自観叢書第12篇、昭和25(1949)年1月30日発行

昔から真理という事は誰も言うのであるが、非真理、即ち偽理という事は言わないようである。処が凡ゆる実際問題を検討するに当って、此真理と偽理との区別のある事を知らなければならない。それによって結果に重大関係があるからである。それ等に就ていつも思う事は、偽理を真理と誤っている事が頗る多いのであって、ただ一般は之に気がつかないだけである。

偽理と真理は、宗教にも哲学にも、科学にも芸術教育にもある。何事に就ても偽理は数年、数十年、数百年にして崩壊するが、真理は永久不変である。

何か新らしいものを発見した当時、世人は無上の真理と信ずるが、新学説や新発見が出て、何時かは崩壊する事も頗る多い。それと同じように、大宗教と難も、何百何千年の時を経てから消滅しないと誰か保証し得よう。といっても全然消滅する事もなく、偽理の部面だけが消滅し、それに含まれている真理の部面だけが残される事も勿論で、よし残るものはないとしても、それまで文化の進歩に対し一段階の役割は果した訳であるから、非難の的とはならない。そうして偽理であっても、真理に近いもの程、長期間の生命があり、遠いものほど短命に終るのも必然の理であろう。

本当からいえば、此真理と偽理との正しい判別をする事が、その時代の識者や先覚者の責任であるに関わらず、そういう超凡的識見を有する者は至って少いのは事実である。然し乍ら偽理であっても相当長く続く事もある。専制政治や封建思想なども、偽理を真理として扱われた事もある。早い話がムッソリーニのファッショ、ヒットラーのナチス、東条の八紘一宇なども洵に短い運命ではあったが、其当時はそれに気が付かなかった事も不思議である。此様に偽理であっても、一時はその民族をして真理と思わしめ、生命をまで軽く扱われたのであって、此様な錯覚の為犠牲となり終った数多くの気の毒な人達を、吾等の記憶にまざまざと残っている。全く偽理の恐ろしさが知らるるのである。

偽理と真理に就ては、宗教に多い事も見逃せない事実である。群小幾多の宗教が出でては滅び、初期形は華々しいものであっても、短命に終り、跡方もなくなったものもあるが、全く偽理宗教であったからである。

故に真理同様の価値ある宗教である限り、一時は強力なる圧迫を蒙ると難も何時かは必ず起上り、大宗教となる事は現在在る大宗教をみても肯かるるであろう。