9月の学び
はじめに
責任者:
暦の上では秋といいますが、連日の猛暑にいささか参っております。皆様にはお元気でお過ごしでしょうか?
さて、今回も引き続き「文明の創造」の御論文を基に学ばせていただきたく思いますので、よろしくお願い致します。
「メシヤ講座no.141浜松(平成24年10月分)」より抜粋:
<今月の御教え>
『霊主体従』
「文明の創造、科学篇」 昭和27(1952)年
前項に説いたごとき、無機質界と人間の病気との関係であるが、無機質界とは吾々の唱える霊界であって、この霊界と人間との関係はどういう事になっているかというと、そもそも人間とは体と霊との二原素の密接合致によって成立っているものであって、もちろん体とは眼に見ゆる物質で誰にも判るが、霊とは眼に映らないものである以上、長い間分らなかったのである。ところが確実に存在している一種のエーテルのごときものである。としたら方法によっては、把握出来ないはずはないのである。というのは人間の肉体が空気中にあると同様の意味で、人間の霊といえども霊界にあるからである。霊界とはさきにも書いたごとく、空気とは比較にならない程の稀薄な透明体であって、今日まで無とされていたのも無理はなかったのである。しかしこの世界こそ無どころではなく、むしろ万有の本源であって、絶対無限の力を蔵しておるもので、一切はこの力によって生成し化育されているのである。そうして霊界の本質は太陽の精と月の精と土の精との融合一致、想像を絶する程の、霊妙不可思議な世界である。ところがここで問題であるのは、人間が各々その役目を果たす上には肉体に垢が溜るごとく、霊には曇りが溜積するのである。従ってこれに対し自然浄化作用なるものが発生し浄められる。これもちょうど人体に溜った垢が、入浴によって清められるようなものである。ところが右は独り人間ばかりではなく、天地間一切の物がそうである。例えばこの地上霊界に汚穢が溜るや、自然作用によって一定の個所に集中され、低気圧という浄化活動が発って清掃される。暴風も出水も洪水もまた雷火も人的火災もそれである。と同様人間にも浄化作用が発生する。今その理由を詳しく書いてみよう。
右のごとく、人霊に溜った汚穢は一種の曇りであって、この曇りとは本来透明体であるべき人霊に、不透明体の部分が出来るそれである。しかしながらこの曇りの原因には二種類ある。一は霊自体に発生するものと、二は逆に体から霊に移写されるものとである。まず前者から説いてみるが、元来人霊の内容は経(たて)に言えば求心的三段階に、緯(よこ)に言えば求心的三重層になっている。つまり【三重丸】の形と思えばいい。もちろん丸の中心が魂であって、魂とは人間がこの世に生まれる場合、自然法則によって、男性から女性の腹へ宿らせる。本来魂なるものは極微のポチであって、もちろん各々の個性をもっており生命のある限り人間に対して絶対支配権をもっている事は、誰でも知っている通りであるが、その魂を擁護的に包んでいるものが心であり、心を包んでいるものが霊であって、霊は全身的に充実しているから、人体と同様の形である。このように霊体は一致している以上、魂のいかんはそのまま心を通じて霊へ反映すると共に、霊のそれも心を通じて魂に反映するのである。かくのごとく魂と心と霊とは大中小、小中大の相互関係で、言わば三位一体である。ところがいかなる人間といえども、生きている間善も行えば悪も行うので、その際善よりも悪が多ければ多いだけが罪穢となって魂を曇らすので、その曇りが心を曇らせ、次で霊を曇らすのである。そうして、その曇りが溜って一定量を越ゆるや自然に浄化作用が発生し、曇りの溶解排除が行われる。しかしそうなるまでの過程として曇りは漸次一個所または数個所に分散し、濃度化すと共に容積も縮小され固結される。面白い事にはその罪によって固結場所が異(ちが)う。例えば目の罪は目に、頭の罪は頭に、胸の罪は胸にというように相応するものである。
次に後者を解いてみるが、これは前者と反対で、体から霊に映るのであるが、その場合最初血液の方に濁りが生ずる。すなわち濁血である。すると霊にもその通りに映って曇りとなるが、これも前者と同様局所的に分散濃度化するのである。元来人体なるものは霊の物質化したものが血液であり反対に血液の霊化が霊であるから、つまり霊と体は同様といってもよいが、ただ霊体の法則上霊の方が主になっており、体の方が従となっているのである。ところがいずれにせよ右の原因によって、毒素は絶えず人体に溜り固結となるので、その固結が浄化作用によって溶解され、液体となって身体各所から排除されようとする。そのための苦痛が病気なのである。
右に述べたごとく、体に発生する濁血とは何であるかというに、これこそ実に意外千万にも医療の王座を占めているところの彼の薬剤であるのである。というのは本来薬というものはこの世の中には一つもない。現在薬とされているものはことごとく毒であって、その毒を体内にいれるとしたら、それによって濁血が作られるのは当然である。何よりも事実がよく証明している。それは病気が医療を受けながら長引いたり悪化したり、余病が発るという事は、薬毒によって病気が作られるからである。
従って薬毒で出来た濁血が、霊へ映って曇りとなり、これが病原となるとしたら、現代医学の治病方法自体が病気を作る意味でしかない事になろう。右のごとく万有の法則は霊が主で体が従である。としたら病気は霊の曇りさえ解消すれば濁血は浄血と化し、全治するのは言うまでもない。それで我治病法はこの原理の応用であるから、浄霊といって霊を浄める事を目的とするものである以上、病気は根本的に治る訳である。ところが医学においては霊を無視し体のみを対象として進歩して来たのであるから、結局一時的治病法でしかない訳である。事実医療が根治的でない事は、たまたま手術等によって全治したに見えるが、なるほど元の病気は発らないとしても、他の病気が起るかまたは再発するのは必ずと言いたい程である。例えば盲腸炎のごときも患部を剔出(てきしゅつ)するので、盲腸炎は起り得ないが、盲腸に近接している腹膜炎や腎臓病が起り易くなる。これは全く霊の方の曇りは依然として残っているからで、しかも薬毒も加わるため濁血は増えて、新たな曇りと合併し位置を変えて病原となるのである。
そうして濁血の変化であるが、濁血が不断の浄化によって一層濃度化するや、血粒に変化が起り、漸次白色化する。これが膿である。よく血膿と言って膿と血液が混合しているのは、これは変化の中途であって、なお進むと全部膿化する。よく結核患者の喀痰が血液の混じっているものと、そうでないものとがあるのは右によるのである。また医学における赤血球に対する白血球の食菌作用というのもそれである。
『文明の創造』と世の中の動き
楳木先生:
今月、拝読した『霊主体従』という御論文を読ませていただきますと、『文明の創造』の本が出てこの本を直に手に携えて拝読するようになってから、世の中の動きというのは、私たちの学びを、より理解度を深まらせるようなことがその時節に応じて起きてきているようにつくづくと考えさせられます。
例えば先月の『無機質界』の中では、素粒子というのが出てきて、世の中ではヒッグス粒子が確認できたという報道がなされました。今月は『霊主体従』を学び始める前日に、京都大学の山中教授がiPS細胞を作りだすことに成功して、将来の医療界に大きな光明を与えたということで、ノーベル賞を受賞するという報道がされました。」
ノーベル賞受賞した山中教授から学ぶこと
楳木先生:
このことを通して、私たちが『文明の創造』を学びつつ、世の中で起きていることを見つめてみると、今日はiPS細胞について考えたときに、ひとつこういう若い人、中学生や小学生の人たちにわかってもらいたいことがあるのですが・・・。
山中教授という人は、スポーツの整形外科医になろうとして、大学を出て、そういう方向に進もうと思ったのですが、研修期間中になんて呼ばれていたか、みなさんご存知でしょう。手先が不器用なので、なかなか手術が進まないので、「じゃまなか」と呼ばれて、本当に挫折感を味わって、臨床医を諦めてしまって、それから研究の道に入ったということですね。
ですから、人生には挫折することが必ずいくつかあるのですが、そこを乗り越えて自分の居場所を見つけて一生懸命にやることによって道が開ける、ということ・・・人生論を見たときには一つはそういう世界が広がるんだということを、若い人たちには人生観としては、一つはみておかないといけないと思います。
それから次に山中教授がノーベル賞を受賞したときに、開口一番何と言ったか覚えていますか?記者会見で。
開口一番「もう感謝しかない」と。それはなぜかというと、あの研究は二百数十名の方が研究に没頭してくれているのだけれども、いわゆる正社員というか正式採用の人は一割しかいず、あとはみなパートの人たちで、明日どうなるかわからないという、予算がなくなると、その人たちの仕事はなくなってしまうので、そういった中でも二百数十名の者たちが一生懸命研究をしてくれる。しかも、その研究内容というものは真っ暗闇で素振りをするようなものだと。ボールが飛んでくるけれど、真っ暗闇でバットを振るので当然当たらないですよね。そういう研究を彼らがやってくれたので、こういうノーベル賞というところまで来られたのだという、もうそのことを考えただけでも感謝しかないと彼は述べていて、人間としては非常に立派な人だなと感じました。
それから資金集めのために京都マラソンに参加し、完走し、1000万の寄付を集めています。そして、今回ノーベル賞を受賞して、9千何百万かの半分をもらって、それをすべて人件費に当てると。それから寄付がいくらか集りつつあるので、それを全部人件費にあてていくということで、研究に没頭できる体制を作りたいということでやっているので、おおよそ私欲よりも、あの人の立場として、医療の世界に貢献したいということで、一生懸命動いているという、その人間の生き方としては大いに評価するところがあるということが言えます。
それで、医学界にとっては、今まであの人がヒントを得た人は過去クローンを作った人の研究をさらに進化させた研究ですよね。そうすると万能細胞というのは今まで受精卵を使ってやるということで、非常にキリスト教世界をはじめとして、倫理上非常に問題があることから研究が滞っていた面があっったのですが、今度は皮膚の細胞とか、そういう細胞から万能細胞を作ることができるようになったので、医療界としては非常に将来性があるというように見ております。
ここまでは一般的な見方です。」
子宮筋腫ができる過程
楳木先生:
で、我々からみると、山中教授が最終的に到達したところは何かというと、細胞の中の4つ遺伝子を入れ換えることによって万能細胞ができたということですね。
この遺伝子を4つ入れ換えるというのはどういうことかというと、先月のこのメシヤ講座を何回か読んでくれたでしょう。その中に、岡山支部の報告(「メシヤ講座・特選集no.139(平成24年8月分)」へ)の中に妊娠して子宮筋腫が見つかり、医者から帝王切開でしか出産はできないと言われていたけれど、その妊娠した人のお母さんが浄霊をすることによって、どんどん小さくなったので、御守護をいただいて、普通分娩で、安産で出産することができたと書かれていました。
そしたら、それは、子宮筋腫は、どうして御守護をいただいたのでしょうか?それも、こういう質問をすると、もちろん浄霊をいただいたからなのですが、浄霊をいただくと、子宮筋腫に何が起きたかということですね。
ここには女性の人が8割がた女性なので、皆さん方、生理がありますね。これ、生理という出血は何ですか?なんで出血しているの?」
参加者:
子宮の壁がはがれるから。
楳木先生:
壁ね、内膜と呼ばれる膜がはがれるから、出血を伴って、外へ排泄されます。そして膜がはがれたらどうなるの?」
参加者:
きれいになる。
楳木先生:
きれいになってそのあとまた・・・。」
参加者:
また、膜ができる。
楳木先生:
膜ができないといけないね。では子宮筋腫は何故できる?
はがれ落ちたあと、子宮内膜になる細胞が突然変異を起こして、肉腫に変わって、子宮筋腫になるのです。ということは、これは内膜になる細胞が、薬を中心に、化学物質も加えてそれが細胞の分裂を異常な状態にするために肉腫になると。で、今度肉腫になってしまうと、月に1回はがれなくなる。そのために太っていくのです。太っていくと女性に対してどういう障害があるのかというと、太るということは栄養がないといけないので、そこが栄養を摂ってしまう。そのために貧血とかが起きてくると。それともう一つは、それがたまごの大きさを超えていくと、他の臓器を圧迫していくので、非常に体調に不良を起こしていく。
この作用によって、子宮筋腫というのは危険なものだというふうに認識しますね。それがさらに進んでいくと、ガン化する可能性があるので、「もっと恐くなりますよ」、ということで「早くきりましょう」というのが、医者がすることです。」
浄霊によって子宮筋腫が縮んでいくしくみ
楳木先生:
さて、その子宮筋腫に浄霊をすると何故縮むか?もうこれ、答えが出ているでしょう。何故縮むか?
だから今の逆が起きてくるのです。
細胞分裂のときに異常な細胞ができずに、もとの細胞に戻っていくので取れていってしまうということです。だからそれを浄霊の光を当てたときに、細胞分裂するときに、薬剤がかかって、遺伝子が変異して、肉腫になった細胞が、浄霊をすることによって、元の内膜の細胞に戻るので、外へ出ていくということになるのです。
これをiPS細胞の研究があったために、浄霊をすればどうして筋腫が小さくなるのかという意味が理解できるということです。遺伝子が元へ戻っていくというね、これが浄霊をすることの有難さ、元のバランスがとれてくるということ。
(代表註・現代医療では、大半が子宮筋腫は筋肉が肉腫になるとされていますが、産婦人科医師の中では内膜の突然変異を指摘する医師もいます。また、筋肉は妊娠しなければ成長しないところがあるために、ホルモンのバランスの異変などで肉腫の芽が膨らんでいくように捉えられているようです。しかし、肉腫の芽がなぜ出来るのかは判明されていません。肉腫の芽が膨らんでいたとするならば、芽は突然変異で出来るのでしょうし、バランスが異変を起こしたのであれば、浄霊によりバランスが整えられ、芽は元の筋肉に戻るので、改善されることが考えられます。)
だから先月の御守護報告を基に、今月は『霊主体従』の御教えを拝読することによって・・・、そういう意味では、iPS細胞の万能細胞を・・・そういうことが、理解できるように、あの研究によって、理解できるようになったという点があります。」
iPS細胞の問題点
楳木先生:
それから次には、このiPS細胞ができたことによって、一つは心配なことがあります。例えばアメリカのカリフォルニアに行くとどういう異常現象があるか、聞いたことがありますか?カリフォルニアの街を歩いたときに・・・。聞いたことありませんか?いい大人の男同士が手を繋いで・・・。カップルの1割以上が同性愛者。普通の男女のカップルが9割で、女性同士、まあ男性同士が多いのですが、女性同士、男性同士が手をつないで、仲良く歩いているというのが、カリフォルニアのちょっとした話題性です。
そうすると、実は、この細胞がさらに研究されていくと、男同士でも子供が生まれるということになっていきます。女性同士でも子供が生まれる、作れるということになってしまうわけです。それは何故かというと、一つの細胞からとった万能細胞から卵子ができる、精子ができる、それを受精させると子供ができるというところまで行ってしまうということです。
ね、それが非常に実は恐ろしいということで、それをメシヤ様が60年前に、『文明の創造』 の366ページの次のところに、人工授精で生まれれば、魂のない、魂の宿ってない人類を製造することになる、ということをメシヤ様が御指摘しているのは、実はこのことの延長線上にあることなのだということです。そうすると、人工的に作っていく細胞同士で肉体ができた場合、そこには自然の摂理ではないことで子供が生まれてくるので、実は魂が宿らないということが起きてくるのです。これが、実はメシヤ様の御指摘していることの研究のひとつがこういうことなのだということです。
だから難病の方々にとっては、光明な部分があるけれども、実はそれを悪用した場合には大変なことが起きてしまうのです。研究者の人格が問われるのもそこに理由があります。
難病の方々の事例として挙げていたのは、例えば首の皮が骨になる人たちが200万人に1人いらっしゃるという報道がありましたね。この骨になるところ、骨になってしまうので首が回らなくなって、そして運動機能が落ちてしまう方々がやはりいらっしゃるので、その人たちに万能細胞を移植して、元通りにしようという試みもできるという可能性が出てくるので大変有難いという話がでたり、それから自分の細胞から作った臓器を自分に移植するために免疫抑制剤を使わなくてすむので、非常に術後が楽になったり、医療界では非常に素晴らしいものだというふうにいわれているんだけれども、実はそういう危険性もある、そういうことをこの一つの報道から大きく見る目で見ながら、もう一度『文明の創造』の中の御論文、一つ一つを拝読しなおしながら、進んでいっていただけると大変有難いと思います。」
魂の大きさ
楳木先生:
そういう考え方にのっとって、さらに今日の『霊主体従』というところを見つめていきますと、この『霊主体従』のところで私たちが今日、拝読する中で教えられることは、まず魂の大きさということが具体的にわかりますね。『極微のポチ』だと。極微のポチが魂と言われても、そんな小さな存在が魂と言われても意味がわからないというときに、先ほどのiPS細胞を作りだすときの遺伝子の4つを入れ換えることによって万能細胞ができるということと、比較してみると、遺伝子の一つ一つの役割で我々の体全体ができあがっているということがわかっているし、顔かたちもみんな十人十色ということは遺伝子がその形を形成していくということでそうなってくるわけなので、いくら小さい存在だからといって影響がないということでは全くないのだということが、現代人にとって初めてわかり始めたということです。だから『極微のポチ』であろうとも、絶対的な存在であるのだと、我々の魂は。他の御論文の中には『霊の100分の1が心で、心の100分の1が魂だ(御教え『病気の本体は魂なり』へ)』というふうにおっしゃって、『全体からすれば1千分の1だ(「御講話(昭和10年2月11日)」へ)』と、これは数学上おかしいので本当は1万分の1でないとおかしいのですが、これは筆記者が多分書き取りを間違って、それがそのまま文章になっているので100分の1の100分の1は1千分の1というのは、1万分の1でないとおかしいので、私と○○さんでは体自体がずいぶん違うので、1万分の1といっても魂の大きさが多少違うかもしれないということなので(笑い)。まあ平均的にそれくらいの割合で魂というのは小さいのだということがいわれています。』
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
〇魂の大きさは、『極微のポチ(精霊の1万分の一)』なのだということ。
〇現代人は、iPS細胞が発見されたことによって初めて、〝いくら小さい存在だからといって影響がないということでは全くないのだ″ということがわかり始めたということ。
◎だから、我々の魂は『極微のポチ(精霊の1万分の一)』であろうとも、絶対的な存在であるのだということ。
「メシヤ講座no.141浜松(平成24年10月分)」より抜粋つづき:
魂の曇り
楳木先生:
この魂は本来透明体だけれども、曇りが発生するということは、これは不透明体になっていくのだというふうに教えていただいております。この不透明体になる原因が一つは体のほうからくることと、霊そのものからくることとの2種類があると。そうすると、薬が入ってくると、その薬毒によって数ヶ所に固結して曇りとなってくるということと、もう一つは罪によってそれが曇りを発生してきて、この両側の出方によって、霊の曇りが発生してきて、これが外に出る、綺麗にするときに浄化作用として起きてくるのだということです。ですからこの浄化作用を早く御守護いただくというときには、この両面を考えないといけないということですね。」
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
〇魂は本来透明体だけれども、曇りが発生することで、不透明体になっていくのだということ。
〇この魂が不透明体になる原因は、体のほうからくること(薬毒)と、霊そのものからくること(罪によって発生した曇り)の二種類(両面)があるとのだということ。
◎早く御守護をいただくというときには、魂が不透明体になるこの両面(霊と体)を考えなければならないのだということ。
「メシヤ講座no.141浜松(平成24年10月分)」より抜粋つづき:
霊的な曇りについて
楳木先生:
で、この両面を考えていくときに、よく霊的といった場合には、どうしても先祖からくるとか何か恨まれたりするとかいうことを我々はすぐに考えがちだけども、それは霊の自分自身の罪によって曇りが発生するということですね。
これを〇〇教団ではわかりやすく、天気の悪口、空の悪口、天気の悪い日が続いたり、晴れの日が続いたりしたときに悪口を言うと頭が悪くなると、それから夫婦で言うと夫の悪口を言ったり妻の悪口ばかり言っていると肩が痛くなると、子供の悪口を言うと足が痛くなるというふうに、〇〇教団では教えるのです。だから〇〇の信者さん方は自分を見つめるという習慣をつけていけるわけですね。
ただ〇〇教の場合は、メシヤ様はそういう心のことをずいぶん御説きになっているのですけれども、〇〇教はずっと浄霊をすればいいということだけできたので、内面を見つめさせるということをしていないために、霊的と言った場合には、おおよそ霊がかかっているとか、何々の霊が悪さをしているという方向に、いわゆる唯物主観で霊的を見てしまうということです。
それが、メシヤ様が今回御指摘になっている、どこの罪がどこの罪にという具合に曇りがどこそこに集中してくるということだから、その内面を見つめていかなければいけないということがあるわけなので、その霊的と言った場合には、自分の今までの過去何年か生きてきた、それを振り返ってみないといけないというところが、これが真の霊的ということです。」
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
◎魂を曇らせる原因(霊と体の両面)を考えていくときに、霊的といった場合には、(私達は、先祖からくる曇りだとか、何にかに恨まれたりすることからくる曇りだとか考えがちですが)自分自身が作った罪によって霊体に曇りが発生するのだということ
◎霊的(な曇り)と言った場合には、その曇りの内面(原因)を見つめていかなければならないので、自分の今まで生きてきた過去を振り返ってみないといけないだということ(これが〝真の霊的なのだ″いうこと)。
「メシヤ講座no.141浜松(平成24年10月分)」より抜粋つづき:
薬剤による曇り
楳木先生:
それからもう一つは自分の中に薬剤とかが知らない時期に入ってきたことがあります。それから生活環境の中で化学物質がずいぶん入ってきたところがあります。車とか、やはり新車が一番いいということで、「新車の香りね」と言いながら喜んで乗っていた分、化学物質を吸い込んでいるわけなので、ずいぶんと自分の中に化学物質が入ってきているのです。それから昔ながらの建て方の家に住んでいれば心配ないのですが、化学物質を使ったクロスを貼ったり、木材も本木なくて合成のいわゆる建材を使ってみたりすると、化学物質がずっと出ているので、それを吸い込んでしまっている。
その両面が、どの場合がどのようにして自分の中に罪がずっと堆積されてきたのか、あるいは薬毒や化学物質がどのように堆積してきたかということを振り返りながら、浄霊をいただいていかないといかないことには御守護に繋がっていかない場合があるのだということを今回の『霊主体従』の御論文の中で具体的に細かく書いてくださっているので、ここのところは人をお世話したり、あるいは自分が何かにぶつかったりしたときには、充分吟味させていただける例題が載っているところだというふうに考えていただいて、そして繰り返し繰り返し拝読しながら、自分の中に定着するように日を送っていただければ大変有難いと思います。
(後文割愛)
責任者:
ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。
◎『霊主体従』の御論文は、〝自分の中にどのようにして罪が堆積されてきたのか、あるいはどのようにして薬毒や化学物質が堆積されてきたのか″ということを振り返りながら浄霊をいただかないことには御守護に繋がらない場合があるのだということを具体的に細かく御教え下さっているのだということ。
〇この御論文は、私達が人をお世話したり、あるいは何かにぶつかったりしたときに、充分吟味させていただける例題が載っているところだというふうに考えて、その具体的な御教えが自分の中に定着するように繰り返し拝読をさせていただくのだということ。
編集後記
責任者:
今回の学びは、私達が浄化している方をお世話したり、あるいは自分が浄化をいただいたときの対処の仕方(原因が霊的であれ体的であれ、その原点に戻って考えるのだということ)を再認識することが出来たのではないでしょうか。
早く秋風を感じたいものですが、まだ少し先になりそうですね。どうがご自愛くださいませ。
有難うございました。
※責任者より
引用したメシヤ様の御教え、「メシヤ講座」は当時の文章をそのまま抜粋させていただいています。下線や太字の表記、()内の表記、御教えの典拠は、責任者が加筆しております。ご了承ください。
引用した「メシヤ講座」全文はこちらからご覧いただけます。
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