘘をつく方がよいので、否嘘をつかない訳とはゆかないであろう。ところが世間には苦労人などと言われる人で、案外嘘をつきたがる人がある。そうしてつくづく世の中の事を見ると嘘で失敗する場合は非常に多いが、正直で失敗するという事は滅多にないものである。