研鑽資料no.87(2022年5月)

5月の学び

はじめに

責任者:

風薫るさわやかな季節になりましたが、皆様にはいかがお過ごしでしょうか。今年は3年振りに行動規制なしのゴールデンウィークになり、大勢の方々が外出を満喫されている様子をテレビで拝見し、コロナ禍前の日常に戻りつつあるのだろうと嬉しく感じておりました。

さて、今回も引き続き、「文明の創造、総篇」より学んでいきたく思います。どうぞ、よろしくお願いいたします。

 

「メシヤ講座no.124三重(平成23年5月分)」より抜粋:

<今月の御教え>

『悪と守護霊』

「文明の創造、総篇」昭和27(1952)年

前項の如く、現在迄必要であった悪が、不必要になったとしても、そう容易(たやす)く追放される訳にはゆかないが、それに就(つい)ての神の経綸は寔(まこと)に幽玄微妙なるものがある。之は追々説いてゆくが、茲(ここ)で前以て知らねばならない事は、抑々(そもそも)宇宙の構成である。言う迄もなく宇宙の中心には太陽、月球、地球の三塊が浮在してゐる。そこで此(この)三塊の元素を説明してみると、太陽は火素、月球は水素、地球は窒素といふやうになってをり、此(この)三元素は勿論各々の特質を有ち、夫々の本能を発揮してゐるが、右(上記)の中の火素、水素の二精気が密合して大気となり、地球を囲繞(いじょう)しつつ、一切万有の生成化育を営んでゐるのである。

そうして地球上のあり方であるが、之は陰と陽に別けられてゐる。即ち陽は火の精、陰は水の精であって、火は経に燃え、水は緯に流れてをり、此(この)経緯が綾状になって運動してゐる。此(この)状態こそ想像もつかない程の超微粒線の交錯であって地上或程度の高さに迄達してをり、之が空気の層であり、大気でもある。右(上記)の如く陽と陰との本質が具体化して、火水、熱冷、昼夜、明暗、霊体、男女等々に表はれてゐるのである。又之を善悪に分ければ陽は霊であり善であり、陰は体で悪である。此(この)意味に於て善も悪も対照的のものであって、之が大自然の基本的様相である。

此(この)理は人間を見ても分る如く、人体は見ゆる肉体と、見へざる霊の二元素から成立ってをり、体と霊とは密接不離の関係にあって、人間が生命を保持してゐるのも此(この)両者の結合から生れた生命力によるのである。処が茲(ここ)に一つの法則がある。それは霊が主で体が従であって、之は事実がよく示してゐる。即ち人間霊の中心である心に意欲が起るや、体に命令し行為に移るのであるから、霊こそ人間の本体であり、支配者であるのは明かである。そこで霊は何が故に悪心を起すかといふと、之が最も重要なる焦点であるから詳しくかいてみるが、それにはどうしても宗教的に説かねばならないから、其(その)つもりで読まれたい。といふのは善悪は心の問題であるからである。

偖(さて)愈々本論に移るが、右(上記)の如く人間は霊と体との両者で成立ってゐる以上、肉体のみを対象として出来た科学では、如何に進歩したといっても畢竟一方的跛行的であってみれば、真の科学は生れる筈(はず)はないのは分り切った話である。之に反し吾々の方は霊体両者の関係を基本として成立ったものである以上、之こそ真の科学でなくて何であらう。

以上の如く善悪なるものは心即ち霊が元であり、而も霊主体従の法則を真理として、之から解き進める説を充分吟味するに於ては、根本から分る筈である。処で先づ人間といふものの発生であるが、言う迄もなく妊娠である。之を唯物的にいへば男性の精虫一個が、女性の卵巣に飛込んで胚胎する。之を霊的に言へば神の分霊が一個の魂となって宿るのである。そうして月満ちてオギャーと生れるや右(上記)の魂以外別に二つの魂が接近し、(ここ)に三つの魂の関係が結ばれる。右(上記)の二つの魂とは一は副守護霊といって動物霊であり、多くは二、三才の頃に憑依する。今一つは正守護霊といって直接憑依はしないが、絶へず身辺に着き添い守護の役をする。勿論右(上記)の二霊共一生を通じて離れる事はないから、言はば人間は三者共同体といってもいい。其(その)様な訳で第一に宿った魂こそ本守護霊と言ひ、神性そのものであり、之こそ良心でもある。昔から人の性は善なりといふのは之を指すのである。第二の副守護霊とは右(上記)とは反対で悪そのものであるから、常に本守護霊の善と闘ってゐるのは誰も自分の肚の中を思へば分る筈である。第三の正守護霊とは祖霊中から選抜されたものであって、不断に其(その)人の身辺に附添ひ、守護の役目をしてゐる。例へば災害、危難、病気、悪行、怠慢、堕落等々、凡て其(その)人を不幸に導く原因を防止する。よく虫が知らせる、夢知らせ、邪魔が入る、食違ひ、間が悪いなどといふのがそれである。又何かの事情で汽車に乗遅れた為、危難を免れる事などもそれである、悪に接近しやうとすると故障が起き、不可能になったりするのもそれである。そうして本霊と副霊とは常に闘ってをり、本霊が勝てば善を行ふが、副霊が勝てば悪を行ふ事になるから、人間は神と動物との中間性であって、向上すれば神の如く、堕落すれば獣の如くになるのは世間を見てもよく分るであらう。では一体副霊とは何の霊かといふと、日本人は男性であっては天狗、蛇、狸、馬、犬、鳥類等の死霊が主で、其(その)他種々の霊もあり、女性にあっては狐、蛇、猫、鳥類等の死霊が主で、外にも色々な霊があり、又此(この)副守護霊以外臨時に憑く霊もある。斯んな事をいふと現代人は馬鹿々々しくて到底信じられまいが、之は一点の誤りなき真実であって、之が信じられないのは其(その)人は唯物迷信の為であるから此(この)迷信を一擲(いってき)すれば直に判るのである。何よりも人間は其(その)憑いてゐる動物霊の性質がよく表はれてゐるもので、注意すれば何人にも分る筈(はず)である。

右(上記)の如く臨時に憑く霊も、殆んどは動物霊であって、偶(たま)には人間の死霊もあり、極く稀には生霊もある。では臨時霊が憑く理由は何かといふと、言う迄もなく其(その)人の霊の清濁によるので、曇りの多い程悪霊が憑き易く、又元からの副霊の力も増すから、どうしても悪い事をするやうになる。此(この)理によって現代人の大部分は霊が曇り切ってゐるから、悪霊が憑き易く活動し易い為、犯罪が増へるのである。処がそれとは反対に神仏の信仰者は曇りが少なく、善行を好むのは魂が清まってをり、悪霊を制圧する力が強いからで、茲(ここ)に信仰の価値があるのである。従って無信仰者は平常善人らしく見へても、何時悪霊が憑依するか分らない状態にあるので、一種の危険人物といってもいい訳である。此(この)理によってより良き社会を実現するには、清い魂の持主を増やすより外に道はないのである。そうして本来魂なるものは一種の発光体であって、動物霊は此(この)光を最も怖れるのである。処が現代人の殆んどは魂が曇ってをり、動物霊といふ御客様は洵に入りいいやうになってゐるから、忽ち人間は躍らせられるので、百鬼夜行の社会状態になってゐるのも当然である。而も其(その)様な事に盲目である為政者は、只法と刑罰のみによって悪を防止しやうとしてゐるのであるから、全然的を外した膏薬張で効果の挙がる筈(はず)がないのである。何よりも国会を見ても分る如く、殆んどの議案は法律改正と追加といふ膏薬製造法であるから、之を常に見せつけられる吾々は、其(その)無知に長大息を禁じ得ないのである。

以上の如く悪なるものは大体判ったであらうが、此(この)根本解決こそ信仰以外にない事は言うまでもない。併し単に信仰といっても其(その)拝む的である神にも上中下の階級があり、それが百八十一級にも及んでゐると共に、正神と邪神との差別もあるから、之を見別けるには相当困難が伴ふのである。世間よく熱烈な信仰を捧げても思うやうな御利益がなく、病気も治らず、行ひも面白くない人があるが、それは其(その)的である神の力が弱く、邪神の活動を阻止する事が出来ないからである。而も困る事には此(この)状態を見る世人は、之こそ低級な迷信と思ひ、偶々本教の如き正しい宗教を見てもそれと同一視するのであるから実に遺憾に堪へないのである。そうして昔から一般人は神とさへ言へば、只尊いもの有難いものと決めて了ひ、差別のあるなど知らない為、甚だ危険でもあった。尤も今日迄最高神の宗教は全然現はれなかったからでもあるが、喜ぶべし茲(ここ)に最高神は顕現され給ふたのである。

それが為今日迄の神は仮へ正しく共次位の階級であるから、其(その)力が弱く正邪相争ふ場合一時的ではあるが悪の方が勝つので、之を見る人々はそれに憧れ、真似しやうとする。特に野心あり力量ある者程そうであるのは、歴史を見ても分る通り、幾多英雄豪傑の足跡である。成程一時は成功しても最後は必ず失敗するのは例外がないのである。之を霊的にみると其(その)悉くは邪神界の大物の憑依であって面白い事には最初はトントン拍子にゆくので有頂天になるが、それも或程度迄で必ず挫折する。そうなると憑依霊は忽ち脱却して了ふ。吾々の知る範囲内でもカイゼル、ムッソリーニ、ヒットラーの如きがそうで、失敗後は人が違ふかと思ふ程痴呆暗愚的に気の抜けたやうになったが、之は大きな邪霊が抜けた後は誰でもそうなるものである。そうして驚くべき事は邪神界の総頭領は、今から二千数百年前、世界の覇権を握るべく、周到綿密にして永遠な計画を立て、現在迄暗躍を続けつつあるが、正神界の方でも之に対立し戦ってゐるのである。其(その)神としてはキリスト、釈迦、マホメット、国常立尊の系統の神である。

以上の如く主神は正神と邪神とを対立させ闘争させつつ文化を進めて来たのであるが、其(その)結果遂に邪神の方が九分九厘迄勝ったのが現在であって茲(ここ)に主神は愈々一厘の力を顕現され、彼等の大計画を一挙に転覆させ給ふ、之が九分九厘と一厘の闘ひであって、今や其(その)一歩手前に迄来たのである。従って此(この)真相を把握されたとしたら、何人と雖も翻然と目覚めない訳にはゆかないであらう。

 

人間本来の魂は発光体である

楳木先生:

今回の御教えでは、メシヤ様は明確に書いて下さっておられますので、人間という存在はこういう形で成り立っているのか、形成されているのか、ということを良くわかって置いて頂きたいと思います。

そして、最も大切なことは、人間本来の魂は発光体である、と記述されています。その発光体、すなわち光だから動物は恐れるのです。しかし、現代人はあまり恐れられていない。それは魂が光っていないから、現代人はね。そこへゆくと、我々はメシヤ様と直に繋がる努力を日々重ねているので、我々の魂はね、光っています。

しかし、もうひとつは問題なのは、いわゆる動物を可愛がりすぎると、今度は動物と人間のレベルが同等化してしまいます。動物の位に人間が近づいて行ってしまうと良くないので、どこまでも自分側に動物を引き上げるような努力をして置いて頂きたいと思います。

これが今回メシヤ様がお説きくださっている中から、特に強調しておきたいと思います。

だから、良くカラスにゴミを悪戯される時に人間が近づいて行ってもカラスは平気で悪さをしています。その時に人間が叱りつけるようなことをしないので、カラスは図に乗ってやっているわけなのです。こういう所は人間が弱くなって動物に近づいているために、言霊の力を発揮できないようになってしまっていますので、今回の所を拝読しながら、そういったことをしっかり受け止めて置いて頂きたいと思います。」

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎今回の御教えでは、人間という存在の成り立ちや、人間はどのように形成されているのかということについて、メシヤ様は明確に書いて下さっておられるので、その部分を良く理解しておくのだということ。

◎最も大切なことは、〝人間本来の魂は発光体である”のだということ。

○〝人間本来の魂は発光体である”ので、動物は人間をおそれるのだということ。

○現代人は魂が光っていないので、動物にあまり恐れられていないのだということ。

○動物を可愛がりすぎると、動物と人間のレベルが同等化してしまう(動物の位に人間が近づいて行ってしまう)と良くないので、どこまでも人間側に動物を引き上げるような努力をするのだということ。

 

「メシヤ講座no.124三重(平成23年5月分)」より抜粋つづき:

メシヤ様は最高神顕現の喜びを持って「文明の創造」をお書きになられた

楳木先生:

それから御教えの最後の所で

『尤(もっと)も今日迄最高神の宗教は全然現はれなかったからでもあるが、喜ぶべし茲(ここ)に最高神は顕現され給ふたのである。』とお書きになっておられます。

『文明の創造』をメシヤ様がお書きになったのは、この『最高神が顕現され給ふた』ことを喜びを持ってお書きになられたのだ、と拝察できます。そこで、私達自身もその喜びを受け止めて、改めて「文明の創造」を拝読するということが大事だと思いますので、ここの箇所をしっかり拝読して頂きたいと思います。

それから今、全国で本来の信仰から立ちあがろうとして○○教団からメシヤ教に御縁を頂かれる方が増えておりますけども、本来の御神業を進めようとすると場合によっては○○教団のやり方を批判したりすることになり、それから、そちらの活動から抜ける形になると、必ず向こうは「正邪の闘い」と言って抜けた人を邪神扱いします。しかしその時に一番大事なことはここにですね、次の箇所ですが、『そうして驚くべき事は邪神界の総頭領は、今から二千数百年前、世界の覇権を握るべく、周到綿密にして永遠な計画を立て、現在迄暗躍を続けつつある』とあります。

邪神界の総頭領は、暗躍を続けているのです。その暗躍に乗じられているところはどちらか、ということをいつも正しい目で見ておかないといけないですね。

どのような理由を持ってしても、薬を飲ませつつ浄霊をするということは、暗躍ですから。これは、邪神界の。その暗躍を如何にも正しいことのように伝えて行くということが向こうのやり方ですので、そこから縁を切って行かねばなりません。」

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎メシヤ様は、〝『最高神が顕現され給ふた』ことに喜びを持って”「文明の創造」をお書きになられたのだと拝察できるのだということ。

○私達も、メシヤ様の喜び(『最高神が顕現され給ふた』ことに対する喜び)を受け止めて、改めて「文明の創造」を拝読するということが大切なのだということ。

◎本来の信仰から立ちあがり、本来の御神業を進めようとするときに、相手(向こう)は「正邪の闘い」と言って抜けた人を邪神扱いしたりするが、ここで大切なことは、邪神界の総頭領は、暗躍を続けているので、その暗躍に乗じられているところはどちらか、ということをいつも正しい目で見ておかないといけないのだということ。

◎どのような理由を持ってしても、薬を飲ませつつ浄霊をするということは、邪神界の暗躍なのだということ。

○薬を飲ませつつ浄霊をするという暗躍を、如何にも正しいことのように伝えて行くということが向こうのやり方なので、そこから縁を切って行かねばならないのだということ。

 

「メシヤ講座no.124三重(平成23年5月分)」より抜粋つづき:

メシヤ様と御尊称させていただくことで正神界が強烈になる

楳木先生:

その次の箇所、『正神界の方でも之に対立し戦ってゐるのである。其(その)神としてはキリスト、釈迦、マホメット、国常立尊の系統の神である。』という箇所です。

とりわけ何故メシヤ様と尊称しない人が多いのかというと、メシヤ様とお呼びさせていただいた場合、この国常立尊様の御働きが前面にバーッと出てくるので、正神界が非常に強烈になってきます。それを阻止するためにメシヤ様とお呼びしないわけですね。

ですから、メシヤ様と尊称させていただくことを止めようという働きは、この正神界の働きを止めようとしているということです。

そういうような教団の上層部の人達の動きを冷静に分析しながら対応していくように私達はして行きたいと思います。このあたりのことは非常に重要なことをお書きになっておられますので、繰り返し繰り返し、この部分は拝読しておいて頂きたいと思います。

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎メシヤ様とお呼びさせていただいた場合、国常立尊様の御働きが前面に出てくるので、正神界(の働き)が非常に強烈になるので、それを阻止するためにメシヤ様とお呼びしないのだということ。

◎メシヤ様と尊称させていただくことを止めようという働きは、この正神界の働きを止めようとしているということなのだということ。

 

「メシヤ講座no.124三重(平成23年5月分)」より抜粋つづき:

今一歩踏み込んでいただきたい

楳木先生:

そして最後の段落にいきますと、『以上の如く主神(すしん)は正神と邪神とを対立させ闘争させつつ文化を進めて来たのであるが、其(その)結果遂に邪神の方が九分九厘迄勝ったのが現在であって、茲(ここ)に主神(すしん)は愈々(いよいよ)一厘の力を顕現され、彼等の大計画を一挙に転覆させ給ふ、之が九分九厘と一厘の闘ひであって、今や其(その)一歩手前に迄来たのである。従って此(この)真相を把握されたとしたら、何人と雖(いえど)も飜然(ほんぜん)と目覚めない訳にはゆかないであらう。』と締めておられます。

一歩手前に来たのが昭和27年でしたが、また今逆行させられております。暗躍に乗じられて。だから一歩手前にまで来たのですから、一歩みんなに踏み込んで頂きたいと思います。今回この御論文を拝読して意識しておいて頂きたいことを最初にお伝えしましていつものように質疑応答に移りたいと思います。」

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎〝彼等(邪心)の大計画を一挙に転覆させ給う” 一歩手前に来ていたのが昭和27年だったのだが、今は(邪心の)暗躍に乗じられて逆行させられているのだということ。

◎昭和27年に一歩手前に来ていたのだから、私達は(前進させる為にも)一歩踏み込まなければならないのだとういこと。

 

「メシヤ講座no.124三重(平成23年5月分)」より抜粋つづき:

国常立尊様の系統の神様のお働きについて

受講者:

『其(その)神としてはキリスト、釈迦、マホメット、国常立尊の系統の神である。』とあり、みろく大御神様とは仰っておられないですね。正神界、邪神界の闘いとなると国常立尊様の系統の神様がお働きになられるのですか。

楳木先生:

御神体としてお書きになられた時は「光明如来様」「大光明如来様」で終わっておられますね。それで大光明如来様となると観音様のお働きですけども国常立尊様のお働きとはちょっと違います。だから、メシヤ様ご自身がメシヤと成られた時にはその働きが強烈になってくると仰っておられますので、そのお働きを弱めたいということで教団紛争とかがずーっと続いている、というふうに解釈できるのではないでしょうか。

受講者:

「メシヤ様」と御尊称申し上げますと国常立尊様のお働きが強くなられるので非常に厳しくなられるということですね。

楳木先生:

○○教団もその役割を持って出て来ましたから、中村総長時代は「けじめをつける」と言っておられました。しかし総長がお亡くなりになったので、「けじめをつける」と言う人が居なくなってしまった。「けじめをつける」と言う人は皆排除されてしまった。けじめ論がなくなり光るものがなくなってしまった。」

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎メシヤ様ご自身が、メシヤと成られた時には、その働き(国常立尊様のお働き)が強烈になってくると仰っておられますので、そのお働き(国常立尊様のお働き)を弱めたいということで教団紛争とかがずーっと続いているというふうに解釈できるのだということ。

 

「メシヤ講座no.124三重(平成23年5月分)」より抜粋つづき:

人間は憑(つ)いてゐる動物霊の性質がよく表はれる

受講者:

『之が信じられないのは其(その)人は唯物迷信の為であるから此(この)迷信を一擲(いってき)すれば直(じき)に判るのである。何よりも人間は其(その)憑(つ)いてゐる動物霊の性質がよく表はれてゐるもので、注意すれば何人にも分る筈(はず)である。』 とありますが、『注意すれば何人にも分る筈』というのはどのようにわかるのでしょうか。

楳木先生:

一番わかりやすいのはお酒を飲ませたらわかるね。まず、飲める人と飲めない人ね。酒が好きな動物霊と酒が嫌いな動物霊で違いが出てきます。酒が嫌いな動物霊がついた人は飲めないでしょう。それから飲んだらすぐに眠たくなる人とか。説教したくなるかとか。」

受講者:

眠たくなるのは何の動物霊ですか。

楳木先生:

これは狸の霊です。」

受講者:

えー。狸ですか。

楳木先生:

眠くなるか、ポンポコ叩きたくなるかだね。にぎやかになるのも狸の性格だね。その一方では狸寝入りと言うでしょう。」

受講者:

あー。なるほど。

受講者:

説教したくなるのは?

楳木先生:

説教は天狗でしょう。それから講釈を垂れるのは烏天狗ですね。天狗は威張って話すでしょう。烏天狗はね、講釈を垂れる。「これはこういう意味があるからこうなんだよ。だから君の言っていることは間違っている」というふうにね。酒を飲むと講釈を垂れる人がいるでしょう。」

受講者:

飲ませればわかるという事ですね。

楳木代表

だから飲まない人は、そういう系統の動物が副守護神についているということです。鳥とかは酒を飲まないでしょう。猫もあまり飲まない。それから犬とかもあまり飲まないでしょう。」

受講者:

体質的に飲んだ酒を分解できない人もいますが・・

楳木先生:

うん、それはね物質的に見た時です。肝臓のアルコールの分解酵素が弱いということなのですね。

それと動きとか見ていると大体分かるでしょう。仕草とか。酒を飲まなくても。」

受講者:

動き?

楳木先生:

すーと動く人と、のさりのさりと動く人と。」

受講者:

副守護神は変わるのですか。

楳木先生:

特別な使命があれば変わることもあるでしょうけど殆どは変わらないですね。」

楳木先生:

メシヤ教は最初からトントン拍子にはいかなかったから、邪神界ではないとわかるでしょう。」

受講者:

邪神界の統領がついていると有頂天になって・・

楳木先生:

そうそう、すぐ有頂天になってね。メシヤ教は最初はこれでもかこれでもかという位増えなかったからね。」

受講者:

やはりこつこつ少しずつやるのが一番ですか。

楳木先生:

メシヤ様の教えでもね、最初は全く駄目でも、それを辛抱してやっているとそれに神様がお働きくださるとね。私達は、そのとおりに動いていくしかないのでね。だからどこの支部もトントンと発展はしない最初からはね。辛抱して辛抱して、そして中心になる人が育っていって本物になった時にね・・そうしないと一挙に増えたら碌な支部にならないでしょう。しっかりした信仰が皆に根差して、そして増えていかないと。」(後文割愛)

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

○メシヤ教はトントン拍子に発展しなかったから、邪神界に属していないとわかるのだということ。

◎御教えにあるように、トントン拍子に(支部などは)発展しないのだということ。

 

「メシヤ講座no.124三重(平成23年5月分)」より抜粋つづき:

邪神界の周到綿密な計画とは

受講者:

邪神界の総統領の箇所『そうして驚くべき事は邪神界の総頭領は、今から二千数百年前、世界の覇権を握るべく、周到綿密にして永遠な計画を立て、現在迄暗躍を続けつつある』というのは神様の御経綸でしょうか。

楳木先生:

用意周到の綿密なる計画は何かというと、素盞嗚尊(すさのをのみこと)が押し寄せて来たでしょう、日本に。この神様に日本の皇位を譲るように迫って、その当時日本を治めていた伊都能売神皇(いづのめしんのう)を貶(おとし)めて国外に追放しておいて、そして一旦治めさせたわけですよ。そして素盞嗚尊(すさのをのみこと)が琵琶湖より西を治めて、天照皇后が琵琶湖より東を治めた。しかしその後も、素盞嗚尊(すさのをのみこと)は天照皇后に皇位を譲るように迫った。そして天の岩戸に押し込めてしまった。その後、素盞嗚尊(すさのをのみこと)が酒と女に狂ったので治世が乱れてしまった。

その間何百年間じーっと高千穂に潜んでいた。それが用意周到綿密なる計画ですよ。それから一挙に宮崎から出てきて日本を制覇して、神武天皇として即位したわけです。で即位してから日本の国家を治めていくために、中国から漢字を取り入れた。そして漢字とひらがなでもって日本語を形成していくのと同時に、この頃から薬を飲ませ始めました。薬を飲むことによって記憶力が非常に低下したので漢字とひらがなによって記録させるようにしたため日本人の記憶力は益々悪くなっていった。

そういうふうにして日本人を奴隷化してきたのが、この「綿密」に続けてきた内容なわけです。

そして、九分九厘と言った時に今九分九厘になっているのは何かというと日本人が痴呆的になっているわけです。今回の大地震なんかでも良くわかるでしょう。テレビの報道を見ていると。2,3種類のコマーシャルしか流さなかった。単純なコマーシャルに変えてしまった。それで日本人は一挙に思考停止させられました。こういうふうな状況に持ってきたという事が九分九厘まで来ているということですよ。

メシヤ様はもう昭和27年に日本人を覚醒させるためにこのような御論文をお書きになられたけども、弟子たちがまだまだそういうことの認識が弱かったために、その御神業を一手に担う事ができなかった。それで今日までだーっと流されてきてしまった。

ですからこの「文明の創造」を出すことによって皆の魂を覚醒させていかないといけません。そうしないと地上天国建設ということはできないのだと。我々はそういう立場に立って「文明の創造」を発刊しようとしているのだ。そういうふうに考えていただければ大変有り難いと思います。」

受講者:

二千数百年前ということですから、西暦2011年は、神武天皇即位紀元(皇紀)2671年ですから合いますね。それで、神武天皇の系統で天皇は続いてきますけども、何人かの大和民族系の天皇が現れたということですね。

楳木先生:

うん、霊統的にはね。だから一番最後に出てくる『キリスト、釈迦、マホメット、国常立尊の系統の神である』というところと2600年間の流れと言うのはね、伊都能売神皇はインドまで下って行って御釈迦様に教えを垂れて御釈迦様を正神界の方へ立ちあがらせて、そして仏教を広めさせて最低限の良心を日本人に留めさせたということです。

そして、次にキリスト教を入れてきて、キリスト教を背景にしてきた民主主義というものを創りだした。ですから正神界はさらに、本当の民主主義まで純化させていくというそういう取組をして行かないといけません。これだけ広大な計画というものを今掌握し、進むべき道筋もわかっているのはメシヤ教だけじゃないかと思います。どの教団も迷い子みたいになってしまっているでしょう。形は大々的にやってはいますけどね。」(後文割愛)

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎メシヤ様は、昭和27年に日本人を覚醒させるためにこのような御論文(「文明の創造」)をお書きになられたのだけれども、弟子たちの認識が弱かったために、その(〝邪心の大計画を一挙に転覆させ給う”という)御神業を一手に担う事が出来ず、今日まで流されてきてしまったのだということ。

◎上記のようなことを認識した私達は、この「文明の創造」を世に出すことによって皆の魂を覚醒させていかないといけないし、そうしないと地上天国建設ということはできないのだということ。

○伊都能売神皇はインドまで下って行って御釈迦様に教えを垂れて御釈迦様を正神界の方へ立ちあがらせて、仏教を広めさせ最低限の良心を日本人に留めさせたとのだということ

◎そして、次にキリスト教を入れてきて、キリスト教を背景にしてきた民主主義というものを創りだしたので、今後正神界は‶本当の民主主義まで純化させていく”という取組をして行かないといけないのだということ。

◎楳木先生は、今後の進むべき道筋がわかっているのは、メシヤ教だけじゃあないかと思われていたのだということ。

 

「メシヤ講座no.124三重(平成23年5月分)」より抜粋つづき:

封建制度の滓(かす)とは

受講者:

封建制度の滓(かす)というのはどういうことでしょうか。

楳木先生:

階級的なことと封建主義とはまた別なのです。階級制度はあるのですけども、メシヤ様はこの階級は何によって成り立つかと言うと本来徳によって成り立つのだ、ということです。しかし、まだメシヤ様御在世当時は権力によって階級制度が出来ていました。徳によって階級制度が出来ていたわけではありませんでした。権力によって階級制度ができているためにこれを封建制度の滓(かす)と呼んでいるわけです。徳じゃないから徳によって階級制度が出来ている時にはこれはうまくいくわけです。だから今も滓(かす)だらけです。(後略)

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎階級的なことと封建主義とはまた別なのだということ。

○階級は本来徳によって成り立つのだと、メシヤ様は仰っているのだということ。

◎メシヤ様御在世当時は、権力によって階級制度が出来ていたために、これを封建制度の滓(かす)と呼ばれたのだということ。

 

編集後記

責任者:

大きく変わろうとしている世界の流れを見ていて、今回の学びも大変意義深いタイムリーな学びになったように思います。コツコツと「文明の創造」を学び、‶邪神界の周到綿密な計画”に乗ぜず「メシヤ様」という御尊称を広める役割を引き続き担って参りたく思います。新緑の季節、どうぞお元気でお過ごしください。有難うございました。

追記:

天国の福音書(重要御論文の再録)へ」を少しずつアップしてまいります。重要な御教えばかりです。自己研鑽にお役立ていただけると幸いです。

 

 

※責任者より

 

引用したメシヤ様の御教え、「メシヤ講座」は当時の文章をそのまま抜粋させていただいています。下線や太字の表記、()内の表記、御教えの典拠は、責任者が加筆しております。ご了承ください。

 

引用した「メシヤ講座」全文はこちらからご覧いただけます。

メシヤ講座no.124三重(平成23年5月分)

 

 

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