12月に向けての学び
はじめに
責任者:
落ち葉が風に舞う季節を迎え、気づけば日足もすっかり短くなりました。皆様におかれましては、お変わりなくお過ごしでしょうか。
お陰を持ちまして、今回で「研鑽資料no.100」をアップすることが出来ました。平成30(2018)年8月のウエッブサイト創設から、この4年3ヶ月の間、世界は多角的に目まぐるしく変化しております。この変化に振り回されないように、そして「メシヤ様の御心が共通し、拡大されることを目指して」これからも皆様と共に、コツコツと学びを続けて参りたく思います。
それでは、引き続き「文明の創造」より学んで参ります。よろしくお願い致します。
「メシヤ講座no.136浜松(平成24年5月分)」より抜粋:
<今月の御教え>
『自然を尊重せよ』
「文明の創造、科学篇」昭和27(1952)年
医学は特に結核患者に対しては、安静を最も重要とされているが、これは前にも述べたごとく大変な間違いである。ではどうするのが一番いいかというと、何よりも自然である。自然とは自分の身体を拘束する事なく、無理のないよう気儘にする事である。例えば熱があって大儀な時は、寝ろという命令を身体がすると思い、寝ればいいのである。また寝たくない起きたいと思うのは、起きていてもいいと命令されたと思い、起きればいいのである。歩きたければ歩き、駈出したければ駈出し、大きな声で唄いたければ唄い、仕事がしたければするというように、何でも心の命ずるままにするのが本当である。気が向かない心に満たない事は止すことである。要するにどこまでも自然である。これが結核に限らず、いかなる病に対しても同じ事がいえる。
食物も同様で、食べたい物を食べたい時に食べたいだけ食う、これが最もいいのである。薬はもちろん不可(いけ)ないが、食物としても薬だからとか、滋養になるとかいって、欲しくないものを我慢して食ったり、欲しいものを我慢して食わなかったりするのも間違っている。人体に必要なものは食べたい意欲が起ると共に食べたくないものは食べるなという訳である。そうして結核に特に悪いのは動物性蛋白である。少しは差支えないが、なるべく野菜を多く摂る方がよい。ところが今日の医学は、栄養は魚鳥獣肉に多いとして奨めるが、これが大変な誤りで、一時は元気が出たように思うが、続けると必ず衰弱を増す事になる。本来栄養とは植物性に多くある。考えてもみるがいい。動物性のもののみを食っていれば、敗血症などが起って必ず病気になり、生命に関わる事さえもある。それに反して菜食はいくらしても健康にこそなれ、病気には決して罹らないばかりか、長寿者となるに見ても明らかである。これについて私の体験をかいてみるが、私は若い頃結核で死の宣告を受けた時、それまで動物性食餌を多量に摂っていたのを、ある動機でその非を覚り、菜食にしてみたところ、それからメキメキ恢復に向かったので、医学の間違っている事を知り、薬も廃めてしまい、三ケ月間絶対菜食を続けたところ、それで病気はスッカリ治り、病気以前よりも健康体となったのである。その後他の病気はしたが結核のケの字もなく、六十八才の今日に到るも矍鑠(かくしゃく)として壮者を凌(しの)ぐものがある。もしその時それに気が付かなかったとしたら、無論あの世へ旅立っていたに違いないと、今でも思う度にゾッとするのである。
今一つは、喀血の場合である。これこそ菜食が最もいい。以前こういう患者があった。肉食するとその翌日必ず喀血するが、菜食をするとすぐ止まるという、実にハッキリしていた。これでみても菜食のよい事は間違いないのである。
今一つは、医師は疲労と睡眠不足を不可として戒めるが、これも間違っている。それは原理を知らないからで、疲労とはもちろん運動のためで、運動すれば足や腰を活動させるから、その部にある毒素に浄化作用が起り、微熱が発生する。微熱は疲労感を催す、それが疲れである。しかしそれだけ毒素が減るのだから結構な訳である。何よりも運動をさかんに行い常に疲労を繰返す人は健康であるに見ても判るであろう。だからくたびれた際足や腰の辺りを触ってみれば必ず微熱があるにみて、それだけ毒が溶ける訳である。
また睡眠不足は、結核には何ら影響はない、むしろいいくらいである。これは事実によってみればよく判る。何よりも睡眠不足の階級を見るがいい。旅館の従業員や花柳界の人達には、結核が最も少ないと医学でも言われている。
これについても説明してみるが、睡眠不足だと起きている時間が長くなるから、活動の時が多くなり、浄化が余計起るからそれだけ疲れる。ところが逆解的医学である以上、睡眠不足を不可とするのである。今一つこういう事でも判る。それは普通朝は熱が低く、午後三時か四時頃になると熱が出てくる。これも右の理と同様で、たとえ寝ていても神経を使うから浄化が起るのである。
『自然を尊重せよ』は今までの論説に対する具体例である
楳木先生:
それでは、今月は『自然を尊重せよ』ということでメシヤ様がこのように論説してくださっていますが、だいたい大きく分けて5項目に分けて考えていけばいいのではないのかなというように思います。で、5項目に分けて考えるときに『自然を尊重せよ』と言ったら何を思い出しますか?
『文明の創造』をずっと勉強してきて『自然を尊重せよ』と言ったら・・・。
自然という言葉が出てきたところを。すぐに思い出さない?
いわゆる主神様のなされ方、主神様の神意に沿うというときに、一番大事なことは自然のままだということ、そういうことを我々は数ヶ月前に学んでおります。それからもう一つは、神様のやられることは非常につじつまがあっていくのだ、『合理的』なのだと。『自然の流れ』と『合理性』ということをあの時確認したはずなのですね。そうしますと、この『自然を尊重せよ』というのは、あの論説に対する生活上の具体例として、我々にメシヤ様がお示しくださっているのだというふうに、まずは受け止めておいていただきたいと思います。」
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
◎私達は、御教え『病気とは何ぞや 寒冒(御教えへ)』の学び(「研鑽資料no.96(2022年10月分)」へ)で、以下の2つを確認しました。
>『自然の流れ』として、主神様のなされ方(主神様の神意に沿うというとき)に一番大事なことは自然のままだということ。
>『合理性』として、神様のやられることは非常につじつまがあい『合理的』なのだということ。
◎この『自然を尊重せよ』という御教えは、御教え『病気とは何ぞや 寒冒』で学んだ論説に対する生活上の具体例として、メシヤ様が私達にお示しくださっているのだというふうに受け止めるのだということ。
「メシヤ講座no.136浜松(平成24年5月分)」より抜粋つづき:
『気儘(きまま)』とは・・・
楳木先生:
そして1行目から拝読しますと 『医学特に結核患者に対しては、安静を最も重要とされてゐるが、之は前にも述べた如く大変な間違ひである。ではどうするのが一番良いかといふと、何よりも自然である。自然とは自分を拘束することなく、無理のないやう気儘(きまま)にすることである』ということですね。ここに『気儘(きまま)』というようにルビをふっているのですけれど、〈気ままにする〉というと、現代人の気ままと、昭和27年頃の気ままとは、だいたい捉えかたが違っていますね。今は〈気ままにする〉というと、自分勝手とかそんな感じになっているからね。だから要するにズルをするような感じで捉えてしまいます。しかし、気のままなのだと。起きたいときには起きなさい。「今日は頭が痛いわ」というときには横になっていれば良いのだと。しかも、ある程度動ければ、やるべきことをやって片付けてしまって、あとは横になっておけば良いと。いうような姿勢を持っておいていただければ良いのではないかなと思います。
これはこの段落の一番下のところに『結核に限らず、如何なる病に対しても同じ事が言える』ということですので、あまり無理をしないで、日を過ごしていくことが大事だということです。」
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
○「気儘」とは、気のまま(『何でも心の命ずるままにする』)のだということ。
◎私達は、(結核に限らず)如何なる病に対しても、あまり無理をしないで(気のままに)日を過ごしていくことが大事なのだということ。
「メシヤ講座no.136浜松(平成24年5月分)」より抜粋つづき:
『食べたいものを食べたいときにだけ食べたいだけ食う』とは・・・
楳木先生:
そして2番目に、今度は『食物も同様で、食べたいものを食べたい時にだけ食べたいだけ食う。之が最もいいのである』ということですね。もちろん、薬はいけませんが、食物としても、薬だからとか、滋養になるとかと言って欲しいものを我慢して食べたり、欲しいものを我慢して食べなかったりするのも間違っているということですので。しかし現代人はとりわけ、サプリメントのコマーシャルとか、ダイエット商品のコマーシャルによって、健康に良いからたべないといけないということを植付けられています。それから痩せないといけないと思い込まされています。みんな。
太っていて良いのです。太い人は。そうしないと、みんな痩せてしまったら、もう大変。この世の中。みんなひょろひょろの人ばかりになっては。やっぱりたっぷりとした人もいれば、細い人もいて、その両方があって良いのです。そして、ちょうど良い人があってももちろん良いのですから。
そういう種々いろいろな方がいらっしゃるということが実は大事なわけです。そして太めが良い人がいれば、細身が良い人もいるわけで、それでそういう恋愛関係も成り立っていくわけですね。それをみんな一律痩せないといけないと思い込まされながら、生活をしています。
それから、「これは健康に良いから食べなさい」とどうしても親もしてしまいます。しかしこういう言い方はできるだけ避けたほうが良いです。「これは美味しいから食べてごらん」と。
(後文割愛)
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
◎メシヤ様は食物も『食べたいものを食べたい時にだけ食べたいだけ食う。之が最もいいのである』と仰っているのだということ。
>食物としては、「薬だから」とか、「滋養になるから」だとかと言って欲しくないものを我慢して食べたり、欲しいものを我慢して食べなかったりするのも間違っているのだということ。
>とりわけて現代人は、サプリメントやダイエット商品のコマーシャルによって、‶健康に良いから食べないといけない”ということを植付けられ、それから‶痩せないといけない”と思い込まされているのだということ。
>親は子供に対して「これは健康に良いから食べなさい」という言い方をついしてしまいますが、こういう言い方はできるだけ避けて「これは美味しいから食べてごらん」という言い方をした方が良いのだということ。
「メシヤ講座no.136浜松(平成24年5月分)」より抜粋つづき:
『本来栄養とは植物性に多くある』
楳木先生:
それからその中に強調されているのは『本来栄養とは植物性に多くある。考えてもみるがいい。動物性のもののみを食ってゐれば敗血症などが起って必ず病気になり、生命に関はる事さへもある。それに反し菜食はいくらしても健康にこそなれ、病気には決して罹(かか)らないばかりか長寿者になるに見ても明かである。』というふうに書かれています。
そうして、その次のページに、3つ目として、メシヤ様の御体験が述べられています。メシヤ様は『若い頃結核で死の宣告を受けた時、それ迄動物性食餌を多量に摂ってゐたのを、或(ある)動機で其(その)非を覚り、菜食にしてみた処、それからメキメキ恢復に向ったので、医学の間違ってゐる事を知り薬も廃(や)めて了(しま)ひ、三ヶ月間絶対菜食を続けた処、それで病気はスッカリ治り、病気以前よりも健康体となったのである。』というふうに御自身の体験を書かれておりますね。」
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
◎本来栄養とは植物性に多くあるのだということ。
>メシヤ様は、(御若い頃)結核で死の宣告を受けられた時に、動物性食餌の非をお知りになられて菜食に替えられたところ回復に向かわれ病気も治り、病気以前より健康体になられたという経験が御有りだったのだということ。
「メシヤ講座no.136浜松(平成24年5月分)」より抜粋つづき:
『菜食がよい』
楳木先生:
それに関係して4つ目に、他の人の事例として、『喀血の場合である。之こそ菜食が最もいい。以前斯(こ)ういう患者があった。肉食をすると其(その)翌日必ず喀血するが、菜食をするとすぐ止まるといふ、実にハッキリしてゐた。之でみても菜食のよい事は間違ひないのである。』ということで他の人の例を書いています。
ここで私の例を話してみますと、私は先月のこの勉強会で、2つの新しい報告をみなさんにお伝えしましたね。それは覚えていますね。学術的発見。
参加者
痛風とそう・うつ病。
楳木先生:
痛風とそう・うつ病のその診断が発揮できるようになった、と。
そして、皆さんに痛風の話をした翌々日、私が痛風になりましてね、この次は鎌倉支部の月次祭、その次は川崎の月次祭なのだけれど、川崎の月次祭が終わって、車を歩いて20分くらいのところの立体駐車場に入れているのですね。その歩いている最中、どうもこの左足の親指の付け根のちょっと内側が「痛いな」、「歩き難いな」と思いだしたら、車をとりに行ったときにはズキンズキンとし始めました。そして、夜、群馬県で勉強会して、し終わったら、もう歩けなくなって・・・。そこの家は総二階で一階に車4台停められるような構造になっていて、それにプラス倉庫が周りを囲むようにできていて、そういう2階建てなので、帰るときには玄関を出て、長い階段を歩いて、駐車場に降りないといけない。その階段がなかなか歩けなくなって、片足ずつ下りていかないといけない。「これはどうも痛風の症状だな」と思って、そこから車で20分のところにホテルがあるので、ホテルに着いたらもう一歩もあるけなくなってしまったので、キャスター付の大きいバックを、だいたい2週間くらいの着替えを入れているので、その大きいバックにしがみついて歩いていたら、フロントのホテルマンが駆け出してきて、連れていってくれて、ホテルの部屋に入ったのですが、一晩中うずいてうずいて。靴下を脱ぐと、今まで痛風の人を何人も浄霊していますので、全く同じ症状なので、これはみんなに話したから、自分が事例として浄霊の急所を研究しないといけないのだな、と思いました。
それでもう一度、みなさんに報告した腎臓と大腸、小腸での、痛風の原因である尿酸の排泄タンパク質を製造する割合をもう一度ネット上で調べ、あのとき発表したのは動物実験で実証を得たということの報告だったのですが、以前からそういうことは医者の中では分かり始めていたらしいのです。そういうことの治療に取り組んでいる医者の報告を読んでみると、だいたい尿酸排泄タンパク質を製造する割合は3分の2が腎臓、3分の1が大腸、小腸でした。これなら浄霊の割合は2対1の割合で腎臓と大腸、小腸を浄霊して、そして左足ですので、左の鼠蹊部と左の膝と痛い患部を浄霊していけば、だいたい順番としてはいいだろうということで。うずいて一晩中眠れないわけなので、一晩中繰り返し繰り返し浄霊をしたら、翌朝は多少動けるようになったので、次の会場に行って、勉強会をして、それからまた移動する過程で、ハンドルを片手で持てる間はずっと痛いところを順番に、大腸・小腸、腎臓、それから痛いところを浄霊していくうちに、なんとか出張が終わるまで移動することができました。(中略)
しかも、その川崎が終わった段階からどうも痛風症状だということだったので、それからメシヤ様の教えどおり、絶対菜食を心掛けて、肉、魚、一切それ以来よくなるまで口にしないで。そういう医者たちの本を読んでいきますと、ビールはプリン体が多いので良くない、日本酒も良くない、それから焼酎は割りと良いというような解説でありましたけれど、その治療にあたっている方々は、適量は良いのだと。過度に飲むと悪いのだということなので、ビールなども症状が和らいだら遠慮せずにコップ1杯くらいは飲むというそんな生活はしたのですがね。だから食事制限とかということを、ここでメシヤ様は食べたいものを体に悪いから食べないという姿勢が間違っているというのは、そういう専門に治療している医者達も言っていることなので。日本人はどうしてもこの病気にはこの食べ物が悪いと言ったら全く口にしなくなるという、悪い、変な潔癖症がありますので、そういうことはやはり良くない。食べたいものを食べることは良いのだけれど、食べ過ぎるのがよくないのだと。そういうことを先月は身を持ってしっかり学ばせていただきました。
だから痛風の、こういう話をすると、「痛風はこんなに短期間では絶対よくならない。〇〇教団では絶対良くなりませんよ」と。「痛風に一回なったらずっと治療を受け続けていますよ」と。専従者でもそうです。前の会長でも痛風をもっていたからね。私も一回車に乗せていったこともあるけれど、もうとんでもない状態がずっと続いていたのです。しかし、こうして病理学的な発見とか、生理学的な発見と、メシヤ様からいただく浄霊力を加味しながら浄霊をしていけば、これからますます御守護をいただく道が拓かれていくということを、今回また大きく学ばせていただいたので、大変ありがたかったと思います。」
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
◎メシヤ様は『菜食がよい』と仰られているのだということ。
>痛風になった時は、先ず2対1の割合で腎臓、そして大腸と小腸を浄霊し、次に左足の場合は、左の鼠蹊部と左の膝と痛い患部を(繰り返し)時間を掛けて浄霊していけば良いのだということ。
>それ(前記)と共に、メシヤ様の教えの通り痛風が治るまで、絶対菜食(肉、魚、一切を口にしないこと)を心掛けると良いのだということ。
○日本人は病気になった時、食べ物に対して変な(偏った)潔癖症があるのだということ。
>御教えにあるように、食べたいものを食べることは良いけれど、食べ過ぎは良くないのだということ。
◎私達は、「研鑽資料no.99(そう・うつ病の研究結果とメシヤ様の御教え)」のところで御教示いただいたような、病理学的や生理学的な発見と、メシヤ様からいただく浄霊力を加味しながら浄霊をしていけば、これからますます御守護をいただく道が拓かれていくのだということ。
「メシヤ講座no.136浜松(平成24年5月分)」より抜粋つづき:
睡眠不足と運動は良い
楳木先生:
それから最後に睡眠不足と運動は良いのだと書かれております(御教え『坊ちゃんを作る健康法』へ)。
『足や腰を活動させるから、其(その)部にある毒素に浄化作用が起り、微熱が発生する。微熱は疲労感を催す、それが疲れである。しかしそれだけ毒素が減るのだから結構な訳である。』 と書かれています。だから運動をしていくと、起きていて動いていると、浄化作用が起きて、それだけ毒素が排泄されるので、大変ありがたいということです。そして睡眠不足は、より人間は起きていると浄化作用がさらに時間的には増えるので浄化作用が進むということなので、良いことなのですよということです。
しかし、あまり極端な睡眠不足は控えていかないといけないので、メシヤ様がこの原稿をお書きになった頃はだいたい夜口述筆記をされると2時になったら休まれていたようです。そして、朝は割とゆっくりされていて、7時から8時頃に起きられていたようなので、だいたい平均5時間くらいの、この68歳頃はだいたい5時間くらいの睡眠時間だということなので、睡眠不足は良いのだというときにはこの辺をめどにして考えておいていただければ良いと思います。
今回の御教えではこうしたところを確認させていただいて、そして繰り返し拝読をしていただいて、自分の生き方の中に、食生活の中、日常の送り方の中に参考にして取り入れておいていただければ大変ありがたいと思います。
それではいつものように質疑応答の時間にしたいと思います。」
(後略)
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
◎メシヤ様は、『睡眠不足と運動は良いのだ』と仰られているのだということ。
>私達の体は、起きていて動いたり運動をしたりすることで浄化作用が起き、その分毒素が排泄されるので、大変有難いのだということ。
>私達の体は、長く起きていることによって時間的に浄化作用が増え、浄化作用が進むので、『睡眠不足は良いこと』なのだということ。
>しかし。極端な睡眠不足は控え、(68歳当時の)メシヤ様のように睡眠時間5時間を目途にすれば良いのだということ。
「メシヤ講座no.136浜松(平成24年5月分)」より抜粋つづき:
オリンピック選手の浄化作用は
参加者:
運動すれば浄化作用が起るということなので、例えばオリンピック選手で金メダルを取るような人たちはどうでしょうか?
楳木先生:
メダルがとれるような人たちは元々少ないのです。そうしないとあれだけの成果を出すことはないのではないのかなと思います。それからあの運動の仕方はちょっとね、過度な運動なので、これにはあまり当てはまらないということだと思います。
昨日、柔道の代表、今日最終的に女子の一番軽いクラスは決まるけれど、昨日も柔道の試合をニュースで観ると、随分精神が影響していますね。ですから本当に心身ともに浄まっていかないと、代表選手にはなっていけないなと考えさせられました。」
(後文割愛)
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
◎オリンピック選手で金メダルを取るような人達は、
>(毒素が)元々少ないのだということ。
>過度な運動をするので、この内容(運動は良いのだということ)には余り当てはまらないのだということ。
>本当の意味で、心身ともに浄まっていかないと、代表選手にはなれないのだということ。
編集後記
責任者:
先ず今回の学びでは、如何なる病に対しても、あまり無理をしないで(気のままに)日を過ごしていくことが大切なのだということ。次に食生活について、食べ過ぎは良くないが、‶食べたい物を食べたい時にだけ、食べたいだけ食べるのが最も良いのだ”ということ。そして本来栄養とは植物性の物に多く含まれているので菜食が良いのだということ。又、‶睡眠不足と運動は良いのだ”ということを御教えいただきました。これから12月に掛けての日々の生活の中で、今回学んだ‶自然を尊重する”ということを意識し取り入れながら過ごさせていただこうと思います。
年末に向けてお忙しくなられることかと存じますが、どうぞご自愛下さいますように。
有難うございました。
追記:
「天国の福音書(重要御論文の再録)」を少しずつアップさせていただいております。私達が必要とする重要な御教えばかりだと思いますので、拝読されて下さい。
※責任者より
引用したメシヤ様の御教え、「メシヤ講座」は当時の文章をそのまま抜粋させていただいています。下線や太字の表記、()内の表記、御教えの典拠は、責任者が加筆しております。ご了承ください。
引用した「メシヤ講座」全文はこちらからご覧いただけます。