研鑽資料no.157(2025年5月)

5月に向けての学び

はじめに

責任者:

桜も散り、つつじの花の季節となりましたが、まだまだ花冷えは続いております。皆様におかれましては、お元気でお過ごしでしょうか。

さて、先日の13日「大阪、関西万博」が開幕しました。12日の開会式で天皇陛下より 「この博覧会のテーマは、「いのち輝く未来社会のデザイン」です。「大阪・関西万博」を契機として、世界の人々が、自分自身だけでなく、周りの人々の「いのち」や、自然界の中で生かされている様々な「いのち」も尊重して、持続する未来を共に創り上げていくことを希望します。(NHK NEWS WEBより抜粋)」というお言葉を賜り、「世界中の人々が未来の社会について考える時が来ている。」のだと思いながら拝聴致しました。それでは、賜ったお言葉に思いをはせながら、「文明の創造」より学んで参りたく思います。

 

「メシヤ講座no.135大阪(平成24年4月分)より抜粋:

<今月の御教え>

『結核と精神面 」

「文明の創造、科学篇」昭和27(1952)年

結核について、割合関心を持たれていないものに精神面がある。ところが事実これ程重要なものはない。誰も知るごとく一度結核の宣告を受けるや、いかなる者でも精神的に一大衝撃を受け、前途の希望を失い、世の中が真っ暗になってしまう。言わば執行日を定めない死刑の宣告を受けたようなものである。ところがおかしな事にはそれを防ごうとするためか、近来結核は養生次第、手当次第で必ず治るという説を、医局も医師もさかんに宣伝しているが、これをまともに受取るものはほとんどあるまい。なぜなれば実際療養所などに入れられた者で、本当に治って退院する者は幾人もあるまいからである。しかしたまには全治退院する者もないではないが、大部分は退院後再発して再び病院の御厄介になるか、自宅療法かで結局死んでしまうのである。だから何程治ると宣伝しても信じないのは当然であろう。

そのような訳で、結核と聞いただけで、たちまち失望、落胆、食欲は不振となり、元気は喪失する。いずれは死ぬという予感がコビリついて離れないからで実に哀れなものである。私も十七、八才の頃当時有名な入沢博士から結核と断定された事があるのでその心境はよく判る。そういう次第で結核と宣告するのもよくないが、そうかと言って現在の結核療法では、安静やその他の特殊療法の関係上知らさない訳にもゆかないという、ジレンマに陥るのである。そうして近来ツベルクリン注射や、レントゲン写真などによって、健康診断を行う事を万全の策としているが、これは果たして可いか悪いかは疑問である。私はやらない方がいいと思う。なぜなれば現在何らの自覚症状がなく、健康と信じていた者が、一度潜伏結核があると聞かされるや、晴天の霹靂(へきれき)のごとき精神的ショックを受けると共に、それからの安静も手伝い、メキメキ衰弱し、数か月後には吃驚(びっくり)する程憔悴(しょうすい)してしまう。以前剣道四段という筋骨隆々たる猛者(もさ)が健康診断の結果潜伏結核があると言い渡され、しかも安静と来たので、フウフウ言って臥床している状(さま)は、馬鹿馬鹿しくて見ていられない程だ。何しろ少しも自覚症状がないのでじっと寝ている辛さは察して呉れと言うのである。ところが半年くらい経た頃は、頬はゲッソリ落ち、顔色蒼白、一見結核面となってしまった。それから翌年死んだという事を聞いたが、これなどは実に問題であろう。もちろん健康診断など受けなかったら、まだまだピンピンしていたに違いないと思って、私は心が暗くなったのである。

右のような例は今日随分多いであろう。ところがこれについて面白いのは、医学の統計によれば、百人中九十人くらいは一度結核に罹って治った痕跡があるというのである。この事も解剖によって判ったという話で、医家は知っているはずである。してみればむしろ健康診断など行わない方が、結核患者はどのくらい減るか判らないとさえ私は常に思っている事である。しかし医家はいうであろう。結核は伝染しない病気ならとにかく、伝染病だから結核菌をもっている以上、はなはだ危険だから、それを防ぐために早く発見しなければならないし、また早期発見が治療上効果があるからと言うであろうが、後者については詳しく説いたから略すが、前者の伝染について書いてみるが、これがまた大変な誤りで、結核菌は絶対感染しないことを保証する。私がこれを唱えると当局はよく目を光らせるが、これは結核の根本がまだ判っていないからである。以前こういう事があった、戦時中私は海軍省から頼まれて、飛行隊に結核患者が多いから、解決して貰いたいと申し込んで来たので、まず部下を霞ヶ浦の航空隊へ差遣した。そこで結核は感染しないと言ったところ、これを聞いた軍医はカンカンに怒って、そんなものを軍へ入れたら今に軍全体に結核が蔓延すると言って、たちまち御払箱になってしまった事がある。

私がこういう説を唱えるのは、絶対的確信があるからである。何よりも私の信者数万中に結核感染者など、何年経っても一人も出ないという事実と、今一つは実験のため、以前私の家庭には結核患者の一人や二人は、いつも必ず宿泊させていた。その頃私の子供男女合わせて五、六才から二十才くらいまで六人おり、十数年続けてみたが、一人も感染するどころか、今もって六人共に希に見る健康体である。もちろんその間結核患者と起居を共にし、消毒その他の方法も全然行わず、普通人と同様に扱ったのである。今一つの例を挙げてみるが、数年前これは四十才くらいの未亡人、夫の死後結核のため、親戚知人も感染を恐れて寄せつけないので、進退きわまっているのを知った私は、可愛想と思い引取って、今も私の家で働かせているが、もちろん一人の感染者がないばかりか、この頃はほとんど普通人と同様の健康体になってよく働いている。もっともたとえ感染しても簡単に治るから、私の家庭にいる者は、何ら結核などに関心を持たないのである。

以上のごとくであるから、吾々の方では結核は伝染しないものと安心しているので、この点だけでも一般人に比べて、いかに幸福であるが判るであろう。ところが世の中ではこの感染を恐れるため、到るところ悲劇を生み、常に戦々兢々としている。夫婦、親子、兄弟でも近寄って話も出来ず、食器も寝具も別扱いで、除け者同様である。しかし医学を信ずるとしたら、そうするより外致し方ないであろう。以前こういう面白い事があった。某農村の事であるがある農家に十六、七の娘がいた。彼女は結核と宣告されたので、一軒の離れ家を作って貰い、一人ボッチで住んでいたが、その離れ家は往来に面しているため、その前を通る村人等は、口を覆うて駈足で通るという話を、私は本人から直接聞いて大笑いした事がある。なるほど空気伝染といわれれば、それも無理はないが、実に悲喜劇である。だから私の部下や信者は数十万あるからその中の一万でも二万でも纏(まと)めて一度に試験してみたら面白いと思うのである。

右についてなお詳しく説明してみるが、まず家庭内に結核患者がある場合、他の者はいつ感染するか判らないという心配が、コビリついて離れない。だからたまたま風邪など引くと、さてはいよいよ自分にもうつったんじゃないかと思うし、また常に風邪を引かないようにと用心に用心をするが、運悪くちょっと風邪でも引くと、慌てて医者に走り薬に頼るというわけで、精神的恐怖感に加えて薬毒や浄化停止によって、結核を作る事になるという訳で、今もって伝染説が持続されているのである。今一つは霊的原因でもあるが、これは親子兄弟等の近親者や、親しい友人、男女関係者などある場合、右の死者の霊が憑依してその通りの症状を呈する事がある。これがちょうど感染したように見えるのである。憑霊問題については後に詳説するから、それを充分読めば良く判るはずである。また近来小学児童に集団結核が出たといってしばしば報ぜられるが、この場合教師を検診すると、一人や二人の開放性結核患者が必ずいる。するとこの患者が感染の元であるといって大騒ぎをするが、これなども実をいえば現在どこの学校の教師でも、厳密に検診すれば、二人や三人の結核患者のない学校はまずあるまい。それらをよく考え合してみる時、感染説というものが、いかに確実性の乏しい事を知るであろう。

 

病への恐怖信仰国、日本がトップ

楳木先生:

前回までですね、結核のことについては、その原因等をメシヤ様は詳細にご説明いただいて、今回は精神面ということを、このように説かれておりますけれども、これがだいたい60年前の結核に関する精神的なものであります。

それが今日ではどういうものに当てはめることが出来るかというと、だいたいですね、例えば人間ドックというのは日本だけがやってます。アメリカとかヨーロッパというのは人間ドックはやっていませんね。そうすると人間ドックを行って、そして結果が出てくるこの1週間、2週間というのは、非常に精神的な重圧があるわけで、アメリカ人とかからすると、“わざわざそういう精神的な負担をかける必要がないではないか”、あるいは“症状がでたら検査をするというのは分かるけれども、症状がないのに検査するというのはおかしい”という、そういう考え方で、日本の健康診断を中心としたものについてはそういう評価をしております。

それから今月2日にですね、イギリスから○○○○○○○子さんという一家が参拝されてですね、そして、いろいろな話をしてたんですけれども、この○○子さんという方が日本からイギリスへ行って国際結婚をし子供を産んで、子供さんは7歳と5歳ですけれども、例えばセキが出た時に病院へ連れていった時に、向こうの医者はすぐに薬を処方しない、と。「これぐらいのセキは出ていても何とも無いから、元気で遊び回っているなら学校に行かせなさい。」ということで帰されるので、最初はちょっと違和感があったらしいですね。

というのは日本はやたらと薬を・・・、もう、ちょっと熱が出てもセキが出てもすぐに薬が処方されますけれど、おおよそイギリスとかというのは、薬とかをほとんど出さないので、日本の状態とヨーロッパの状態を見比べた時に、「大変驚いた」という話をしてくれましたけれど、他国の現状は非常に素晴らしい面があるということですね、そういう医者達がみんなの面倒を見ているというのはね。

日本は、「日本人が今陥っている精神病的状態というのは何か?」というと、ちょっとした症状でも不安になるということですよね。熱が出ても、これは自然に熱を身体が出そうとしているんだけれども、ちょっと熱があると心配になって薬で抑えてしまう。それから、痛みになかなか耐えることができないために、すぐに痛み止めを欲しがってしまっていますね。そういうふうに日本人が陥っているところがあります。

それで先日・・・、先日といっても3月31日の日なんですけれども、福島の方から「浄霊力拝受お願い」のファックスが届く前に、福島の方でいろいろ埼玉県から福島まで浄霊力伝授の話をしに行った人から、いろいろメールがきたんですけれども、友達の親が癌で手術をしたんだけれども、その後浄霊を・・、高齢だけれども御夫婦健在なので、お母さんが癌の手術をしたのでお父さんに“是非浄霊力を身につけて、お母さんに浄霊をしてあげてもらいたい”と思って話をしに行ったんだけれども、なかなか言い出せなかったらしいんですね。

「浄霊というのがあるから、この際してあげたらどう?」と、なかなか娘としては言い出せなかったところへ、たまたまそのお母さんの親戚の人が遊びに来てくれて、この人が「いやぁ~家の女房は骨を折っちゃったけど、病院に行かずに治しちゃった」というような話をしてくれたらしいんです。

「えっ病院行かなかったの?」と、尋ねると、「病院に行くから病気になるんだ」と。「病院になんか行って治療するからすぐに病気になってしまうんだから、ひ弱い病人になってしまうんだから、骨くらいは自分でくっつくんだから・・・」と言う話をしてくれたらしいんです。それで実際治りつつあるということなんです。

まぁそれで、その話をしにいった人が、「こういう力があるので、お父さんからお母さんに浄霊というのをしてあげてくれませんか?」と言う話をしたら、「分かった」と。「じゃあおじさんもそういうことを言ってたから、ワシも浄霊をしてみよう」と。

80代のお父さんの「浄霊力拝受お願い書」を送りますから、とメールがきたんですね。その話を聞いていた17歳の高校生も「じゃあ私も浄霊させていただきたいから」ということで、また別便で「浄霊力拝受お願い書」を送ってきました。

この親戚の人がメシヤ様の御教えを知っているかというと、全く知らないけれども、やはり「『日本人は医者に罹り過ぎている。それだからこそ、本来の健康体を維持することができないんだ。』と、そういうことを知り合いから聞いたので、ワシも出来るだけ医者に行かないように心がけているんだ」とそういう話をしたらしいんです。

“そういう人生観を持ってる人が・・、メシヤ様の御教えを知らないでも、生きてる方がいらっしゃるんだなぁ”と思ってね、感心しました。

まぁ、そのように指摘されているように、今、日本人が非常に陥っているところがあります。

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎今回の御論文は、約60年前(平成24年当時から)の結核に関する精神面を説かれているのだということ。

◎現在の日本で、「日本人が陥っている精神病的状態というのは何か?」というと、「ちょっとした症状でも不安になる。」ということ。例えば、

>ちょっと熱がでると心配になって薬で抑えてしまう。

>それから、痛みになかなか耐えることができないために、すぐに痛み止めを欲しがる。

◎今の日本人は、「医者に掛かり過ぎているが為に、本来の健康体を維持することができない」という状態に陥っているのだということ。

 

「メシヤ講座no.135大阪(平成24年4月分)」より抜粋つづき:

「病理学」は、医学治療でなく「浄霊」で活きてくる

楳木先生:

しかし、一方ではですね、科学はずっと進歩しておりますので・・・、一昨日ぐらいに、いわゆる病理学の研究で、痛風についての発表がテレビのニュースで流れてたのを見ましたか?誰か見た人いますか?痛風の原因は何ですかね?」

受講者:

尿酸?

楳木先生:

うん、尿酸値が高くなるのね。じゃあ尿酸値が高いから、どこが悪い?」

受講者:

腎臓じゃないですか?

楳木先生

うん、腎臓が悪いというのが、今までの通説だったんだけれども、実は、この尿酸を外に排泄するたんぱく質を作るのが、小腸と大腸でも作っているというのが最近の研究で分かってきたらしいんですね。

そうすると、痛風の人を浄霊する時、今までは腎臓を主体に浄霊してたけれども、そういう研究成果が出てくると、大腸と小腸もしっかり浄霊をしておくと痛風にはいい、ということで、浄霊と病理学的な研究成果をくっつけて浄霊をさせていただくと、より効果が出てくると思いますね。

尿酸を外へ排泄する、そういうたんぱく質というのは、小腸と大腸でも作られていること(腎臓で3分の2、腸で3分の1)が、最近分かって来たということなので、これは薬を作るために研究しているけれども、しかし、一方では、我々は薬理学の方面の研究を自分達の浄霊の取り組みに取り入れて、浄霊する場所が・・・、昭和20年代の日本人の生活様式と全く変わってきてますので、“平成24年の浄霊の場所はどこか?“ということを、そういう研究を取り入れながら一緒に浄霊していけばいいということですね。

それから、うつ病や躁鬱病に関する研究成果も発表してましたけど、そういうのも聞いた人いませんか?・・・これもだいたい同じ日ぐらいだったかな、・・・この支部にはテレビが無いからなかなかそういう情報が手に入らない面があると思うんだけれども、「躁鬱病がどうして起きるか?」というと、肉体面だけを見ていくと、この視床下部というのが・・、この首の上の奥にあるこの視床下部が、そういう感情を、非常に躁状態にしたり、あるいはうつ状態にしたりする。視床下部が一応肉体的にはコントロールしている、と。

しかし、この視床下部があまりにもハイになり過ぎた時には、視床下部の少し斜め前の前頭葉の後ろ側のところから抑制剤が出て、そして視床下部の活性を・・、あまりにもハイになり過ぎたのを抑制するということが絶えずコントロールされてるそうなんですね。

こっち(前頭葉後ろ側)からの抑制剤が出にくい状態になった時に、(うつ状態以外にも)躁うつ状態が酷くなってくると・・・。つまり(抑制剤を)分泌する方のバランスがとれれば、このうつ症状とか、そういうのは随分改善されるんだということを学者が発表してました。(今日まで鬱病と診断した患者の中に躁鬱病の患者がかなりの割合でおり、躁状態の時に抗鬱剤を服用した際に危険な症状が出てしまうことが起こり、そうしたことの改善に努めてきた、と述べられていました。)

その研究の報告と、メシヤ様の『日本人と精神病(御教えへ)』を併せて考えると、『前頭葉の貧血状態になった時にそこに憑依しやすい』、とありますね・・・、肉体自体はそういう症状で、その(抑制剤が出にくい)動きが起きて(精神病になって)いるんだということが、メシヤ様の御教えの裏付けとして、科学のその研究が進んでおります。そういうのと合わせて浄霊箇所というのをね・・。」

受講者:

テレビでやってましたね、血液がいってないと青くなって、前面赤くなると血液がいっていると。

楳木先生:

だから血液がいってないということは、メシヤ様の御教えの(より根幹的な原因としては)頸肩が凝ってるために、血液がいってないので、貧血状態になっている。そうすると貧霊状態が起きて、そういうこと(貧霊のために憑依やバランス機能の異常)が非常に、今は分かり易くなっていっているんではないかなと思うので、どうかそういう・・、最近大阪支部の中の会員専用の座談会のところがあんまり更新していないので、例えば○○さん、そういうのを「テレビでやってました」というふうにすぐに書きこんだり、すぐに情報を送るということをして、絶えず情報交換しながら、この支部としての知識を集積していってもらいたいと思いますね。

「この点は、御教えのこの部分を実証する研究発表だ」というふうにして組み立てていっていただければ、より「我々の取り組みが間違いない」という、そういう確信をもって取り組んでいけれるようになるかと思います。

それから、今日は精神的なものが中心でしたので、例えば昔我々よりもっと前の人達が、いわゆる結核患者が隔離されているところは、こうやって(避けて)走ったというけど、我々の頃は、農薬・・やっぱり登下校の時に田んぼの農薬散布をもの凄くしてましたので、その時農薬まいてる前(を通るとき)は、口を覆って走ったことを思い出しますけどね。今は学校の登下校の時に農薬散布は、あまりしてないでしょうけど、“我々の頃は農薬だったなぁ”というふうに、今回拝読しながら思いましたけどね。御教えでは、特にそういうことを参考にしておいていただきたいと思います。

それから霊の憑依して起きる症状は、後の方に・・・これから『文明の創造』を拝読し続けていくと、次に出てきますので、そちらを予習しながら進んでいっていただきたいと思います。

それからものが分かった人ほど、例えば「65歳、定年退職をしたら、絶対に健康診断は受けない」という人達が今増えてますね。「健康診断は出来るだけ受けない生活をしていく」ということを公表している人達が・・・大学教授達が今そういうことを、よく公表していますね。

それから先月もお話しましたように、癌の手術・・・、まぁ癌になった場合、手術あるいは抗癌治療を受けた人達と、それから癌の治療を一切受けなかった人達の、そのいわゆる余命をずっと追跡調査していった時、大体寿命は一緒だと。手術をしてもしなくても、治療を受けても受けなくても、だいたい寿命は一緒だという結果が出ておりますので、そういうことを知っている人ほど、とりわけ高齢になって癌になった場合は、治療を受けない方がどれだけ素晴らしい余生を過ごすことができるかということを・・、ものの分かった人ほど、そういう話をし始めております。その点、そういうことを言ってくれてる人達もだんだん増えていっているので、“60年前にメシヤ様がお説きになったことが、やっと今、日本人が追いついて、考え方を受け入れれるようになったかなぁという状態になっている”と思いますので、そのように捉えていただきたいと思います。」

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎痛風の原因は、「腎臓が悪いから尿酸値が高くなる。」というのが、今までの通説だったのだけれども、この尿酸を外に排泄するたんぱく質は、(腎臓だけではなく)小腸と大腸でも(腎臓で3分の2、腸で3分の1)作っているということが最近の研究で分かってきたのだということ。

>ということは、痛風の人を浄霊する時、今までは腎臓を主体に浄霊してたけれども、大腸と小腸もしっかり浄霊をしておくと痛風には良い(浄霊と病理学的な研究成果をくっつけて浄霊を取り次ぐと、より効果が出てくる)のだということ。

≫私達は、薬理学の方面の研究を浄霊の取り組みに取り入れて、(昭和20年代の日本人の生活様式と全く変わってきているので)「平成24年(当時)の浄霊の場所はどこか?」ということを考えながら浄霊を取り次いいけば良いのだということ。

◎(例えば大学教授のような)ものが分かった人ほど、例えば「65歳、定年退職をしたら、絶対に健康診断は受けない。」という人達が増えているのだということ。

>又、癌になった場合、手術あるいは抗癌治療を受けた人達と、それから癌手術をしてもしなくても、治療を受けても受けなくても、だいたい寿命は一緒だという結果が出ているので、そういうことを知っている人ほど、とりわけ高齢になって癌になった場合は、治療を受けない方がどれだけ素晴らしい余生を過ごすことができるかということを言う人達がだんだん増えてきているのだということ。

≫前記のような例は、「メシヤ様が60年前にお説きになったことに、やっと今、日本人が追いついて、その考え方を受け入れられるようになったのではないか。」という状態になっているのだと捉えるのだということ。

 

「メシヤ講座no.135大阪(平成24年4月分)」より抜粋つづき:

御言葉を勝手に曲げることは、大きな罪である

楳木先生:

それから、先月ここでGHQの話はしたかね?」

支部長代理:

いえ、していただいておりません(笑)

楳木先生:

あっ、してないよね、三重支部からしたんだよね(笑)大阪支部ではしなかった。なんか△O△のね、浄霊のあり方とかずっと懇々と話をしたので、GHQの話をするのを忘れたんですね。」

支部長代理:

主に供養の話、仏壇の話で・・。

楳木先生:

そうだよね、仏壇のことに話がいったのでね。今回それで三重支部から話していったので・・。私が学生時代まで所属してた布教所の、○○という布教所長・・、先生ですね。その方が体験したことを、ここ(「メシヤ講座・特選集no.134(平成24年3月分)」へ)に一番最初に書いてありますので参考にしておいていただきたいと思います。・・もうだいたい読んだでしょ?」

受講者:

はい。

楳木先生:

今日初めて読む人います?・・・はい、あとの方はだいたい読んだんですね。○○さん読んでない?

まぁ別府市の隣に亀川というところがあって、鉄輪(かんなわ)温泉とか言うのがある。そこに昔布教所というのがありましてね、この布教所は海側にあったんですけど、地下に下りていくと温泉があって、なかなかいい布教所だった。泊らせてもらった時、その地下に行って温泉入って、それから休むという、いい布教所だったんですね。

そこの布教所長が若い時には、宮崎で布教されていて、やっと宮崎の教線が延びて来た時に、GHQから呼び出しをされたわけですね。そして、何で呼び出しを受けたかというと、自然農法をやっていて、しかもその当時は無肥料栽培と言っていたので、GHQが配給していたお米とか砂糖とか、それから化学肥料とか、そういうものを、化学肥料を横流しして、そして儲けてるんではないかという嫌疑をかけられて、その○○先生は引っ張られたわけですね。

そして、GHQの下の進駐軍の将校が「横流ししているんじゃないか」と言われたので、「とんでもない」と。「我々は信仰者としてやっているので、横流しして儲けるようなことは絶対ありません」というふうに答えて、そして自然農法のこととか、それから浄霊で御守護いただいている話とかをずっと説明したら、その将校は「よく分かった」と。

「じゃあ、あなた自身は横流しをしていないというのは、よく分かったけれども、ところで信者さん方はみんな農家は自然農法に切り替えたんだろうね?」というふうに、将校から逆に質問されたという話を我々も若い時聞きましたけどね。

「いや、なかなか切り替えが難しいので、やってる人は少ないんです」と。

「それはおかしい」と。「救われたならば、その教組が説かれた教えを実践するのが信者なので、それを実践していないということは、神様だけ利用してやっているというのは、キリスト教からすると大きな罪を作っていることだから、けしからん!」というふうに咎められたというのです。

咎められたということを、帰って主な信者さん方に話したら、「あ~、なるほど、明主様から救われたのに、教えを実践していないというのは、本当に申し訳ない」というふうにその将校から教えられたということで、その地域は一挙に自然農法を実施する人が増えたんだということを、高校時代に話を聞いていたんですね。それをある書物を読んでいる時に急にそれを思い出したので、三重支部から話し出したんですね。それを△O△に当てはめていくと、メシヤ様は『薬禍薬害』という御教えを垂れて、そして・・・、△O△は今救世主と言ってるんでしょ?」

支部長代理:

メシヤであられる明主様と(笑)。

楳木先生:

メシヤであられるというところまでいっているのに、メシヤ様は一番『薬禍薬害』を唱えているにもかかわらず、「薬を飲ませているという現状は、大罪を犯しているんだ!」というのを、GHQ側がもし今も占領していたら徹底的に追及するんではないかなぁと思いますね。

実はこういう逸話は、戦後一杯ありました、あちこちでね。とりわけメシヤ様も米軍の基地から車の修理部品とかを購入したりしてたので、米軍と随分お付き合いをする中で、キリスト教的な信仰形態というのを随分その時に学んでおられます。それから先達の先生方も、いわゆるキリスト教という・・、日本はそれまで創唱宗教というのは、終戦までなかなか弾圧を受けていたためにキチンと形を整えることができなかったわけですね。

神道を中心にした宗教団体と、それから仏教を中心にした信仰団体で、だんだん自然発生的な信仰形態を日本はずっと続けてきておりました。それで「一人の教組が説いた教えを、その信者が守りながら幸せになっていく」という信仰形態というのが、戦後までなかなかなかったんですけれども、そのキリスト教徒である米軍の人達から信仰のあり方について、先達の人達は随分叱責を受けたみたいです。それでそういうこともあって世界救世(メシヤ)教というのを開教していこうという話に、だんだんなっていったんですね。

しかし、残念ながら、ここに書いてありますように、それほど「教えを実践しなければ罪を作る」というふうに教えられたこの○○先生自身も、教団浄化した時に体制側についてしまった。間違いを犯している方。正そうという姿勢を持つことができなかった・・・。これはですね、やっぱり一元化でですね、サラリーマン化してしまったために起きたことです。そういうことをここに書いてありますので参考にしてもらいたいと思います。

それではいつものように、質疑応答で、勉強会を開いていきたいと思います。

(後文割愛)

 

責任者:

ここでは、「メシヤ様の御言葉を勝手に曲げることは、大きな罪なのだ。」ということに付いて先達の経験を基に御教示いただいております。各自で要点の確認をお願い致します。

 

「メシヤ講座no.135大阪(平成24年4月分)」より抜粋つづき:

「メシヤ教 信仰読本」徹底質問!?

受講者:

ちょっと聞いてもいいですか?私風邪ひいてるせいか、今回のメシヤ講座の一番最後に代表先生がね、御神体の御啓示を受けた時に、いつも引用される御教えを下記にと書いてありますでしょ?それがよく分からないんです。昨日も娘と御神体の話をしてたんですけど、ちゃんと説明できないんですね、本当に申し訳ない、自然宗教と創唱宗教ですよね?昔からあった信仰というのは・・、メシヤ教は宗教改革と医学革命をしていくわけですね。宗教改革ということで、本来あった宗教を思い出すということを書かれてありますけど、本来あった宗教というのは、自然宗教のことを言ってますですよね?今私達はメシヤ教は創唱宗教?

楳木先生::

いやいや、昔あった宗教を思い出せとは、私書いてない。本来の人間生活を思い出す、ということ。」

受講者:

本来の人間生活を思い出す、ということ・・。

楳木先生:

そうそう、本来の人間生活。本来の人間生活が宗教なんだ、ということ。

受講者:

本来の人間生活が宗教だ、と・・。

楳木先生:

この宗教は進歩発展していくわけなので、原始時代の宗教と今の宗教は全く違う形に発展していくのが当然だということ。

受講者:

あ~~~、そういうことなんですか。

楳木先生:

そうです。」

受講者:

私ね、何ていうか、そのシャーマンというね、昔のその三内丸山遺跡に昨年行ったけど、そういうシャーマンがいる中心に集落があるじゃないですか。そういうのを思い出すということかなぁって、書いてあるけど、たいてい映画とか見たら、そういう占い師、そういう人って結構悪くなったりするから、それが頭の隅にあってね、あれだけちょっと・・・。

楳木先生:

だから「祈りの栞」に寄せてを100回読んでない。」

受講者:

はい、まだ読んでないです。

楳木先生:

読んでないから、もう一つ分かってないのは、要するに三内丸山遺跡の時にはですね、要するに電灯がないわけだから、1日で行って帰れる場所しか自分達のテリトリーにはできないわけですね。」

受講者:

あ~はい。

楳木先生:

それ以上先に行った人は、帰ってこれないから、野宿とかをすると猛獣毒蛇にやられる危険性があるから1日で「日が明るい内に帰って来なさいよ」ということを中心にして、シャーマンがいろいろな「格言」をみんなに教えていっていたわけです。これは電気がない時代だから、シャーマンが中心になって、1日で帰って来る、ということを大原則にしたということです。」

受講者:

その時のシャーマンというのは間違ってないシャーマンですか?

楳木先生:

そうそうそう、それはもう間違いのないシャーマン。」

受講者:

なんか私シャーマンというと、ちょっと悪いような感じがすごくして。

楳木先生:

だからこれだけ進歩してきてね、電気がこれだけ行き渡って、今やLEDという電球が出てきて、取り換えることも必要がないという、そういうところまで進歩しているのに、宗教が進歩してないという問題があるわけです。メシヤ様はこれを言っているわけ、宗教が進歩していかないといけない、これが宗教改革(御講話『私の信仰の経路』)なんだからね

受講者:

あっ、そうなんですか。

楳木先生:

そうなんですよ。だからもうちょっとあれをね、繰り返し繰り返し読んでいただきたいと思います。

しかし、人間の一番根っこにあるのは、例えば、「朝日がこう昇ってくるところを見ると神々しい気持ちになる」とか、それから「夕焼けを見ると非常に赤い色の中に、自分がもの凄く癒される気持ちになる」とか、こういう本来の人間性というのは現代人は薄れていっている部分があるから、そういうのは思い出してもらいたいということで、そういうのを例題に出してるわけですね。

それから「人に親切にしたら非常に気持ちが良くなる」とか、「人のために生活するとやりがいが出てくる」とかね、こういう人間の本来の持っているもの(魂)が、今現代人には出てこれないものがあるから、これが「本来の人間性」ということでまとめているわけです、あの本の中では。」

受講者:

1回目パッと読んだ時にはね、本来の宗教心を思い出すということでね、分かっているような気になっていたけど、結局その本来の宗教ってなんだったかなあ~と(笑)

楳木先生:

本来の宗教じゃなくて、「本来の人間生活」が、「それ全体が宗教」、なんだということです。

支部長代理:

昔は、△O△(のスローガン)的にいうと信仰即生活だったのよ。あなたの嫌いな(笑)シャーマンという人が真中にいて、(神様や先祖神霊からの)御神託を受けてね。あるいはおっしゃっているように、一つの決まり(宗教教義)のように、決まりの中に人間らしく(役割をもって)生活していくというね、決まりもあっただろうしね。その中心はやっぱり神様(神人)が(統治して)いらっしゃったということ、あるいは神様のお告げというのがあったということ、そこは(一般的シャーマンを知っているくらいだから)分かるよね。ところが現代に至ってはもう全く、神(正神)という部分が分離されてしまって、(無神論的な現代の)普通の人間の生活へと。

そして、今言ってる△O△さんじゃないけど(本来の人間性をもった原始宗教教義的な)信仰即生活というようなのが、(本来の人間性が分離された形骸文化生活へと)バラけてしまった。

ところが、一つ一つ、今いったように(単に)人間生活の部分を見ても非常に汚れてしまったということを、もう一度(昔の人間精神に)戻って、「本来の人間らしい生活をしていきましょう」ということとね、それと、今メシヤ様の御教えを、主神様の御教えをいただいているので、生活の中心に(真の)神様をおいて、本来の人間らしい生活プラス中心に(その)神様をおいての(真文明)生活、ということです。それを今やっていきましょうということです。

受講者:

先祖を敬うというか、神様中心と両方ということで。

楳木先生:

昔から「敬神崇祖」というのはあったわけだけどね。」

受講者:

人が人らしく生きるということが足りないんじゃないかということを、先生がおっしゃっているんでしょうかね。

楳木先生:

そうそう、ただそのさっきの本来の宗教という言い方は、「現代人は宗教というものを理解していない部分があるよ」ということを言ってるわけです。宗教というと宗教団体のことを宗教と思っているところがある。

受講者:

そう、そういうところありますよね。

楳木先生:

しかし、宗教とは、「人間生活そのものが宗教」なんだ、と。

そして、時代が進歩してきた時に、「宗教の中の要素」が、遠心分離的に発展してきて、今「いろんな文化的なもの」になってきているんだ、と。

・・・例えば、「(癒す)おまじない」が「医学」に発展してきている、と。「神話」(の神の発生や生き様など)が(論理的に筋道を明らかにしようとする)「哲学」に発展してきている。それで(神かかりになり楽しみ舞う)「お神楽」とかいうのが(曲芸に分化したりし心身を充足させるための)「レクレーション」のような形になってきている。

このように、宗教の中にある要素が進歩とともに発展してきて、今のこれだけの文化形態ができあがっているんだという、この考え方をもってないと「主神様」という御存在は理解できないわけね。だからそういう意味で、「宗教について」というところを一番最初に書いているのでね。」

受講者:

宗教の本来のもの、を思い出したら、自然宗教でしょ?そうすると、「もし自然宗教だったら、御神体というのはいらないんじゃないか」ということを言われて・・、創唱宗教だからね、メシヤ教は・・・。

楳木先生:

だから思い出し方が、ちょっとごっちゃになっているのね。」

受講者:

そうですね。

楳木先生:

自然宗教を思い出せ、とは言ってないからね。」

受講者:

そうなんですか?

楳木先生:

うん、人間生活、本来の人間生活を思い出してと。」

受講者:

本来の人間生活を思い出す、と。

楳木先生:

ねっ、そっちの方が(捉え方が)違う。」

受講者:

私、自然宗教を思い出せというふうに、書いてある感じがしてたんですけど、違うんですね。それで“おかしいなぁ”と思って。

楳木先生:

だから“おかしいなぁ”と思ったのでいいから。“おかしいな”と思ったので正解だからね。」

受講者:

初めて気が付いたんですよ(笑)、ずっと今まで全然気が付かなくて(笑)

楳木先生:

これは読むからこそ、分かってくるわけだからね。」

受講者:

そうなんですよ、分かってなかったんやなぁと。“どのことを指して言っているのかなぁ”と、自分らの新興宗教とは、ね。はずかしいけど・・・。

楳木先生:

いや、いいです。はずかしいことは、今のうちに聞いといたほうがいい。」

(後文割愛)

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎「本来の人間生活が宗教なのだ。」ということ。

>この「宗教(本来の人間生活)」は進歩発展していくわけなので、原始時代の宗教と今の宗教は全く違う形に発展していくのが当然なのだということ。

>(現在の世の中を見渡してみると)物質面は大変進歩しているのに、宗教は進歩していないという問題があるのだということ。

≫メシヤ様は、宗教は進歩して行かなければならないと仰っているのだということ。

≫宗教を進歩発展させることが、「宗教改革」なのだということ。

◎「本来の宗教」ではなくて、「本来の人間生活の全体が宗教」なのだということ。

>「本来の宗教」という言い方について現代人は、「宗教」というと宗教団体のことを宗教と思っているところがある(「現代人は宗教というものを理解していない部分がある。」ということを言っている)のだということ。

◎宗教とは、「人間生活そのものが宗教」であり、時代が進歩してきた時に「宗教の中の要素」が遠心分離的に発展してきて、「いろんな文化的なもの」になってきているのだということ。

>私達は、前記のように「宗教の中にある要素が進歩とともに発展してきて、今のこれだけの文化形態ができあがっているのだ。」という考え方をもってないと「主神様」という御存在は理解できないのだということ。

 

編集後記

責任者:

今回の学びでは、現在の日本人は、「ちょっとした症状(例えば発熱や痛み)でも不安になる。」という精神病的症状や「医者に掛かり過ぎているが故に、本来の健康体を維持することができない。」というところにまで陥っているのだという、大きく頷くことのできる現状をご説明いただきました。又、私達は、薬理学の方面の研究を浄霊の取り組みに取り入れて、(現在の生活様式は、昭和20年代それとは全く変わってきているので)「現在の浄霊の場所はどこか?」ということを考えながら浄霊を取り次いでいけば良いのだということを御教示いただきました。更に、「本来の人間生活が宗教」なのだということをその御教示と共に振り返ることが出来ました。これから5月に向けて「本来の人間生活」ということを考えながら過ごしたく思います。春雨に体を冷やしませんよう、どうぞご自愛ください。有難うございました。

 

※責任者より

引用したメシヤ様の御教え、「メシヤ講座」は当時の文章をそのまま抜粋させていただいています。下線や太字の表記、()内の表記、御教えの典拠は、責任者が加筆しております。ご了承ください。

 

引用した「メシヤ講座」全文はこちらからご覧いただけます。

メシヤ講座no.135大阪(平成24年4月分)

 

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