研鑽資料no.85(2022年4月)

4月の学び

はじめに

責任者:

ロシアのウクライナに対する軍事侵攻は依然として続いており、現地ウクライナでは大勢の民間人が犠牲になっているという報道に対して大変心が痛みます。一刻も早く、ロシア軍がウクライナより撤退することを願うと共に、このロシア軍の軍事進攻によって犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。

さて今回は、「文明の創造、総篇」より引き続き学んで参りたく思います。どうぞよろしくお願い致します。

 

「メシヤ講座no.122三重(平成23年3月分)」より抜粋:

<今月の御教え>

『既成文化の謬点』

「文明の創造、総篇」 昭和27(1952)年

此(この)著は序文にもある通り、現代文明に対する原子爆弾といってもよからう。そうして既成文明の根幹となってゐる宗教も、思想も、哲学も、教育も、科学も、芸術も悉(ことごと)く包含されてをり、其(その)一々に就(つい)て鋭い眼を以て、徹底的に批判し究明し、赤裸々に露呈してあるから、之を読むとしたら何人と雖(いえど)も古い衣を脱ぎ棄(す)て、新しき衣と着更(きが)へざるを得ないであらう。

此(この)意味に於て本著が人々の眼を覚ますとしたら、茲(ここ)に既成文明は一大センセーションを捲(まき)起し、百八十度の転換となるのは必然であり、此(この)著完成の暁は全世界の宗教界、各大学、学界、言論界、著名人等に適当な方法を以て配布すると共に、ノーベル賞審査委員会にも出すつもりであるが、只(ただ)惜しむらくは同審査委員諸氏は、唯物科学の権威であるから、初めから理解する事は困難であらうが、此(この)著の説く処科学の根本をも明示してあり、悉(ことごと)くが不滅の真理である以上、充分検討されるとしたら、理解されない筈(はず)はないと思うのである。

之に就(つい)て重要な事は、今日迄の学者の頭脳である。それは彼等は宗教と科学とを別々のものとして扱って来た事で、此(この)考へ方こそ大きな誤りであったので、それを根本から解明するのが此(この)著の目的である。

そうして地球上に於ける森羅万象一切は、相反する二様のものから形成されてゐる。それは陰陽、明暗、表裏、霊体といふやうになってゐる。処が今日迄の学問は体の面のみを認めて、霊の面を全然無視してゐた事である。といふのは霊は目に見えず、機械でも測定出来なかったからでもあるが、其(その)為学問では今日迄地球の外部は、只(ただ)空気と電気だけの存在しか分ってゐなかったのである。

処が私はそれ以外確実に存在してゐる霊気なるものを発見したのである。之に就(つい)ては先づ地球上の空間の実態からかいてみるが、それは斯(こ)うである。即ち前記の如く霊気(火)空気(水)の二原素が密合し、一元化した気体のやうなものが、固体である地塊(土壌)を包んでをり、此(この)三原素が合体して、宇宙の中心に位置してゐるので、之が吾々の住んでゐる世界及び周囲の状態である。

処が科学は右の空気と土壌のみを認めて、霊を認めなかったが為、空気と土壌の二原素のみを対象として研究し進歩して来たのであるから、言はば三分の二だけの科学で全体ではなかったのである。此(この)根本的欠陥の為如何に進歩発達したといっても、三位一体的真理に外れてゐる以上、現在の如き学理と実際とが常に矛盾してゐたのであるから、此(この)欠陥を発見し是正しない限り、真の文明世界は生れる筈(はず)はないのである。

そうして右三者の関係を一層詳しくかいてみると、経(たて)には霊、空、地の順序となってをり、彼(か)の日月地の位置がよくそれを示してゐると共に、緯(よこ)即ち平面的には三者密合し重り合ひ、距離は絶対なく、渾然(こんぜん)と一丸になって中空に浮んでゐるのが地球である。

勿論三者夫々(それぞれ)の性能と運動状態は異ってゐる。即ち火は経(たて)に燃え、水は緯(よこ)に流れ地は不動体となってゐるが、之は絶対ではなく、呼吸運動による動体中の不動体である

そうして経(たて)と緯(よこ)とは超微粒子の綾状的気流となって、地球を中心として貫流し、運動してゐるのである。そうして此(この)気流なるものは空(くう)の如く無の如くである為、現在の学問程度では到底把握出来ないのである。

然(しか)るに意外にも此(この)気体其(その)ものこそ、実は一切万有の力の根原であって、其(その)本質に至っては実に幽幻霊妙想像に絶するものである。仏者のいふ覚者とは此(この)一部を知り得た人間を言ったもので、それ以上になった者が大覚者であり、一層徹底した大覚者が見真実の境地に到達したのである。

釈迦、キリストは此(この)部類に属するのであるが、只併(ただしか)し此(この)二聖者は時期尚早の為、或(ある)程度以上の力を附与されなかった事である。それが為救世的力の不足はどうしやうもなかった。其(その)証拠として両聖者は固より、其(その)流れを汲んだ幾多覚者達の努力によっても、今以て人類の苦悩は解決されないに見て明かである。

処が愈々(いよいよ)天の時来って絶対力を与へられ、其(その)行使による人類救済の大使命を帯びて出顕したのが私である以上、私によって真理の深奥を説き、人類最後の救ひを実行すると共に、新文明世界設計に就(つい)ての指導的役割をも併せ行ふのであるから、実に全人類に対する空前絶後の一大福音(ふくいん)である

茲(ここ)で話は戻るが、前記の如き物質偏重の文化を見真実の眼を以て、大局から検討してみる時、意外にもそれによって今日の如き絢爛(けんらん)たる文化が発生し、進歩しつつあったのであるから、此(この)矛盾こそ実に神秘極まるものであって、之こそ神の経綸に外ならないのである。之を一言にしていえば、現在迄の文明は前記の如く体的面は成功したが、霊的面は失敗した事である。では何が故(ゆえ)に神は最初から失敗のない完全な文明を創造されなかったかといふと、此(この)疑問こそ此著を順次精読するに従ひ、初めて判然と理解されるのである。

 

私達の信仰の概念がメシヤ様の御神意に沿っていること

受講者:

今回もまた空前絶後が出てまいりましたね。今回は福音ですね。

楳木先生:

そう。今回は福音だからね。」

受講者:

「メシヤ講座・特選集no.121(平成23年2月分)へ」の末尾に、

「こうした基礎を前提として持った上で『文明の創造』を拝読すると、より理解が深まると思われます。今回掲載の『既成文化の謬点(びゅうてん)』を拝読した時に、私達の培った信仰の概念がメシヤ様の御神意に沿っていることを確認できる箇所があります。3月の「メシヤ講座」では、その点をより深めて学び合いたいと考えています。」 とありました。

楳木先生:

箇所を見つけましたか。」

支部長代理:

この『文明の創造』の『既成文化の謬点(びゅうてん)』の御論文については朝拝、夕拝のあとで何度も朗読して頂きました。 また、大石凝眞素美(おおいしごりますみ)翁は「天地茁貫(てんちはぬき)之極典」の(№120・平成23年1月分)での引用文もスラスラ読めるまで朗読して頂きました。意味がわかるようになったかどうかは別ですが(笑い)

楳木先生:

そうかね。それじゃ相当読み込んでいるわけだね。」

受講者:

「宗教」「科学」「宗教と科学との一致(御教え『宗教と科学』へ)」ということについて今まで学びを深めてまいりましたので「私達の培った信仰の概念がメシヤ様の御神意に沿っている」とはこのことを指すのではないかと思います。科学の根本をも明示しているということですので。

楳木先生:

そのことだから、この御教えに書いてある箇所を読んでみて下さい。」

『文明の創造』の目的とは

受講者:

(御教え拝読)

『之に就(つい)て重要な事は、今日迄の学者の頭脳である。それは彼等は宗教と科学とを別々のものとして扱って来た事で、此(この)考へ方こそ大きな誤りであったので、それを根本から解明するのが此(この)著の目的である。』

楳木先生:

『此(この)著の目的』はこれだからね。だから科学者は、宗教と科学は別々のものとして考えて扱ってきました。で、宗教家も宗教と科学を別々に扱っていますから科学を勉強していません。ここが世界救世(きゅうせい)教が誤ってきた最大の原因なのです。科学を勉強していないからね。そして東方之光たるや今や科学の言いなりのようになってしまっています。それはメシヤ様の考え方とは全く違ってしまっているのです。

ですから、メシヤ様が『此(この)著の目的は』と仰られた箇所を繰り返し繰り返し拝読して腹に入れて頂きたいと思います。というのが今月の課題であります。

受講者:

最後の箇所で宿題を提示されたのかなあと思って読みました。

楳木先生:

でも宿題のところに行きついているからね。さすがに良く読んでいると思います。(笑い)

〇〇さんと〇〇さん先月は参加していないからね。先月から一気に難しい文言が出てきて驚いたでしょう。でも難しいと思うと難しいけど自分の魂に語りかけて行くと、沸々と気付きが起き理解できるから。」

(後略)

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎これまで私達の培ってきた(「宗教」「科学」「宗教と科学との一致」という)信仰の概念は、メシヤ様の御神意に沿っているのだということ。

◎学者達(科学者や宗教家)が宗教と科学を別々のものとして扱って来たのだが、この(宗教と科学を別々のものとした)考へ方こそ大きな誤りであったということを根本から解明するのが『此著の目的』なのだということ。

◎今月の課題は、メシヤ様が『此(この)著の目的は』と仰られた箇所、すなわち『之に就(つい)て重要な事は、今日迄の学者の頭脳である。それは彼等は宗教と科学とを別々のものとして扱って来た事で、此(この)考へ方こそ大きな誤りであったので、それを根本から解明するのが此(この)著の目的である。』ということを肚に落ちるまで繰り返し拝読すること。

○先月(前回)の学びから一気に難しい文言が出てきたが、自分の魂に語りかけて(拝読して)行くと、沸々と気付きが起きてきて理解できるようになってくるのだということ。

 

「メシヤ講座no.122三重(平成23年3月分)」より抜粋つづき:

主神様の御存在について

楳木先生:

大体宇宙の半径とかいうのは小学5年生が解いてくれるからね。少し思いだして頂くと小学5年生の学力で大丈夫なのですよ。」

受講者:

宇宙は主神様の御肉体であるとそういう認識で主神様を想いますと宇宙の形成のそのまた奥にあるのが真意だと???だから御経綸を自分なりの理解で考えては駄目だなと思います。

楳木先生:

だから「それは絶対駄目だな」と考えても駄目なのです。それは御経綸の一部分なのです。

御経綸自体は科学者の話ですと120億から170億の年数があるわけですね。その年数が御経綸の全貌であるから・・。しかし我々が、日常で起きてくることのこれが御経綸だと感じることは、その中のほんの一部分を感じて行くということです。

こういう姿勢を持っておかないと何事にも偏ってしまいます。「そんなの御経綸と言えないわよ」と言ってしまうとそうすると日常生活の中で御経綸を感じられなくなってしまいますからね。

だから両面があるのだという事です。我々が生まれてきます。そうして子を成します。そしてさらに孫を成します。この経過も主神様の全体の一部分なのです。だから主神様の分身魂(わけみたま)を我々は頂いているのです。それが我々の本守護神ということになってくるわけです。」

智慧証覚得るには御教え拝読は欠かせない

受講者:

そうしますとその御経綸ということを自分なりに理解しようとすれば、普通の考え方ではなくて全く違うところからの考え方が無ければいけませんね。

楳木先生:

ですので、全く違うところからの考え方が必要というよりも、智慧証覚(ちえしょうかく)がないといけないということですね。それでこの智慧証覚(ちえしょうかく)を得るためには御教え拝読が欠かせないわけですね。ですから日々御教え拝読をしながら物事を見て行くと大体当たってくると思います。これが智慧証覚(ちえしょうかく)、叡智が閃(ひらめ)いていく生活になってくるのだと思います。そういうふうに捉えて行って頂ければいいんじゃないかなと思います。

今度、主神様についてメシヤ様はどう仰っておられるのかといいますと 『この主神に対しては、これを表現し奉る言辞もなく文字もなくただ無限絶対の力徳の中心であり、一切の根元であるというよりほかない。(「宗教と科学」無限 創刊号 昭和24年1月1日)』

と仰っておられますので要するにこうして話している間にも拡がっているわけなのです。主神様という御存在というのは、我々がイメージとして摑んだと思ったらもう摑んだ瞬間から違う御存在になっている。というぐらい大きな御存在なので、その御存在に向かってお祈りをする時に「主之大御神守り給へ幸給へ」と唱えることによって主神様を限定してしまいますが、“表現し奉ることもできないそういう尊い御神名をただいまから唱えさせて頂きます”という気持ちで先達者は「主之大御神守り給へ幸給へ」というふうに日々祝詞を奏上して頂きたいのです。

ですから、「主之大御神守り給へ幸給へ」という前に、本当は“表現し奉る言葉もないのですけども尊い御神名なので唱えさせて頂きます”という気持ちで、「主之大御神守り給へ幸給へ」と唱えると、少しでも主神様に真向かう姿勢ができて唱えられていきますからね。

これが朝拝、夕拝において一層想念を確立する上で持っておいて頂きたいと思うことです。そして後ろで参拝している人達も先達に続いて「主之大御神守り給へ幸給へ」と同じような想念で唱えるということが大事なことであると思います。

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎御経綸自体は、科学者の話だと120億から170億の年数があるのだということ。

◎御経綸の年数が御経綸の全貌であるので、私達が日常で起きてくる‶これが御経綸だ″と感じることは、その中のほんの一部分を感じて行く(いる)ということなのだということ。

◎『御経綸』ということを自分なりに理解するためには、‶智慧証覚がないといけない″のだということ。

◎智慧証覚(ちえしょうかく)を得るためには、御教え拝読が欠かせないのだということ。

◎主神様についてメシヤ様は 『この主神に対しては、これを表現し奉る言辞もなく文字もなくただ無限絶対の力徳の中心であり、一切の根元であるというよりほかない。』 と仰っておられるのだということ。

◎主神様という御存在というのは、‶私達が、イメージとして摑んだと思った瞬間から違う御存在になっている″というぐらい大きな御存在なのだということ。

◎主神様という御存在に向かってお祈りをする時に、「主之大御神守り給へ幸給へ」と唱えることによって主神様を限定してしまいますが、先達者は、“表現し奉ることもできないそういう尊い御神名をただいまから唱えさせて頂きます”という気持ちで「主之大御神守り給へ幸給へ」というふうに日々祝詞を奏上させていただくのだということ。

◎更に、本当は“表現し奉る言葉もないのですけれども、尊い御神名なので唱えさせて頂きます”という気持ちで、「主之大御神守り給へ幸給へ」と唱えると、少しでも主神様に真向かう姿勢ができてきて唱えられるのだということ。

 

「メシヤ講座no.122三重(平成23年3月分)」より抜粋つづき:

惟神霊幸倍坐せ(かむながらたまちはへませ)とは

楳木先生:

ですから、少し惟神霊幸倍坐せ(かむながらたまちはへませ)も節回しが違うでしょう。今までとね。

二つの言葉がくっついて惟神霊幸倍坐せになるのです。所謂(いわゆる)これはね、信者としては決意を述べる言葉なのです。ですから「主之大御神守り給へ幸給へ」というのは“尊い御神名を唱えさせて頂きます”という姿勢で唱えるのですけども今度、惟神霊幸倍坐せ(かむながらたまちはへませ)と唱える時には、“私は神様の御心のまにまに進ませて頂きます”という決意を以って「惟神(かむながら)」というふうに言わないといけません。

そして、霊幸倍坐せ(たまちはへませ)、“魂を大きくして頂いて幸せにして頂きますように”というのが霊幸倍坐せ(たまちはへませ)だからね。この想念を凝縮して惟神霊幸倍坐せ(かむながらたまちはへませ)という言葉になっているから、「かむながら/たまちはへませ」と区切ってしまうとおかしいですが、その位の気持ちで唱えるとどんどん御心に我々の姿勢が近づいていくと思いますので、意識してお参りして頂けると良いと思います。」

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎二つの言葉がくっついて「惟神霊幸倍坐せ」になっているのだということ。

◎“私は神様の御心のまにまに進ませて頂きます”という決意を以って「惟神(かむながら)」というふうに言わないといけないのだということ。

◎“魂を大きくして頂いて幸せにして頂きますように”というのが「霊幸倍坐せ(たまちはへませ)」なのだということ。

○上記のような事柄を意識して祝詞をお唱えすると、神様の御心に私達の真向かう姿勢が近づいていくのだということ。

 

「メシヤ講座no.122三重(平成23年3月分)」より抜粋つづき:

天津祝詞について

受講者:

天津祝詞も一つ一つの言葉に言霊(ことたま)を宣(の)るわけですから、一つひとつの言葉を意識して唱えないといけないと思います。そういったことを考えると、今朝ほど月次祭の始まる前にお話がありましたが、祝詞のスピートが早い、というのは逆行しているのではないかと思ってしまいます。

楳木先生:

そうですね。そういうふうに言霊(ことたま)の勉強をすればより祝詞が丁寧になってきます、というか、心を込めて祝詞を奏上できるようになってきますね。そうすると信仰というのは非常に高まって深まりを見てきます。」

受講者:

そうすると天津祝詞を唱えないある教団というのはもってのほかということになりますね。

楳木先生:

そうです。もってのほかです。御教えにちゃんとあるのですから、天津祝詞は大和民族の宗家に当たる神様がおつくりになられたと、メシヤ様は仰っておられるのですから(資料「天津祝詞について」へ)。それにもかかわらず奏上しなくなったというのは我々は大和民族じゃないんだと主張しているようなものです。だから薬を採用したのだとね。」

受講者:

えー。天津祝詞を奏上していないのですか。

楳木先生:

そう。御神床を二位一体(にみいったい)の形式にした時からね、天津祝詞を奏上していないそうです。」

受講者:

それじゃその教団は参拝の時はどのようにしているのですか。

楳木先生:

朝夕とも善言讃詞だそうです。」

受講者:

なぜ天津祝詞を奏上しなくなったのですか。

楳木先生:

メシヤ様がおつくりになられた祝詞でないからという理由だそうです。天津祝詞は昔からあるわけですからね。ですからメシヤ様は大和民族の宗家にあたる神様がおつくりになられたのだと仰っておられるのです。今の世界ではメシヤ様がおつくりになられたものでないから奏上しないという理屈だそうです。」

受講者:

それでもメシヤ様は朝は天津祝詞を奏上すると仰っておられますね。

楳木先生:

そう仰っておられるのです。」

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。◎メシヤ様は、「天津祝詞は大和民族の宗家に当たる神様がおつくりになられた」 と仰っておられるのに、他の教団で「天津祝詞」を奏上しなくなったというのは、我々は大和民族じゃないんだと主張しているようなものなのだということ。

◎メシヤ様は、『朝は、天津祝詞を奏上する』 と仰っておられるのだということ。

 

「メシヤ講座no.122三重(平成23年3月分)」より抜粋:

呼吸運動による動体中の不動体について

受講者

『即ち火は経(たて)に燃え、水は緯(よこ)に流れ地は不動体となってゐるが、 之は絶対ではなく、呼吸運動による動体中の不動体である。そうして経(たて) と緯い(よこ)とは超微粒子の綾状的気流となって、地球を中心として貫流し、運動してゐるのである。』 の箇所の『呼吸運動による動体中の不動体』というところが意味がわかりにくいのですが。

楳木先生:

これはね、地球上の偏西風の向きを見れば良くわかると思います。偏西風は吹いているけども蛇行しているでしょう。あれは何故だとおもいますか。真っ直ぐ吹けば良いと思いませんか。」

受講者:

気圧の関係ですか。

楳木先生:

そうそう。気圧です。だからそのことの原理をここで説明して下さっているのですよ。呼吸運動ということは高気圧と低気圧で呼吸しているでしょう。そうするとその呼吸によって気流自体は蛇行していきます。動体中の不動体というのは譬えとして仰っておられるのです。そういう仕組みが地球の中には含まれているのです。

受講者:

だから地球上のいろんな現象をこういう表現で・・・。

楳木先生:

だから動体中の不動体だから地球自体は不動体でしょう。だけどこの地球の中は全部動いているでしょう。」

受講者:

地球自体も動いてますものね。

楳木先生:

それでなぜ低気圧高気圧が生まれるかというと表面は東に向かって回るでしょう。中はまた回転しています。マントルです。マントルが回転しているので今度は低気圧高気圧が生まれてきます。その影響によって偏西風が生まれてきます。だから動体中の不動体・・不動体は地球だけども全部動いているから。これはね。科学論なんです。」

受講者:

そうですね。

楳木先生:

ですからやっと現代気象庁が気づいて説明をし始めたのです。

受講者:

なので空前絶後なのですか。

御教えは物凄く科学的である

楳木先生:

そう。進み過ぎているから皆が理解できなかったのです。このことについてね。しかし、今は気象学で実験してくれているから。表面を回して中を違う回転にすると回りの空気の流れが綾状に動くということをね。そして気象庁が皆に説明しているからね。

だからメシヤ様の御教えというのは物凄く科学的な説明なわけです。ですがこの時代では誰も理解できなかったのです。科学が進んでいないから。科学者たちの中ではわかっていた人もいたかも知れませんが、今のようにインターネットが発達してちょっと調べれば誰でもわかるというようになっていませんからね。発信力も弱かったのでね。メシヤ様の御教えというのはとてつもなく進んでいたわけです(御教え『地震に就て』へ)。

しかもそれが止まらないから凄いね。この地球の回転も止まらないでしょう。これは空気が無いから地球の周りに真空状態だから慣性が止まらないのでしょう。じゃあ今度は落ちて行くのではと思いますがそれは引力があるから落ちないのですね。そしてその引力の配置も絶妙なわけです。きちんとしていないとどっちかへ寄って行ってしまうからね。太陽系を銀河系の中を回しながら落ちないようにしているのです。回転をつけないと落ちてしまうから。銀河同士もまた引力によって距離を保っています。

夫婦は想いによって繋がれていますしね・・(笑い)

この御教えは拝読すればするほど高度な科学的解説だと思いますね。まあそれを『神科学(御教え『浄霊とは何か』へ)というふうに仰ったくらいですから相当進んでいたという事ですね。ですから今やっと現実の科学が御教えに追いついてきたわけです。今こそ世界救世(メシヤ)教として、しっかりとして、科学がメシヤ様の御教えに近づいてきたという論立てをして世の中に出して行かないといけません。それが世の中の言いなりになっていると堕落していってしまいます。

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎『即ち火は経(たて)に燃え、水は緯(よこ)に流れ地は不動体となってゐるが、 之は絶対ではなく、呼吸運動による動体中の不動体である。そうして経(たて) と緯い(よこ)とは超微粒子の綾状的気流となって、地球を中心として貫流し、運動してゐるのである。』 の箇所の『呼吸運動による動体中の不動体』というところは、「気圧」の原理を『呼吸運動による動体中の不動体である。』と譬えて説明して下さっているのだということ。

○メシヤ様の(例えば、気圧の説明の‶動体中の不動体″という譬えのような)科学論に、やっと現代気象庁が気づいて(気圧についての)説明をし始めたのだということ。

◎メシヤ様の御教えというのは、(物凄く科学的な説明であり)とてつもなく進んでいたのだということ。

◎この御教えは、高度な科学的解説であり、今やっと現実の科学が御教えに追いついてきたのだということ。

 

「メシヤ講座no.122三重(平成23年3月分)」より抜粋:

現界の指導者は絶えず進歩向上していくべき

受講者:

それは霊界の事象が現界に移写されてきてということですか。

楳木先生:

そういうことじゃなくて人間ね。新人たれ(御教えへ)』の御教えがあるでしょう。私といえども去年より今年、今月より来月というように、絶えず進歩向上を心がけているとね。これが皆がそのような気持ちになると大きく回転していくのです。ですから霊界の事象が現界に移写されるということではあるのですけども、その任を担っているのは現界人ですからね。現界の指導者が絶えず進歩向上していかないと地上天国建設というのは進展していかないのです。えらく難しい話になりましたね。」

(後略)

 

責任者:

ここまでで御教示いただいた要点を以下に併記(特に重要だと思われる御教示は◎に)いたします。

◎メシヤ様の信徒である私達が、絶えず進歩向上していかないと、地上天国建設というのは進展していかないのだということ。

 

編集後記

責任者:

メシヤ様は、仮の文明が本当の文明になる(「最後の審判」が終り、新世界建設の運びになる)その転換期に於ける‶新文明世界の設計書″として「文明の創造」をお書きになられたのだということを前回学ばせていただきました。その上で更に今回は、学者達(科学者や宗教家)が、宗教と科学を別々のものとして扱って来たのだが、‶この(宗教と科学を別々のものとした)考へ方こそ大きな誤りであったと″いうことを根本から解明するのが「文明の創造」の目的なのだということ学びました。又、楳木先生に御教示いただきましたように、メシヤ様の「御教え」は、‶科学的であり、とてつもなく進んでいた″ので21世紀に入った今現在、私達が拝読しても‶新しく感じる″のだということを新たに気付かせていただきました。更に前回の『序文』と、今回の御教え、そして今まで「文明の創造」を深く学んできたことによって、‶(世界が大きく変わりつつある)今日の為に御執筆下さったのが、この「文明の創造」なんだ″ということがしっかりと肚に落ちたように思います。これからも進歩向上を目指した学びを、コツコツと続けて参りたく思います。花冷えの季節です。皆様にはどうぞご自愛ください。有難うございました。

 

※責任者より

 

引用したメシヤ様の御教え、「メシヤ講座」は当時の文章をそのまま抜粋させていただいています。下線や太字の表記、()内の表記、御教えの典拠は、責任者が加筆しております。ご了承ください。

 

引用した「メシヤ講座」全文はこちらからご覧いただけます。

メシヤ講座no.122三重(平成23年3月分)

 

印刷はこちらからどうぞ